2015.03.02 Monday

森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(1)

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     本当は、「富士山とシナイ山」の連載をする予定だったのだが、本日は若い友人が紹介してくださった森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 からご紹介してみたい。これは、日本の多くのキリスト教会(日本キリスト教団、及び福音派を含めた日本のキリスト教会)の固有事情を読み解くために、本書で森本あんり氏が示唆しておられる補助線なしには、あまり意味をなさないからである。

    アメリカという無意識の宗教国家
     以前、この記事でも紹介してきたように、明治期以降の日本のキリスト教は基本東回りではなく、アメリカ合衆国というフィルターを通して流入したキリスト教であり、その意味で、その影響はいまだに続いている。最初に覚えたものからなかなか抜け出せないのは、人の習い、世の習い、でもある。

     そして、アメリカ人のある一定の部分は、あまり自覚的に意識していないことが多いようのだが、アメリカという国家における文化とキリスト教というのは不可分であり、アメリカ合衆国は政教分離と日本人は思い込んでいるが、ところがどっこい、アメリカ合衆国は日本型の政教分離ではなくアメリカ型の信仰のスタイルが政治にどっぷりと流れ込んでいるタイプの政教分離なのである。それは当たり前である。アメリカ型の信仰者が政治をし、投票行動するので、なだれ込まない、と思う方がどうかしている。その意味で真の民主主義国家において政教分離というのは、壮大な虚構だと思った方がよい。なぜなら、宗教的コンテキストもその人を作り、政治に微妙な影響を及ぼすからである。

    反知性主義とは何か
     森本氏は反知性主義の代表的な定義として佐藤優の定義
     実証性や客観性を軽んじ、自分が理解したいように世界を理解する態度
    を引用(反知性主義 p.4)した上で、次のように続ける。

     しかし、この言葉は、単なる知性への反対というだけでなく、もう少し積極的な意味を含んでいる。(中略)本ら、反知性主義は、知性そのものではなくそれに付随する何かへの反対で、社会の不健全さよりもむしろ健全さを示す指標だったのである。(同書 p.4)
    と紹介されている。地勢に付随する何か、というのは豊かさであったり、社会を支配しているその権威性だったり、神の名の下に平等といいながら、人を人とも思わない東部の金持連中の態度だったり、社会の不正義だったりするのである。アメリカ人にとって重要な概念は、Pledgeと呼ばれるアメリカ国民の統一の象徴でもある国旗への忠誠の文句

    I pledge allegiance to the Flag of the United States of America, and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all.
    の最後の部分、with liberty and justice for all がものすごく重要なのである。それが知性を持つ人々(たとえば、関税をかけてきた英国国王やそのお取りまきを含め)がたびたびアメリカ史上で、本来公平に扱われるべき人々を踏みにじってきたという経験があるがゆえに権威あるものに逆らい、このwith liberty and justice for allの実現を求めるのである。その意味で、社会の健全さを表すとアメリカ人は素朴に感じるようである。

    反知性がアメリカで言われ始めた背景
     
     どうも、この背景にはマッカーシズムがあるらしい。まさしく、マッカーシズムは、アメリカの文化人であるハリウッドやマスコミ関係者を目の敵にして、アカ(共産党員)認定をしてきたし、共産党員であること告白し他の人が共産党員だと報告した場合、Munityを根拠に無罪放免されるという司法取引制度を活用しながら、他人を共産党員として告発し、社会を不安に陥れるような膨大な罰ゲームをしてきた。このあたりのことは、Good Luck and Good NightというGeorge Crooneyの映画やJim Carry 主演のThe Majesticを見ると分かりやすい。



    Geoge CrooneyのGood Luck and Good Night
     クルーニーの父(アナウンサーだった)が思い起こされる名画


    Jim CarryのThe Majestic これも「ショーシャンクの空に」の監督作品で、おすすめ

     反知性主義が言われ始めたそのオリジナルについて、森本先生は次のように書いておられる。
     反知性主義(anti-intellectualism)という言葉には、特定の名付け親がある。それは、「アメリカの反知性主義」を著したリチャード・ホフスタッターである。1963年に出版されたこの本はマッカーシズムのあらしが吹き荒れたアメリカの知的伝統を表の裏の表面から辿ったもので、直ちに大好評を博して翌年のピュリッツアー賞を受賞した。日本語訳がみすず書房から出たのは、40年後の2003年であるが、今日でもその面白さは失われていない。(中略)
     だが、もしそんなに名著であるのなら、これが40年間も訳出されずに放っておかれたのだろうという問いも出てくる。理由の一端は、この本の内容が日本人には理解しにくいアメリカのキリスト教史を背景としているところにある。(中略)決して難しい本ではないが、日本人になじみの薄い予備知識が必要なため、本筋のところが敬遠されてしまうのである。(中略)アメリカの反知性主義の歴史をたどることは、即ちアメリカのキリスト教史を辿ることに他ならない。(同書p.5)

     最近教会に来ておられる信仰者でない方から誘われて、アメリカ政治学者の研究会に顔を出していて思うのだが、実は、日本だけでなくヨーロッパ人を含めアメリカ史、特に政治史の研究者のかなりの部分は、このアメリカ史におけるキリスト教史、とりわけ反知性主義のかかわりが分かっておられない方が多い。アメリカの政治史において、実は、このキリスト教的な精神性とそれから導かれる反知性主義、また、このキリスト教的な一種の冒険主義や理想主義がわからないと、国際社会におけるアメリカの政治的行動が見えないことが多いのではないか、と思うのである。

    アメリカ社会と契約と英国の改革派神学
     アメリカ社会の中で、当初ニューイングランド(新しいイングランド、神から祝を受けるべきまともなイングランドという印象がある語)を建設しようとしたのは、イギリスで非国教会の信徒でなかったために嫌な目にあったピューリタンが建設しようとした一種のキリスト者による理想郷の建設である。

     はじめ大陸の改革派神学の中で語られた「契約」は神の一方的で無条件の恵みを強調するための概念であった(引用者注 これは、ちょっと乱暴かも)(中略)ところが、ピューリタン(引用者注 英国国教会分離派としてのピューリタン)を通してアメリカに渡った「契約神学」は、神と人間の双方がお互いに履行すべき義務を負う、という側面を強調するようになる。いわば対等なギブアンドテイクの互恵関係である。(同書 p.23)

     この神と人が対等であるという概念自体が、 I don't know who I amというブログこれ言ったら要注意クリスチャン認定、な台詞を考えてみたで大丈夫か、という指摘を受けている対象になっている、「神様を友達感覚で呼ぶ」、「私が祈ると神様がきいて下さるのです」という行為(これを言っている人に対する敵意や批判ではなく、その行為そのもの)ような一種自己中心的で、かなり困ったちゃん的な神理解に基づく行為につながっているのではないか、と思う。

     超簡単なアメリカ建国史は下記のBowling for Columbine(コロンブスの土地へのボウリング)の中のアニメーションで見ると分かりやすい


    Bowling for Columbineの中の挿入されたアメリカ略史のアニメーション

     レーガン大統領のあるスピーチの概略を

     見よ、アメリカは栄華を極めている。それは自分たちが努力したからであり、その努力を神が祝福してくれたからである。我々のくらし向きは以前よりずっと良くなっている。それは神が我々を是認し祝福してくれたからに違いない。だから我々のやってきたのは正しいのだ。(p.28)

    とご紹介された上で、次のように続けておられる。

    幸福の神義論?
     時々出会うキリスト者とおっしゃる方の中に、祝福されていることをキリスト者は成功することで確認できるという方もおられるが、何で、こうなるのか、ということは何となくはわかるが、それに関して、幸福の神義論という言葉でご消化しておられる。
     これは、「幸福の神義論」である。「神義論」は、もともと人間の不幸を神学的に説明する論理として知られてきた。もし、神が愛と正義の神であるのなら、なぜ我々はこんな不幸で苦しまねばならないのか、という問いに答えようとするのが信義論である。(p.28)
    と、本来の神義論から神義論が逆転してしまっていて、「信仰者が神に祝福を迫る」その論理を求める議論になってしまいかねないことを、つまり、「ねぇ、ドラえもん」といい神におねだりするような「のび太型の信仰者」の背景をご紹介しておられる。つまり、「信仰者は神の中に苦難の中におられても共にいるということで神がともにおられる、即ちインマヌエルとして義を実現される」という神義論ではなく、「義が実現したところには、祝福があり、地上での豊かさを通しての祝福があることがすなわち義であり、(地上の豊かさで感じることができる)祝福がないところには義がない」「貧しいのは、その人が正しくないからではないか」というタイプの神義論である。このタイプがまずいのは、イエスがそのような理解を否定する直接的な文言があるからである。

    【新改訳改訂第3版】
    ヨハネ福音書
     9:1 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。
     9:2 弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」
     9:3 イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。
     明らかに、この場所は、伝統的な神義論の根拠の一つであろうし、逆転した「幸福の信義論」と矛盾を生じる様な神義論である。

    2分方的な思考法の原点
     アメリカの単純化した考え方の背景に正しいか、間違いか、という非常に単純化して考える思考法の背景に、2分方的な概念がいまだにアメリカに働いている。例えば、裁判でも、有罪でなければ、無罪とするような考え方であり、白黒はっきりつけるようなアメリカで主流を占め続けてきた考え方である。

     この国(引用者注 アメリカ)と文化の持つ率直さや素朴さや浅薄さは、皆この2分法(引用者注 いのちと幸いの道 VS 死と災いの道)を前提にしている。明瞭に善悪を分ける道徳主義、成功で尊大な使命意識、揺らぐことのない正統性の自認、実験と体験を無縁とする行動主義、世俗的であからさまな実利志向、成功と繁栄の自己慶賀−こうした精神態度は交差も逆転もなく青年のように若々しいこの歴史理解に根差している。20世紀アメリカの産物である「ファンダメンタリズム」も、進化論を拒否する「創造主義」も、終末的な正義の戦争を現実世界で実現してしまおうとするアメリカの軍事外交政策も、みなその産物といってよい。
     本書の主題である「反知性主義」も、このような単純な倫理意識や使命感をその成分要素の一つとしている。第1章では、まずその前提となったピューリタニズムの極端な「知性主義」を振り返ってみよう(p.29)

     ということで、次回は、反動として生まれることになる、反知性主義の原因となった、知性主義の背景ともなったピューリタンとその学術中心主義、厳密な思惟を求める性質について、陳べていこうか、と。

     次回へと続く。


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    コメント:買って損はしない。それでも、お金が惜しい人は、図書館へどうぞ。読んで損はない本です。

    2015.03.04 Wednesday

    森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(2)

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       まぁ、乗り掛かった舟である。もうちょっと書いておこう。

       前回の記事はこちら。

      反知性主義の源流
       ピューリタンの知性主義とリバイバル運動に関して、次のように森本先生は述べている。要するにリバイバリズムという一種の情熱的なキリスト教的熱狂とピューリタニズムのために英国から渡ってきた人たちとその次の世代が極端な知性主義への反動ではないか、というご指摘である。

       その(引用者補足 アメリカの反知性的な現象の)出発点については、研究者のほぼ一致した見解がある。それは、独立前のアメリカ全土を席巻した「信仰復興運動」(リバイバリズム)のうねりである。(中略)それ自体は必ずしもアメリカだけに起きた現象ではない。だが、植民地時代のアメリカには、それを準備する特定の土壌があった。それがピューリタニズムであり、もっと具体的に言うと、ピューリタニズムの極端な知性主義である。(反知性主義 p.31)
       リバイバルは、確かに世界各地で起きているが、割とこのリバイバルがアメリカ系の聖霊派の教会で起きることが多く、南北アメリカ大陸や、アメリカの影響の強いオセアニア地区やアジア地区での事例が多数報告されている。しかし、下記に示したロイドジョンズの本にもあるように、19世紀末から20世紀のウェールズで起きたことなどでも発生したことが知られている。最近では、金粉が降ったり、卑金属であるはずの虫歯の詰め物やクラウンの素材が金に変わったとご主張の向きがあるやにお聞きしている。

      ニューイングランドのピューリタンの
      知性偏重主義の背景

       ニューイングランドは、アメリカの建国の基礎となった東部13植民地の地域の一つであるが、その植民地の中でも、異様に大学卒業者の多い地域であったらしい。

      Map of territorial growth 1775.jpg
      東部13植民地           独立期の星条旗


      歴史的に見ると、ピューリタンの入植したニューイングランドは、人口当たりの大学卒業者が異常なほど多かった時代である。1646年までに海を渡ったピューリタンのうち、大学卒業者は130名で、そのうちケンブリッジ大学出身者が100名、オックスフォード大学出身者が32名である(重複あり)。当時の移民地人口からすると、およそ40家族に一人、という割合になる。(p.32)

       今では、日本の高校生の半分がいわゆる『大学』と呼ばれるところに行く時代からしたら、「え、それがどうした?どうして高学歴社会?」と言われそうであるが、この当時の大学というのは、エリート中のエリート、貴族が行く施設であり、おいそれと行くような場所ではなく、未だに英国ではかろうじてその伝統が残っているが、マスプロ教育なのではなく、指導教員と個人がかなり密接な個人関係の中で対話を通じながら、学問の息吹をまさに「謦咳に接する」という語がふさわしい環境で研さんしていくところであるのだ。1教室に400人も500人も詰めて、養鶏場のニワトリよろしく講義と称するものを一方的に行うところではない。今の大学院教育以上の教育を行う場所であったのである。おまけにイギリスは、英国国教会があり、オックスフォードにしても、ケンブリッジにしても、ほとんどが国教会に所属するキリスト者で占められていた社会であり、ユダヤ人は20世紀初頭でも、馬鹿にされた。


      Chariots of Fireのシーン

       日本名『炎のランナー(原題 Chariots of Fire 旧約聖書のエリヤが炎の戦車(Chariot of Fire)で見えなくなった記事にちなむ)』の上記で紹介したこのシーンのあとに、この回廊を巡る一種の障害物競争で勝ったユダヤ系イギリス人学生の出自(父親が金融業者でユダヤ人であること)へのオックスフォード大学の教員の強烈な皮肉の言葉があったはずである。それほどに、イギリス社会でも、さらに20世紀初頭でも、ユダヤ社会への風当たりは強かったし、非国教会の徒への風当たりは強かった。非国教会の人々への風当たりの厳しさは、Taka牧師から販売していただいた野呂先生の「ウェスレーの生涯と神学」でも、ちょっと出てくる。

      アメリカの名門大学の原点
       世界のトップ大学の一角を現在では占めているアメリカの大学は、もともと、教職者(聖書を語る牧師など)の養成学校であった事に関して次のように森本先生は記述しておられる。
       現代アメリカには世界の大学ランキングで常にトップの位置を占めるハーバード、イェール、プリンストンという大学がひしめいているが、これら3校はいずれもこうした任務(ギリシア語、ラテン語、ヘブライ語に基づき聖書をきちんと解釈する人部)に就くピューリタン牧師を養成することを第1の目的として設立された大学である。(中略)ハーバード大学が設立されたのは、1636年のことである。プリマス植民地の入植から考えても16年、マサチューセッツ植民地への入植からは、わずか6年しかたってない。(同書 p.34)
       日本の高等教育の関係者でも、このような背景は知られていない。大学の教師でも、このようなことを知らずに、ありがたがってハーバードや、イェールやプリンストンを称揚している方も案外お見かけする。なんか、訳知り顔で、マイク・サンデルの「正義論」がすごいとかいっておられる方もおられるが、大学史全体からすれば、あれはマスプロ教育の姿であり、少なくとも18世紀的な英米型の教育の姿ではないように思う。そもそも、マイク・サンデル教授の「正義論」の分野は、もともとハーバード大学での政治経済学(Political Economics)という科目の一部で、神学部の最終学年で大学の学長(Dean)クラスが担当していた講義の伝統の上にあるのであることも知らずに、それを称揚する番組が某国営放送で放映される、ということは、実は、「八重の桜」よりも、「軍師官兵衛」よりも、某国営放送の教育放送部門が、キリスト教の正義とは何かに関する伝道をしていただいたようなものであり、アメリカ的な聖書文化のコンテキストにおいてあの「正義論」が語られていることはもう少し知られてよいのではないか、と思う。


      NHKでも放映されたMike Sandelの正義論の講義風景
      (写真はNHKのサイトからお借りしました)

      楽しくないユートピア(理想郷)w

       アメリカの新大陸文化に関して、当時の時代背景をこのように説明しておられる。

       「ピューリタンはユートピアを発見したが、それはちっとも楽しくないユートピアだった」といわれる。「ピューリタン」という言葉で我々が連想するのは、厳格で難しくて不寛容というイメージだが、実はこれらは19世紀になされた戯画化の産物である。(中略)
       初期のピューリタンは、今日なら教会にあって当然と思われるもの、たとえばオルガンや鐘や銭湯なども拒否した。(中略)クリスマスもカトリック的な「冒涜」だから、絶対にお祝いしてはならない。1660年には「クリスマスに贈り物交換や着飾った外出や宴会などの違反を犯した者には5シリングの罰金を科す」というお触れが出されている。
       ピューリタンは性に関してことさら潔癖であったといわれるが、これも実像は別である。彼らの残した文書を読むと、男女の性愛についてかなり直截で快活な書き方をしている。(同書 p.52)
       このブログでも、"「ピューリタン」という言葉で我々が連想するのは、厳格で難しくて不寛容というイメージだが、実はこれらは19世紀になされた戯画化の産物である”のトラップにはまった水谷潔氏の記事に対して、「それってどうなんですか?」とご発言申し上げた「ピューリタン雑考」という記事があるが、まさに、厳格で厳しくて不寛容という現代に生きるパリサイ人は、ピューリタンの反動として出てきた福音派にかなり引き継がれている点は面白い。ミーちゃんはーちゃんのキリスト者集団の中でも「クリスマスも、絶対にお祝いしてはならない」との方針を堅持しておられる向きもあるが(理由は異教由来だから、とされている)、このあたりかなり文化からどのような影響を受けるのか問題と密接に関係していると思われる。
       こういう背景は、キリスト教史(とりわけ、アメリカキリスト教史)をきちんと勉強していれば当然なことであるが、日本の大学の中での、アメリカ史の専門家向けの学部の専門科目でも、なかなか取り上げない側面である。それでアメリカを理解した気になるものだから、誤解が生じるのは仕方がないような気がするのである。アメリカ政治史や経済史教育に至っては何をかいわんや。

      反知性的文化が生まれるための
      土壌としての社会変化

       アメリカは移民文化であるがゆえに、人口が非常に急増した時期(移民の流入期)を経験する。最初は、アイルランドでのジャガイモ飢饉(ジャガイモに伝染病が発生して不作が発生した)によるアイルランド人の大量流入であり、これらの人々は、スキルをもたなかったので、警察官、消防士、軍人となっていった。

       未だに、この警察官、消防士、軍人にアイルランド人が多い。そして、この三職の殉死者を称揚するためにちょっと大きな市であれば、バグパイプ奏者がこれらの3職の儀仗隊には存在する。


      NYPD(ニューヨーク市警察)の儀仗隊による911メモリアル演奏


       何でNYPDと書きながらアイルランドを象徴するクローバーがついているかというと彼らのうちにアイルランド出身者がやたらと多いからである。まぁ、クラブ(こん棒)は警官(銃が支給されるまで警官の象徴であった)の象徴でもあるけど。


      NYFD(ニューヨーク市消防)のバグパイプ儀仗隊 最後にアイルランド国旗が出てくる

       わりとアイルランド系市民が多い、シカゴでは、St Patrick Day(アイルランドの守護聖人の日 日本の建国記念日みたいな感じ)には、シカゴ川を緑色に染める習慣がある。バスクリンを入れているのかと思ったが、染料のようである。


      2014年のSt. Patrick Dayのシカゴ川を染色する様子。

       閑話休題。本論に戻そう。

       ところで、アメリカ人は、開拓地に新聞をもっていった人々と呼ばれるほど、文字文化の人たちなのである。もちろん、新聞は毎日発行であるので、大都市から郵便で、何日か遅れで配達されるような新聞であるけれども。そして、この文字メディアへの依存が、実は、知性主義の伝統なのである。要するに、東部の資本家たちは、冒険的な西部開発に向かっていくときにも、この新聞を非常に高いコストを払わせながら西部開拓地に持ち込んでいったのである。

       ニューイングランド社会は、18世紀に入って大きな変化を経つつあった。その変化はいくつかの数字になって表れるが、第1は人口の急増である。(中略)
       ところが、既存の教会はこの爆発的な人口の増加に対応する術を全くもっていなかった。「半途契約」(引用者注 成人になって改めて回心することを前提に信徒扱いする制度)の話で分かるように、教会の指導者たちは小規模な閉鎖的分派として出発した集団をどのように維持していくか、ということに腐心するばかりであった。
       人口増と共に大きな要因は、大衆メディアの発達である。王制不幸後のイギリスでは、出版許可法が、出版物の取り締まりを定めていたが、この法律が1695年に廃止される。すると瞬く間に印刷所が増え、月刊や週刊や日刊の読物が次々に発行されるようになる。事情はイギリス領のニューイングランドでも同じである。18世紀最初の40年の間に、「ボストン・ニューズレター」や「ボストン・ガゼット」など、植民地全体で12もの定期刊行物が発刊され、それを流通させるための経路も急速に整備されていった。ある資料によれば、マサチューセッツの書店業者は同じ40年間に4倍になっている。
                  (同書 p.66₋67)
       しかし、この記述を読むの中で、ニタニタしたのは、「教会の指導者たちは小規模な閉鎖的分派として出発した集団をどの表に維持していくか、ということに腐心するばかりであった。」って、えぇぇぇ、250年前のアメリカと同じ悩みを現代の日本でも抱えているではないか、ということであった。日本という文化的コンテキストが違っても、「小規模な閉鎖的分派として出発した集団をどのように維持していくか、ということに腐心するばかり」という表現を見て、さすが、ご先祖様の子孫としての日本のキリスト教会って思ってしまいたくなりそう。ちょっと、吐き気催してきたけど。

      メディアの特性

       今回の最後にアメリカのピューリタン社会とメディアとの関係があった部分があったので、それをご紹介して今回は終わりたい。

       出版には、ハード面即ち印刷所や書店や流通経路などといった産業構造の整備と、ソフト面即ち求められる情報内容の充実という両面が必要である。一般大衆の需要に応じて情報が供給されるようになると、その情報がさらに需要を掘り起こし、供給のために必要な回路を自分で作り上げていく。コンテンツがメディアを作ると、そのメディアが逆に今度はコンテンツを育て、それを伝えるメディアもさらに発展する、という循環が起きるのである。(p.68)
       しかし、現在の日本のキリスト教メディアの具合を見ていると、印刷所や書店や流通経路というハード面があっても、日本のキリスト教徒が「大衆」でないためにその需要規模が小さく、需要が喚起できていないのではないか、そのあたりをどう読み解いていって今後の展開を考えていくのか、ということがいま求められているような気がするのだ。特に、現在は、必勝パターンであるヲワコンであってもネームバリューのある有名人(たとえば、ウイ○アム・フ●ンク○ン・グ●ハム3世とか・・・)に依拠してコンテンツが作られている面が少なくはないので、本来メディアがしてきたコンテンツを育てる、コンテンツのクリエーターを発掘し、育てるという作業をさぼっているというか、人がいなくてできていないというような気がする。このへん、大新聞やテレビなんかが典型で、だから現代の大衆の確実な層であるネット民から相手にもされずに、見捨てられつつあるように思うのは、私だけ、であろうか。

       次回も、ピューリタン紹介が続きます。一大連載になりそうな予感がしている。





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      コメント:ちょっと雑いところはあるが、非常に面白い。絶賛推奨ちう。

      評価:
      D.M. ロイドジョンズ
      ---
      (2004-10)
      コメント:Dr.と呼ばれたロイドジョンズ先生が、ウェールズを中心に起こったリバイバルを取り上げ、検証しておられる。お勧めである。

      評価:
      野呂 芳男
      ---
      (1975)
      コメント:非常に幅広い組織神学的位置づけの上に立って書かれた好著でありながら、読みにくくはない。

      2015.03.07 Saturday

      森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(3)

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        今回は、第3回目。

         初回
        森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(1)

        では、アメリカの反知性主義というものと、その社会への現れ、集団ヒステリー化しやすい土壌、そして、最初のピューリタンたちが持っていた改革派神学(それが悪いとはこれっぽっちもミーちゃんはーちゃんは思っていない)について触れた。

         第2回
        森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(2)


        では、アメリカがそもそも出発点からして高学歴社会であり、そして特に、初期の段階で改革派神学の影響もあり、非常に知性に傾倒した神学的傾向があり、そこに大量に大英帝国からの移民の流入があったこと(現在も確認できる証拠の一部)、その知性主義の応じるためのメディアなどの社会システムの成立に触れてきた。

         今回は、その知性主義への反動として起きた、リバイバリズムについて、森本先生のご著書の記載をもとに考えていきたい。このリバイバリズムには複数の主要な登場人物がいる。一人は、アメリカ土着化し始めていた団塊のピューリタンの系譜に属するジョナサン・エドワーズである。このジョナサン・エドワーズに関しては、はじめてのジョナサン・エドワーズという森本あんり氏が翻訳した本があるので、それをお勧めしておきたい。あと、リバイバル期の初期に活躍した人物としては、本日紹介するホイットフィールド先生と、フィーニー先生この記事参照)先生を忘れるわけにはいかない。

        メソポタミアで感激?

         このジョージ・ホイットフィールド先生は、「メソポタミア」と話しただけで群衆が感動したという(森本先生ご指摘のように、この段階ですでに集団ヒステリーもどきであるが)逸話付きのお方であるが、このホイットフィールド先生の説教で何が起きたか、について、次のようにお書きである。



        「メソポタミア」で群衆を狂喜させたGeorge Whitefield先生(Wikipediaの画像)

         移住してきたばかりのあるドイツ人女性は、英語が一言も分からないのに、ホイットフィールドの説教を聞いて感極まり、「人生がこれほど啓発されたことはありません」と叫んだとか。この逸話は、リバイバリズムの底の浅さを揶揄して語られたものだが、大都市で当て所もなく彷徨っていた移民たちの不安と宗教的需要をよく物語っている。そして、定住者による安定した社会の維持を願っていた当時の既存教会には、こうした不安な大衆を受け入れる準備が全くできていなかった。人々の潜在的な宗教的需要は、かつてないほどに膨れ上がっていたのである。(反知性主義 p.70)
         しかし、わけわからなくなってあらぬことをしゃべるのは、ペテロ君だってそうである。変貌山上の出来事に直面した時、彼は、「せ、先生方のためにテントを作ります。作らせてください」ってしゃべっている。

        初期植民地固有の社会の不安定さ

         当時のアメリカ社会が不安定な状況であったことは、以下のThe Crucibleという映画にも出てくる。以下の映画は、セイラムの魔女裁判というアメリカの黒歴史にまつわる事件を取り上げた映画である。ピューリタンで社会を構成しつつも魔女だと騒ぎが起きて、キリストの名のもとに人を気づ付けた事件である。このDVDの開設によれば、この映画自体、20世紀において赤(共産主義者)狩りと称する魔女狩りをしたとされるマッカーシズムへの批判として描かれた側面もあるらしい。

         この中のワンシーンで、ピューリタンの男性信徒の老人が、その夫人が「聖書以外のものを読んでいる(けがらわしい)」と悪口を言いふらかすシーンがあるが、これなどは、現代の福音派や、カルト化した教会などで時に聞かれる表現ではないだろうか。




        一種の集団ヒステリーであったセイラムの魔女事件を扱った映画「クルーシブル」

         アメリカの黒歴史としてのセイラムの魔女事件は、アメリカのドラマや、子供向け番組やThe Simpsonsなどでもチラッとだけではあるが、批判的に取り上げられることも多いほど、この世界に行きやすいアメリカの文化はある程度あるかもしれない。

        実利家フランクリンとの出会い
         フランクリンは、雷が電気であることを明らかにした科学者というか発明家であり、エジソン先生の大先輩のような方であるが、実は、大英帝国から伝道しに来たホィットフィールドの同時代人である。

         実利家のフランクリンであるから、もちろん宗教などにかぶれるはずがない。彼は世間の評判に頼ることなく、何でも自分で実地に見聞してから確かめようとする科学的精神のもち主であったから、1739年にホイットフィールドがフィラデルフィアにやってくると、さっそく彼に会いに行っている。この二人は、低い身分の出自、豪放磊落な性格、不屈の企業家精神といった個人的な背景や気質でも、共通するところが多い。(p.71)
        と書かれていたが、まぁ、何と似た者同士であったらしい。まぁ、「豪放磊落な性格、不屈の企業家精神といった個人的な背景や気質」と書かれていたが、口の悪い言い方をすれば山師、あるいは一発屋のような性質であったようである。一時期一世を風靡したライブドアの創業者社長のような性格の人物だったかもしれない。なお、その人が山師だと言うつもりはない。まぁ、悪役キャラと同じようなタイプらしい。ミーちゃんはーちゃんは、基本悪役キャラなんで、親和性は高い。

        ■悪役の特徴
        1 大きな夢、野望を抱いている
        2 目標達成のため、研究開発を怠らない
        3 日々努力を重ね、夢に向かって手を尽している
        4 失敗してもへこたれない
        5 組織で行動する
        6 よく笑う



        100ドル札のフランクリン(まず、外国人がこれ使ったら偽札の検査をされる)

         なお、フランクリンが載っている100ドル札はどうも本物そっくりのSuperKというお札がアジアの某国で制作され、アメリカ国内でも流通している模様なので、アメリカ国内で使おうとすると、まずチェックされる。そもそも、アメリカの空港だと、10ドル札以外は嫌がられることも多い。しかし、因果な役回りのフランクリンである。

        メディアを活用したホィットフィールド
         キリスト教は日本でも割と印刷物系のメディアを活用してきた(上手にかどうかは別として)といえるだろう。18世紀初頭に当時のハイテク(今のインターネットのような)メディアであり、それを相当活用したらしい。その辺の背景に関して、次のような記載がなされていた。

         最初の渡米時にほとんど無名だったホイットフィールドは、二度目の時はすでに有名人になっていた。「説教しては印刷する」(preach and print)という独自の伝道方法の成功っである。彼は、自分の説教予定を新聞や雑誌と言う大衆メディアで次々と同時進行的に宣伝した。この新しい伝道方法は、先に述べたような印刷や出版の大きな進歩がなければできなかっただろう。この点で、彼は現代のテレビ伝道者のひな形といってよい。(p.74)
         まぁ、現在で言えば、ブログでステマをしたり、テレビに出たり、ラジオを利用したりという手近にあるメディアをうまく利活用したと言えよう。今でいえば、某「K福の科学」や某「SK学会」さんや「目ざめよ」をご配布いただいておられる皆さん方がお取りの方法であるが、実は、この原点というか出発点にあたるのが、このホィットフィールドさんという方のようである。その意味で、仏教系を含め日本やアメリカの新興宗教の原型を作った人物といってよいだろう。
         ただ、無料の配布物は、今では、紙が希少な資源でなくなったため、昔ほど大事にしてもらえない。昔は、ちょっとしたものを包むためや、焚きつけの素材として大変重宝されたりしたのだが、今では、廃品回収に直行になりかねない。
         さらに、現在ではテレビやネットがあり、新聞は発行部数を減らし、テレビは視聴率が下がるような情報過多時代であるので、よほど話題性や特徴、読者層がなければ見てもらえないし読んでももらえない。

        聖なる商品、聖なるステマw

         ホイットフィールドの説教や伝記を出版することで、ちゃっかりフランクリンも商売をしている。そのあたりに関して、このように森本先生はお書きである。

         あとで触れるが、こうした伝道方法は、地元の教会の牧師たちにはすこぶる評判が悪い。ところが、彼はそういう地元教界との軋轢すら逆手にとって、前評判を高めるのに利用した節がある。(中略)印刷業者フランクリンも、ちゃっかりこの新しいビジネスチャンスを利用し、ホイットフィールドの説教や自伝を出版して大きな収入を得ている。こうした業者たちにとり、ホイットフィールドは飛ぶように売れる「聖なる商品」だったのだ。
         つまり彼は、18世紀前半という商業化と消費革命の時代にふさわしい伝道者であった。(p.74₋75)
         しかし、このホイットフィールドさん、かなり炎上体質の御仁だったらしい。某雑誌ミニストリーの編集長以上に炎上体質だったらしい。マッチポンプというよりは、マッチガソリンだったようである。その意味で、ホイットフィールドは今の用語で言えば、「自演乙」だという批判を浴びかねないことをなさっておられたことも書いてあった。

         まぁ、炎上することで意識を喚起し、そして社会運動へとつなげていく、というのはこれ以降アメリカのキリスト教では習い性になる。典型的には公教育で進化論を教えることの妥当性が議論になったスコープス裁判である。あるいは、近時では中絶問題のロー&ウェイド事件(Roe v. Wade, 410 U.S. 113)、同性婚問題などが典型的である。それだけ、アメリカ社会がメディア依存だということなのだと思う。

        歴史の証人とその証人性について

         このニューイングランドのリバイバルは、自分自身の罪深さを否応なく感じなければならず、神の怒りの手が迫ってくるという妄想にかられ、自殺者が出たことによって急速に収束するのだが、ジョナサン・エドワーズが「誠実な報告」というタイトルでこの経緯をまとめたことが本書にも記載されている。そこも面白いのだが、一番気になったのは、この部分である。

         加えてここには、歴史の証人になるとはどういういことか、という本質的な問いが浮かび上がっている。出来事の報告者たちがその出来事の登場人物でもある、ということは、実はすべての神聖な歴史証言に必須の事態である。なぜなら、商人であるということの中には、当事者であるということが含まれるからである。(中略)物語る証言者は、必ずその物語中の登場人物でもある。この「出来事内在性」が、証言者の証言者たる資格を与えるのである。証言者は、自分を語ることなくして歴史を証言することはできない。歴史はすべて、誰かによって語られた歴史である。(同書 p.79)
         この辺、下記で紹介するボウカム先生の義論と関係しそうなのだなぁ。ボウカム先生は福音書作家の目撃者性を「イエス入門」で(おそらくタイトルからするに「イエスとその目撃者たち」でも)議論しておられるけど、歴史性の問題を扱う上では、この種の問題はなかなかむつかしいのである。近年の義論で言えば、文化人類学のEthnography研究に妥当性がどこまで付きまとうのか、という問題ともよく似ている。文化人類学や経営学では、その対象の内部に身を置き、そこで観測された知見をもとにその対象や組織に関する研究をするのであるが、その対象のそばに観測者がいると、観測者の持つ固有の文化的行動が対象や組織に影響を与えてしまうことや、観測者自体がその組織から影響を受けてしまい、間主観性の根拠となる主観にバイアスが生じてしまう、という問題があることは文化人類学の基礎中の基礎でもある。歴史学の場合、証言者ないしその関係者が残した資料に依拠して研究を進めるので、この間主観性の問題は、実物の対象に影響は与えないというものの、実物の対象からの直接資料ではなく間接資料に依拠しないといけない、あるいは、遺物を通しての推定が入るという意味で、研究に誤差というのか余分なものが入り込みやすいという欠点を生じる。

         いずれに場合にせよ、歴史学というのは非常に科学的客観性を備えた学として、悩ましいものを出発点のところで内包せざるを得ないし、そのあたりのことは少し考えないといけないけれども、その部分が歴史学の面白さだなあ、と思った次第。


         次回 リバイバリストたちと既存教会とのかかわりをご紹介する予定。



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        コメント:非常に良い。おすすめである。多分、上の「イエスとその目撃者たち」本を短く分かりやすくした本。

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        ショップ: 楽天ブックス
        コメント:著者の博士論文を一般向けに書き直した本。目撃者証言性を考えるうえで参考になるかも。

        2015.03.09 Monday

        森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(4)

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           さて、これまでの連載で、知性主義に走ったアメリカの建国直前のキリスト教界の姿を説明された部分を紹介し、反知性主義の背景や歴史性などに触れてきたが、今日からは反知性主義側の説明に入っていく。

          野外で開かれた伝道大会

           反知性主義の原点として、リバイバル集会があることを示したうえで、このリバイバル集会が野外のサーカスが利用するような大型テントや町の広場で開かれ、それがのちのアリーナやコンベンションセンターなどのご先祖様に近いのではないか、ということがご指摘されている。なぜ、野外やテントで開かれたかに関して、次のようにおっしゃっておられる。
           そもそもなぜ野外なのか。そしてなぜ日曜日以外なのか。(中略)それは単に多くの人が集まることができる場所がほかになかったからではない。そうではなくて、街の体制を支配している既存教会の牧師たちが、こぞって反対したからである。(中略)
           「神の行商人」と揶揄されたホイットフィールドだが、行商人のように神の話を売って歩いたのは彼だけではない。リバイバルの主たる担い手は、彼ほど有名でないたくさんの巡回説教者たちである。彼らは、まさに巡回セールスマンのように、街から街へと渡り歩いて神を商売にした。その出自は全くそれぞれで、どこかの大学を卒業したわけでもなく、自らの信仰的確信を頼りに、ある日どこからともなく街にやってきては、人々を集めて怪しげな説教をして回るのである。
           ところが、皮肉なことに彼らの話は抜群に面白い。何せ、それまで人々がきいてきた説教といえば、大学でのインテリ先生が2時間にわたって滔々と語りつづける難解な教理の陳述である。それに比べて、リバイバリストの説教は、言葉も平明でわかりやすく、大胆な身振り手振りを使って、身近な話題から巧みに語りだす。(同書 pp.82-83)

          1週間のぶち抜き伝道集会…
            そういえば、わが教派でも昔、天幕伝道の習慣があって、1週ぶち抜きの伝道大会とかやっていたらしい。昔の記録を見てみれば、そういう記録が出てくる。1週間ぶち抜きの伝道集会は、現在の日本ではほとんど見られないと思います。私が最後にこのタイプの伝道集会に出会ったのが、1997年のアメリカでした。

           まさに、巡回伝道者という感じのお話をいただきました。お話は、抜群に面白くはなかったですが、50分くらいの割と比較的わかりやすい(過度に学問的でないという意味)話を午後7時くらいから1時間ほど、お話を聞いたことがございます。まさに、街から街へと、行かれておられる様なお方でした。

           面白かったのは、この巡回伝道者の方が来られた時に、当時言っていたシアトル南郊の教会に普段は来られてない教会外の恐らく他の教会の信仰者の人が、場を楽しく盛り上げようとギター演奏でも、と思っ他のか、ギターを持ってこられて、「ギターでも弾きましょうか」といったら、「No Thank you!」と即座に断られてましたことです。うちは、無楽器派だったのもあって、断られたようですが。今思い起こしていけば、ウィ○アム・フ▽ンク○ン・グ▽ハムの大会などでは、ギター演奏なんかがありますので、そのノリで来られてたのでしょうが、「歌舞音曲の類は教会では、・・・」ってガッチガチの教会だったので、とても残念な結果に終わりました。

          「このおじいさん誰?」事件

           この部分を読みながら、ふっと思いだしたことがあります。今は物故者となられた自派の中で割とよく知られた巡回伝道者の方が2010年頃に、私がおります教会来られた時に、割と長期にその教会に来ておられた方信者でない方が、大きな声で、「このおじいさんだれ?」と言われたことがありました。

           そうなんです。自派の中では超有名人であっても、自派以外では、まったく無名の一人のただの「おじいさん」でしかないわけなんです。この方をご紹介された司会の方は苦笑するしかなかったですねぇ。

           どうも、「特別な方が来るから、ぜひ」とこの方にお話しされ、別の教会員からお誘いがあったようでした。しかし、その方にとってみれば、話があまり面白くもなく、楽しくもないお話だったので、なぜ、この方が尊敬を集めておられるかの理由がおわかりなりにくかったようで、「このおじいさん誰?」と身も蓋もないご発言につながったようです。

           例えば、あちこちで講演会形式での伝道のためのイベントや音楽家の方が招かれてイベントが開かれることがあるでしょうが、しかし、外部の人から見ても、あちこちで開かれている講演会の講師や演奏家の方がたは、外部の人からしてみれば、おそらく「この人誰?」の場合が一般的なのではないだろうか。

           よほど、有名な講師でも、キリスト教業界以外の人にとってみれば、「この人誰?」になるような気がするんですね。とすれば、相当名前が売れるまでは、マッチポンプといわれようと、炎上体質といわれようと、ホィットフィールドがとったような新聞広告をして、知名度を上げながら、さらに参加者を増やしていって問題化させ、さらに知名度を上げていくような戦略をひたすらとり続けるしかないわけです。


          当時の野外集会の様子
           

           画面中央に下着姿になったかのような女性の姿が見えるし、講壇の下では女性が倒れているように見える。


          このようなテントでの伝道を揶揄したエルマー・ガントリーの予告編

          霊性運動としてのリバイバル運動
           最近のマクグラスのキリスト教の霊性は、非常に冷徹なマクグラスらしい本であるし、ジャン・ヴァニエ、ヘンリー・ナウエンなどのスピリチュアリティ論とは雰囲気が違うか、理性が強い聖書理解のなかで、霊性というのはある面、無視されるとは言わないまでも軽視されてきた面はあるであろう。そのことについて、初代教会に戻れ運動の一環としてのリバイバルが起きてきたことに関して、次のようにお書きである。

           リバイバリズムは、この意味でも一種の回帰運動である。ここに現われているのは、知性と霊性との対立ではなく、知性のヘゲモニーに対する霊性の異議申し立てである。知性そのものに反対しているわけではない。だが、霊性より知性が重要だ、という価値づけには激しく反対する。そしてそのよりどころは、「神の前では万人が平等だ」という極めてラディカルな宗教原理である。(同書 pp.85₋86)
           リバイバルは、宗教的情熱でもあると同時に一種キリスト教の霊性とのつながりが深い。そして、キリスト教の霊性は、旧約聖書の中での霊がルーアッハ(風、息、息吹)であり、新約聖書では、プネウマないしプニューマ(これまた風、息、息吹)であるので、一種捉えどころのないところもある。風が顔に当たって、あぁ、風が吹いているのだ、と感じることはできても、それを直接視認できない、検証できないのとよく似ている。何、風洞実験がるではないか、という方もおられるかもしれないが、あれも、煙などを入れて、可視化しているだけに過ぎない。風そのものをとらえるのは非常に難しいのだ。そして、風と同様に、霊は渦のようなところがある。風が渦を作り、あのどでかいジュラルミンの塊の飛行機を浮かせるように、霊はリバイバルを起こすこともあるのだ。渦は怖いもので、旅客機を落とすことがある。ボーイング707が富士山付近での乱気流に巻き込まれ、墜落した話は、流体力学関係者、航空関係者の間では有名な話である。詳細はこちらのWikipediaの記事を。


          風洞実験の画像 翼の当て方によって、翼の後方で乱流(渦)が発生しているのがわかる


          済州島と屋久島によるカルマン渦 気象衛星からの写真 Tenki.jp様から

          熱心、それは常軌を逸した人物を示す語
           現在の日本でも、宗教関係者は、あっちの人、とされることがあるようである。それは、宗教に強く影響を受けた人が、ある面、通常の社会常識の枠内で生きていない人であり、その通常の社会参照枠から外れたことに熱心さを持っているからである。リバイバル時代には、この手の熱心さを持った人が幾人も出た。

           とはいえ、当時の人々が信仰復興運動という出来事を皆同じように見ていた、というわけではない。「熱心」(enthusiasm)という言葉は、今日なら肯定的な響きを持つが、当時はとても悪い意味だった。「あの人は熱心だ」というのは、「あの人は常軌を逸した危険人物だ」という意味だったのである。(同書 p.87)
           恐らく、Lady Killersのシーンにそれを思い起こさせるシーンがある。多分、こんな感じだったのであろう。こういう熱心さ、と戯画化されるような可能性が高かったのであろう。


          Lady Killersの教会のシーン リバイバリズムの伝統がよく表れている

          多民族、多教派の融合の契機となったリバイバリズム

           アメリカ国家は人種のるつぼであると同時に、信仰のるつぼでも現在はある。日本的な神仏習合のような融合ではないが、幅広いキリスト教が化学反応を起こしているようなるつぼでもある。そして、みんながちょっとづつ違うキリスト教理解、聖書理解を抱きつつ、In God We TrustをPredgeでするのだ。


          US pledge of allegiance (Lee Greenwoodによる )


          リバイバリズムとアメリカの反逆精神

           信仰復興は、独立革命の30年ほど前に起きた出来事である。それは各人が自分の内面を見つめ、自分に信仰があるかどうかを吟味することを求める。そして、ひとたび確信を持つことができれば、地上のいかなる権威を畏れることもなく、大胆に挑戦したり反逆したりする精神を準備する。このような自主独立の精神が、この自覚と平等意識を培い、結果的にアメリカ社会を独立革命へと導き、その後の民主主義の発展を促したことは、容易に想像できるだろう。
           植民地全体の統一という点でも、信仰回復の果たした役割は大きい。それまでの植民地は、イングランドだけでなく、スコットランド、アイルランド、ドイツ、オランダ、スイスなどと出身国の背景ごとに別々に色分けされており、その上に、カルヴァン主義、ルター派、カトリック、クエーカー、バプテストなどという教派の違いが塗り重ねられていた。信仰復興は、こうした出身や教派の違いを超えて伝播する。人々はそこで初めて「アメリカ」という一体性を感じるようになったのである。(p.92)
           前にも触れたが、アメリカの反骨精神というのか反逆精神は、日本人から考えたら、どうかしているのではないか、と思われるほどに、反骨なのである。前にも紹介したが、アメリカで最初の高校生による銃乱射事件が発生したコロンバイン高校の校門に掲げられている学校を表すタイトルが、Home of rebelsであり、反乱者の居住地あるいは反乱者の家と、まぁ、皮肉なものである。


          銃乱射事件が起きたColumbine High School

          アメリカの文化を形作ったリバイバル
           確かに上で紹介した映画Lady Killersなどの映画に示した教会のシーンや、テレビ伝道師から、ダボヤと呼ばれたブッシュ大統領を当選させるに大きく貢献したキリスト教右派(この呼び方は嫌いだが)や最近話題のペイリンおばちゃんが活躍して居るTea Partyの皆さんから、アメリカ文化の典型例であるディベートコンテストに至るまで影響しているのだ。
           

          まるで、現代のテント伝道集会のようなTeaPartyのラリー

           19世紀の指導者チャールズ・フィニー(引用者注 この方はこの記事参照)やドワイト・ムーディー(引用者注 この方はこの記事参照)も、20世紀の大衆伝道家ビリー・サンデーも、さらには現代の派手なテレビ伝道者(引用者注 この記事 とか この記事を参照)に至るまで、みなこのアメリカ的な福音主義の伝統の担い手である。もし大覚醒がなかったなら、アメリカのキリスト教はまったく異なった姿に成長したことであろうし、そうなればアメリカの文化も政治も経済も外交も、今とは全く異なった相貌を示したことであろう。その意味で、信仰復興運動こそがアメリカを作った、といっても大げさでない。(同書 p.93)
           アメリカでは、法廷がまずそうであるように政治にしても、ディベートで、どちらがより説得的(Persuasive)か、ということが争われる。そして、説得的であった方がすべてをとる、という体制が取られる。


           以下は有名なKennedyとNixonの1960年のPresidential debateである。

          Kennedy VS Nixon Presidential debateの一部

           以下の動画はアメリカのアフリカ系アメリカ人の大学のディベートチームが、ハーバード大学のディベートチームにディベートを挑んでいく、一種のアメリカンドリームを絵にかいたようなThe Great Debaters(日本未公開作品)の予告編である。この映像では、テント集会のイメージやハーバードの内部の様子などもちらっと見える。


          The Great DebatersのTrailer

          次回は、いよいよ反知性主義が教会にもたらしたものについてのご紹介の予定。





          評価:
          A.E. マクグラス
          教文館
          ¥ 3,024
          (2006-02)
          コメント:日本語がとにかく読みにくい。中味の問題というよりは翻訳の問題のような気が多分にするが、内容的にはいい。

          2015.03.11 Wednesday

          森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(5)

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            アメリカ人の平等思想と日本


             戦後日本に民主主義教育が導入され、それが極端な平等意識に基づいていることを指摘する論者もいる。個人的には、現在の日本の平等主義は、行き過ぎているきらいもなきにしもあらずである、と思っている。こう書くとエリート主義だと批判をすぐに浴びそうだが、しかし、能力がない人々にも能力があるものと同じ能力を求めるのはどうかしていると思うのだ。その部分に関して、森本氏は次のように書いている。
             反知性主義は宗教的革新に根差したラディカルな平等感に端を発している。神の前には、学のあるものもないものも、大卒のインテリも小学校すら出てないものも、それぞれが同じように尊い人格である。(反知性主義 p.95)
             悪しき平等主義は、非常に不幸をもたらす例を示そう。以下の図は、100m競争の選手と、長距離選手とマラソン選手の距離別速度を示した図であると考えてもらうとよい。詳しくは、下記にあげてある参考文献で正義論をお学びいただきたく。



             陸上選手とミーちゃんはーちゃんの距離帯別速度

             どんなにミーちゃんはーちゃんが頑張ったところで、ボルトのような速度では、走れないのだ。しかし、悪しき平等主義に立つ場合は、それが可能であるかのような前提に立ち、ミーちゃんはーちゃんのような運動音痴にもあたかも頑張ればボルトのようになれるかのような前提に立つが、それはスポーツハラスメント以外の何物でもない。未だに中学校では、この種のスポーツいじめが行われているようであるが、いい加減悪平等の概念から脱出しないだろうか。
             個人的には、結果の正義論はどこか矛盾したものを含んでおり、結果として、最も不利益な人が受け入れ可能な不利益の限界を定め、それ以上の不利益に行かないようにするという形でしか、近代社会での正義は成立しないだろう、と思っている。

            Usain Bolt 2012 Olympics 1.jpg
            バルトならぬボルト

            平等観や自由とヨーロッパとアメリカでの違い
             我々は近代社会に慣れ過ぎていて、案外忘れているかもしれないが、英国は基本的に階級社会である。人に違いがある、という前提で社会が形成されている。その意味で平等ではないのだ。大英帝国風の民主主義は、日本型民主主義とも、米国型民主主義とも根本的に違うのだ。

             「神は人間を平等に創造した」というのは、実はキリスト教史においてもかなり新規な教えである。キリスト教徒は、ごく最近まで、神が人間を不平等に創造した、と信じていた。いやもちろん聖書には「神の前で万人は平等だ」と書かれている。(中略)
             つまり、キリスト教は長い間、人間はみな宗教的には平等でも、社会的な現実においては不平等でよい、と考えてきたのである。(中略)
             この不平等容認論は、プロテスタントが登場しても変わらない前提だった。宗教改革は、確かに自由で平等な市民という近代社会の出発点を提供したかもしれない。しかし、前述の「万人祭司制」が示しているのは、あくまで神の前での万人の平等である。ルターが論じた「キリスト者の自由」は、宗教的な領域における自由であって、その自由が一直線に市民的自由へと発展を遂げたわけでない。(同書 p.100)
             人間はみな宗教的には平等でも、社会的な現実においては不平等でよい、と考えてきたのである。大英帝国においては、貴族が存在したし、存在する。貴族は、平民を護るという意味において貴族であることを求められたし(まぁ、そうでない輩はどこにでも いるが)、その分、社会ではエリートとされたし、重い責任を負わされたし、追っていった人々も少なくなかったのだ。その辺のエリート主義は、カズオ・イシグロ原作の日の名残という映画で実にうまく描かれている。その シーンを紹介しておこう。


            映画「日の名残」のアメリカの下院議員とイギリス人貴族の対話シーン

             このシーンの直後、執事役のアンソニー・ホプキンスをいじる英国人貴族が「平民に何がわかるのか」と討議の場での雑談の対象にされるシーンが非常に印象的であった。
             ところで、このシーンで、イギリス貴族の政治をAmatuerであるとアメリカの下院議員がこき下ろすシーンがあるが、実は、これは大事なのだ。イギリスは良くも悪くもAmatuerであることを良しとし、Amatuerが、実務の余技として貴族が担当すべきとする理念系というか文化的伝統があるのだ。


            チャーチ型とセクト型教会

             個人的には、ヨーダー先生の遅れてきた弟子(というよりは個人的に心酔しているので)でもあるので、完璧にヨーダー先生がセクト型であるように、ミーちゃんはーちゃんの思想はセクト型である。もともとから、最初に信仰を持ったところの教会がセクト型の教会であったため(国教会への否定的な視点から国教会から分離したという意味でもセクト的)、また、日本の多くのキリスト教会がアメリカ自体がセクト的な教会群であることから、日本の多くはチャーチ類型の教会ではなくセクト類型に属する教会が多いと思う。日本で、チャーチ型といっていいのは、カトリック、東方教会、聖公会、あるいはルター派などであろう。これらは、わりとで〜〜んと構えた感じがある教会が多いので、カルト化しにくい模様である。
             教会が幼児洗礼を認めてきたのにもそれなりの理由がある。教会は、ローマ帝国以来のコンスタンティヌス体制のもとで、社会と深く融合するようになった。宗教社会学的には、このような体制を「チャーチ」(教会)類型と呼ぶ。チャーチ型の構成では、その社会に生まれたものは皆その教会の成員になる。
             (中略)
             ところが再洗礼派は、その教会の存在意義を根こそぎ否定する。そんな制度はこの世と妥協した堕落の結果に他ならず、教会は新約聖書時代の純粋な姿に戻らなければならない。というのが彼らの主張である。前者でも触れたが、宗教社会学ではこれを「セクト」(分派)類型と呼ぶ。セクト型集団は、自分たちを生んだ母集団に対して常に否定的で、自ら高い倫理意識をもち、入会資格を厳格にして、選りすぐりの成員だけを認める。宗教改革の主流派と急進派との対立は、現世的な制度の確立を重んじるチャーチ型の社会理念と、それを突き破って純粋な信仰を実現させようとするセクト型の社会理念との激突であった。(pp.106₋107)
             しかし、うちの教会は完全に「セクト」類型だなぁ、と思った。もちろん出がセクト類型だからなのだが、「自分たちを生んだ母集団に対して常に否定的で、自ら高い倫理意識をもち、入会資格を厳格にして、選りすぐりの成員だけを認める」は、まさに、うちのキリスト教会群を描いたような表現なので、思わずわろうてしもた。まさに、選りすぐりのキリスト教的エリート集団を形成しようとするのだ。これを読みながら、オスマン帝国の初期のイェニチェリ軍団のことを思い出した。初期のイェニチェリ軍団はキリスト者の子弟だったものがイスラムに改宗した若者で形成された勇猛果敢な軍事集団である。
             改宗した瞬間、もともといたところに刃向かうあたりは、このイェニチェリ軍団、実にセクト的ではないか、と思うのだが。

            Ottomanトルコ時代のイェニチェリ軍団の行進曲

            イェニチェリ軍団(中世期)

            現代のイケメンぞろいのイェニチェリ軍団


             この本に書かれていなかったが、なぜ、チャーチ型教会が割と幼児洗礼にこだわるか、というとその理由がある。幼児洗礼してないと、乳児で子供が死んだときに地域の墓所でもある地域の教会墓地に葬れないからなのだ。下記で紹介するナウエンのグアテマラ物語に、洗礼のために、死亡した乳児の遺体を抱えて、4,5日かけてやってくる地域の住民とその乳児の遺体にバプテスマを授けるナウエンたちカトリック司祭のことが載っている。このナウエンのグアテマラ物語の本は、思想と宗教の対立と軋轢を層は考えさせずに読ませる良書である、と思う。


            終末論に取りつかれたアナバプティスト

             セクト型の代表例としてのアナバプテスト(成人洗礼を強調した)グループのヨーロッパでの成立過程と福音派の熱狂的な側面の原型を示す終末への過度の期待があったことに関して以下のように説明である。

             アナバプテストがヨーロッパ各地に拠点を気付いたのは宗教改革が始まったばかりのころである。中でも北ドイツのミュンスターでは、1534年には全市が彼らの支配下に置かれた。指導者たちはここが聖書に予言された新イエルサレムであると宣言し、終末が近づいているので、市民はすべて再洗礼を受けるか処刑されるかのどちらかを選択せよ、と迫った。さらに彼らは、新約聖書に帰されている一部の言葉に従って、私有財産を没収して平等に分配し、女性には一夫多妻を強要した。要するに、終末時のパラダイスを一挙に地上に実現させてしまおうとしたのである。(p.107)

             なお、アナバプテスト派の成立前後のより詳細な動きに関しては、この1年間ぐらいの「福音と世界」に連載がありました。あの連載はなかなか良かったと思います。
             しかし、この大人を水に浸ける(Dunkする)ことからDunkersとも呼ばれるアナバプティストの記事は、結構強烈である。「再洗礼か処刑か、選べ」って、上述のイェニチェリ軍団も真っ青である。
             しかし、終末が来るという熱狂というのは、結構昔からあったようだ。これ20世紀の福音派のお家芸と思っていたら、案外根が深い問題だったようだ。実は、新潮選書に「核戦争を待望する人々」という本があり、アメリカのテレビ伝道師の一部の皆様方がイスラエル大好きな様子とか、その背景とか、そして、東西冷戦の中で、アメリカ福音派の人々が核戦争が最終解決かのように言っていたことが書かれたのが以下の画像に示す本である。

             まさにオウム真理教も真っ青であるが、実はオウム真理教はミーちゃんはーちゃんが今なおいるキリスト教者集団に過去在籍しておられた宇野正美さんという方の本に示された古典的ディスペンセイション主義の影響を受けて、ハルマゲドンを言い出したらしい。何とも、申し訳ない限りである。

             この場を借りて、ご迷惑をおかけした皆様に、個人として、申し訳ない思い出いっぱいであることをお伝えしたい。



             この本も本文は名著なのでお勧めするが、巻末の解説は結構いい加減である。

            バプテストとアナバプテストの混乱

             17世紀のアメリカの人々にとってドイツ系の「アナバプテスト」は、基本「アナーキー」と同じ響きを持っており、17世紀のロンドンに生まれた英国系の「バプテスト」もこの「アナバプテスト」と混同され、そして、嫌われ、恐れられ、迫害された存在であったという記述があった後、彼らが社会の中で増加する原因に関して次のように書いておられる。

             彼ら(バプテスト派の信仰者)は、迫害されればされるほど、神との対話の中で自分の存在を確認し直し、信仰の確信を強めていくのである。自分は神の前に何も悪いことをしていない。その自分が法律に違反するのなら、悪いのはその法律の方だ、ということになる。
             こういう心理の機微を「迫害コンプレックス」と呼ぶ。迫害されればされるほど燃え上って強くなる人のことである。しかし、アメリカの宗教的伝統では、それがただの独りよがりに終わらない広がりを持つ。自らの信仰をよりどころとして社会の体制に抵抗する姿が周囲の共感を呼ぶのである。日本の社会なら、迫害コンプレックスは当人だけの思い込みで終わるのだろう。だがアメリカでは、不利益になるにもかかわらず、生命の危険すら顧みず、なお信念を曲げずにいる人には、何か真実があるに違いない、と思う人が多い。ヒーローを求める真理である。(同書 p.110)
             しかし、「日本の社会なら、迫害コンプレックスは当人だけの思い込みで終わる」とお書きであるが、実は、アメリカと日本が戦っているときに、ミーちゃんはーちゃんが今いるところの一部の昔の人々のなかには、これを思い込みに終わらせず、1940年から1945年に治安維持法違反事案で、逮捕投獄者を出した(そら、神社の前でアマテラスオオミカミをバカにしたら、いくら伝道とはいえ、そうなるのは決まっている。実に無謀なお方がおられたのだ)。そして、この逮捕投獄された人々の存在をもとに、自分たちがいかに正当であり(他のキリスト教会と比べ一生懸命神のためにやったので迫害された)、自分たちこそが正しい、自分たちが真実なものである、という主張の根拠に使われる方がおられる。頭の痛い限りである。「迫害されればされるほど、神との対話の中で自分の存在を確認し直し、信仰の確信を強めていく」を地で行った人々がいたのである。まぁ、その様な方の言論自体は否定しないが、個人的には違和感がある、と申し上げておこう。

             まぁ、もう日本固有の自決精神というか特攻精神というか、神風精神というか、もういい加減にしてほしい、とおもっている。

             特攻作戦は、自滅作戦なので、実は非常に効果がない割に自分たちの下士官以下の兵員の損耗が激しいので、戦史研究ではしてはならない作戦となっているらしい。むしろ、ウィーン条約以降の戦争では、捕虜になって、捕虜交換で帰国する際に、情報もってかえり、敵方情報を持って帰ってもらう方が、作戦建てる方としてはありがたいらしい。まぁ、特攻作戦、突撃作戦は相手をビビらしただけ、で終わるのだ。それは、203高地、第1次世界大戦でこのことの無効さ加減は実証されている。

            クェーカーってこんなだったの?

             個人的には、クェーカーの影響も受けている教派にいて、英国で極端な平和主義を主張したグループ(それがね、先述のように迫害コンプレックスとかで生きるからわけわかんないんだけど)にもいることもあるし、個人的にジョン・H・ヨーダー関連 の項目があるほど、ヨーダー先生大好きなので、クェーカーに親和性というか親近感が強い。

             クエーカーが真面目であることは、オートミールの巨大ブランド、Quaker Oats社の会社のロゴイメージが、以下のようなQuakerのおじさんのにこやかな絵であることからも分かる。



             しかし、アメリカの建国期にはとんでもない集団であったことに関して、森本先生は以下のようにお書きである。
            徹底した平等主義のゆえに、草創期には今日の温和な姿から想像もできないほど過激で奇矯な言動が記録されている。ニューイングランドでは、日曜日に教会で人々が礼拝しているところへ、突然髪をふり乱したクエーカー女性が半裸で闖入するとか、集団で入ってきて他人の席に座り(当時の教会では座る席が決まっていた)、帽子もとらずにいる。あるいは会衆に向かって「こんな不純な礼拝をしていると神の裁きが下るぞ」と大声で脅したり、牧師の面前でガラスの瓶を叩き割り、「神は汝をこのように砕くであろう」と劇仕立てで宣言したり。とにかくやりたい放題である。(同書 p.113)
             やりたい放題とまで言われているが、まぁ、宗教的情熱の故、とはいえそれに近いことをやっているだろうことは容易に想定できる。

             シアトル南郊の自分ところの教会に行った時のことである。その日はシアトル方面から人が来られていて、特別にお話を、って機会だったのだが、まぁ、世の中にはアル中が多いとか、アルコールを飲んで車を運転して、いのちを失ったその方の友人の話とかが出てきて、やおら、

             「友よ。君たちのいのちははかない。いつそのいのちが取り去られるかもしれないほど、人間ははかないのだ。今、キリストのもとにいない人は、永遠の地獄が待っている。」

            とタンタンと1997年のシアトルで言ってのけたオジサンがおられた。熱心なのはまぁ悪くはないけど、常軌を逸した熱心さで他人をひとっからげにして、滅びますぞというのは、困るなぁ、と思った瞬間である。なお、この説教は英語であった。

             最期のまとめに、このアナバプテストの系譜に属する人々の強烈な発言をご紹介して終わろう。
             中には、一部の信徒が心ひそかに同意したくなる発言もあっただろう。例えば、ある女性のこんな言葉である。「牧師さん、あんたは年寄りのろくでなしだ。説教が長すぎる。もう座りなさい。あんたが上手に話せる程度のことは、もうとっくに話し終わっているよ。」ピューリタン説教の長さや難解さを思い起こしていただきたい。(中略)
             信仰に基づいて権力に公然と挑戦することは、反知性主義のもっとも明確な表現である。(同書 p.114)
             日本のキリスト教界の一部には、説教付讃美歌大会と揶揄されたり、自嘲的にお語りの向きもあるようであるが、結構日本での聖書のお話は短くなっていると思う。現在、2時間の説教に耐えられる人が減っているし、社会が忙しくなっているし、社会には、インターネットやテレビやゲーム機を始めたのしいことがいっぱいなので、他に何も娯楽がない植民地期か建国期のアメリカ社会とはわけが違うので、多くの日本人にはピューリタン的説教には耐えられないと思う。まぁ、このおばあさんのように、植民地期のピューリタンの「説教が長すぎる」というのは、その通りだったのだろう、と思う。

             これに似た経験をしたことを、最後に紹介して終わりたい。神戸に水谷潔さんが来られた時のことであるが、その会場では、最初のスピーカーの方ががかなりご高齢の牧師さんで、ご自身が高齢者施設で伝道されていて、高齢者に紙芝居の受けが良いことから、紙芝居を延々2つも信徒向けにやり始めた。個人的には、ミーちゃんはーちゃんは結構下品なところもあるので「限界あるやろ。水谷さんに話させてほしいぞ。僕は水谷さんのお話しを聞きたいんや」と思っていた。「やめてくれ〜〜〜」と思いながら、発言するのはじっと我慢していたが、とうとう、その会の主催者代表の方がしびれを切らしたように、「今日は水谷さんに来ていただいているので…」と制止された。それも、このご高齢の牧師さんが普段より人の集まりもよかったためか、3つ目の紙芝居を取り出した時にであった。制止されなかったら、あと20分、紙芝居を拝見させていただく栄誉に浴するところであった。

             まぁ、熱心さのために見えなくなるというのは、だれにも起きることではあるが、出処進退をわきまえることの大切さを学んだ経験であった。


             



             
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            コメント:迫害下の共産主義ラテンアメリカでカトリックの司祭、修道女の苦労、そしてそこで見直されたナウエンの信仰の経緯をたどることができる。おすすめする。

            2015.03.14 Saturday

            森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(6)

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               これまでの、連載は、こちら 反知性主義をめぐるもろもろ  をご覧ください。

              アメリカと日本の政教分離の違い

               アメリカ型の政教分離がなかなか理解されていないことに関して、森本先生は次のようにお書きである。特にこのような質問は、日本人のアメリカ政治学の学者の方からも個人的にお問い合わせがミーちゃんはーちゃんにあったりする。この本が出るまでは、くどくどと説明していたが、いまなら、森本先生の「反知性主義」読んどいて、って飛ばせる。

               現在は、非常に楽になった。有難い限りである。この本にかかわった方にこころからの御礼を申し上げたい。その、アメリカの政教分離に関して、次のように書かれている。

               実は「巡礼父祖(引用者注 Pilgrim Fathers)」たちの宗教的な熱心は、「建国父祖(引用者注 Founding Fathers)」たちの世俗主義で消えてなくなってしまったわけではない。このような疑問は、アメリカ史の専門家からも聞かれることがあるが、いずれもアメリカ的な政教分離の真意がよく理解されていないために生じたのである。「政教分離」というと、日本では政治から宗教を追い出して、非宗教的な社会をつくることであるかのように解釈される。しかし、アメリカではまさにその反対で、政教分離は世俗化の一過程ではなく、むしろ宗教心の表明なのである。連邦成立時に採択された厳密な政教分離政策は、宗教の軽視でも排除でもない。むしろそれは、各人が自由に自分の思うままの宗教を実践できるようにするためのシステムである。(反知性主義 pp.118₋119)

               大事なのは、「政教分離は世俗化の一過程ではなく、むしろ宗教心の表明なのである。」という部分である。アメリカの政教分離が宗教心の表明であることは分かりにくい。というのは、日本の政教分離の理解は、戦前の反省もあって
              第二十条
              •  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
              •  何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
              •  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
              となっているが、第20条の第一項はじつは、アメリカの憲法修正第1条の精神を実にわかりやすく表明しているのだ。日本の場合、戦前の反省があり、第2項、第3項である「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」の部分が強調されすぎで、この線に乗って靖国問題等がキリスト教界で議論の対象になる傾向にある。

               しかし、何より大事なのは、この日本国憲法第20条第1項の方だと思うのだ。このほうがアメリカ憲法修正第1条の精神を表しており、一つの教派、教義で塗りつぶしてしまわない、というアメリカ精神を表しているように思う。つまり、日本国憲法20条第1項の精神は「あくまで信じることは大事だ」という主張だと思うのだが、そのあたりは憲法学者の皆さんにお任せしたい。


              Founding Fathersの皆さん

              アメリカで成長したセクト主義者
               しかし、以下の部分で、あっさりと、ミーちゃんはーちゃんの大好きなヨーダー先生も、ミーちゃんはーちゃんがいるグループもは、セクト主義者ってラベルはってもらえちゃった。きゃぁ。

               宗教改革左派と呼ばれたセクト主義者たちは、その後どうなったのであろうか。彼らの多くはヨーロッパに起源を持つが、迫害を受けてアメリカへと渡り、そこで大きく成長する。メノナイト、ブレズレン、アーミッシュなどといった教派がそれである。バプテストやメソジストといった巨大教派に比べれば、彼らの数は大きいとは言えない。(同書 p.122)
               まぁ、たしかにうちは少数派であることをもって、よしとしている部分は濃厚にある。基本、既存のキリスト教会に対して、嫌なことを言う預言者的役割を持っているのだと思っている。その意味で、そのジーン(遺伝子)はきっちりとミーちゃんはーちゃんは継承している。無論、その預言者性は自派に対しても、きちんと発揮しているつもりである。

               ところで、池内恵著 イスラーム国の衝撃(p.58)の本で見た松本光弘氏によるアルカイダの分類として
              \掬アルカイダ
              ▲▲襯イダ星雲
              勝手にアルカイダ
              というのがあったが、それでいうと、キリスト教界だと、
              \掬キリスト教
               (カトリック教会・東方諸教会・聖公会・古プロテスタント諸派)
              ▲リスト教星雲
               (セクト型キリスト教・福音派のかなりの部分・新興プロテスタント諸派)
              勝手にキリスト教
               (セクト型キリスト教の発展系・カルト化教会・JW・モルモンの方々など) 
              という具合になるだろう。

              分権的志向とアメリカ国家

               アメリカにいて一番びっくりしたのは、アメリカ社会が、非常に分権的で、上部からの介入を極端に嫌うのだ。Mississippi Burningという映画の中で、公民権運動家の失踪に際し、連邦警察であるFBI(誘拐事件はFBIの管轄になりやすいので、FBIがすぐに出てくる)が捜査を始めることに地元の警察が嫌がらせをするシーンが出てくる。これが、連邦の関与を非常に嫌うその側面を非常に如実に語っている。
               アメリカの警察ドラマを見ていると、誘拐事件や政府関係の重要人物が絡む事件で、地元警察官がFBIが登場した瞬間に、FBIの捜査官に対して「Feds」と吐き捨てるようにいうシーンがよくみられる。FBIはその官僚的な態度、でかい態度(でしゃばり精神)、融通のきかなさで割とよく知られているらしい。州政策への介入などもかなり嫌う。その結果、アメリカを横断する高速道路でもあるI5やI90では、面白いことが起きる。
               1997年のI90(ワシントン州シアトルーマサチューセッツ州ボストン)で西から東に向かうと、ワシントン州では、高速道路の速度制限が時速65マイル、アイダホでは時速75マイル、モンタナ州では、日中は自己責任において制限速度なし!(ただし夜間は時速75マイルだと記憶している)という具合であった。州ごとに最高時速の制限が違うのであり、それを誇りにしているところがある。

               カトリックであろうと、プロテスタントであろうと、この問題(引用者注 政治制度が正しく機能する制度設計)の前ではすべてのアメリカ人がチャーチ型かセクト型のどちらかとしてふるまうからである。アメリカ人の多くはキリスト教徒だが、彼らがみな自分のことを格別宗教的な人間だと思っているわけではない。だがそれでも、彼らが繰り返し表明する政府や権力への不信感は、政治ではなく神学に根拠づけられている。人々は一方で政治権力の介入が必要であることを認めつつも、他方でそれはできるだけ小さい方がいいと考えており、できれば自分はそれとかかわりを持たずに行きたいと考えている。それが、アメリカ的な理想なのである。
               かつてのイギリス人批評家のチェスタトンは、アメリカを「教会の魂を持つ国家」と描写したが、それは半分だけ正しい。アメリカ国家は、「チャーチ」という魂とともに、それを絶えず疑いの目で見つめる「セクト」というもう一つの魂を持っている。権力への根深い疑念を持つ反知性主義は、このセクト的な申請によく合致して、さらに強められる結果となった。(同書 pp.124₋125)
               
               森本先生のアメリカ国家の要約として「チャーチの精神」と「セクトの精神」とが併存するキリスト教世界国家、という理解は非常に大事だとおもう。
               アメリカは、世界標準だ、デファクトスタンダードだ、と言ってIMF体制だとか、WTO体制だとか、自由貿易だとか、TPP加盟だとか、NAFTAだとか、割と他国に押しつけがましく普遍性を根拠に関与するのが好きな点では、非常にチャーチ型国家なのだ。普遍性(カトリック)を求める国でもあるのだ。

               しかし、日米貿易摩擦を起こした時に明らかになったように、自国の産業が危機にひんするとセクトの精神が突然発揮され、「国内ルールが大事だ!」っていう主張が問答無用で発揮される。その意味で、実にセクト型国家ではある。そして、日本車に火をつけて遊んでみたり(火遊びはいけませんなぁ)、Buy Americanが叫ばれたりする。ESTAもそうである。そして、Sonyがアメリカの企業だ、Hello Kittyがアメリカデザインだと思って、それをうんぬんされることがある。Sonyは日本の企業ですけど、Hello KittyはSanrioという日本の会社のものですが、といっても信じてもらえない。困ったもんだ。まぁ、産業保護してくれるかもしれないが。


              Buy American運動のステッカー

               ESTAに関しては、いつも遊んでくださる津の「のらくら者の日記」のHさまと、この間、Facebookで反知性主義をめぐるディスカッションしたのだが、それを紹介しておこう。なお個人が特定されかねないところだけいじっている。

              Hさま 3月9日

              海外旅行に縁のなかったこの15年。アメリカ入国にESTAなるものが必要になっていたとは全く知らなかった。これって、事実上のビザではないか。$14も取られるなんて!


              ミーちゃんはーちゃん
              これ、トランジットだけでも必要なんで、めちゃ腹立つなんですよ。もう5〜6年前からだったように思います。

              Hさま
              トランジットだけでもですか?! これも9.11の影響でしょうか。ところで、ビザ相互免除協定は互いに対等の立場で結ぶのが本来。でも日本政府が、アメリカ人の入国にESTAに相当するものを条件付けているとは思われません(詳しくは知りませんが)。一方的だとしたら腹立たしいですねー。

              ミーちゃんはーちゃん
              はい。911の影響で、Homeland Securityの傘下にTSAやらFEMAまで含まれ、お化け組織になってしまった影響かもしれません。
              ESTAはトランジットだけでも必要です。

              アメリカンな制度で、「来るなら来い、いやなら来るな」て言われた感じがしました。アメリカ国内でも問題になったんですが、セキュリティチェックに時間がかかるようになったためと、パスポートが偽造が多すぎ手間かかるから、ってことらしいです。日本のも偽造パスポート多い模様。

              以前は、空港でカード差し込んで当日処理、できたようですが、今はダメの模様です。ネットでできるからいいでしょ、ってのがやつらの言い分みたいで。

              ESTAがいやなら来るな、送り返してやるッ!というジャイアンモード全開って感じです。

              その代わりビザなしでいれてやる。旅行中心なら数年有効だから、いいじゃんって感じでしょうか。
              http://www.gov-online.go.jp/useful/article/200901/5.html


              Hさま
               なるほど、よく分かりました。「いやなら来るな」とはまさにアメリカンですね! 9.11後の対応でとは理解できなくもありませんが、やはりアメリカは若い国だなーって思いますね。国土が戦場になるという経験においてですが。

              ESTAのメンタリティーって、遡ると、ミーちゃんはーちゃんが今ブログで連載されている(森本あんり著〜〜)問題に行き当たりませんか? (ところでこのシリーズ、とっても興味深く拝読しています。そうそう、ゲーム理論のシリーズも本当にありがとうございました! 自宅PCにはブックマークしていつでも参照できるようにしてあります。1点、J. ハーバーマスの評価だけはミーちゃんはーちゃん様とは異なりますが。ハーバーマス目指して落っこちたのが民主党政権だと思っているので。でもこんなことはシリーズ全体の貢献には関係ないので無視して下さい。) アメリカの歴史は好むと好まざるに関係なく、おさらいしておく必要がありますね。

              ミーちゃんはーちゃん
              アメリカは、若いんですよ。本当に。永遠の野球少年、って感じでしょうね。そして、イギリス人貴族に向かって、以下の動画のように、平気でAmatuerと言い切れる若さというか乱暴さというか。

              https://www.youtube.com/watch?v=2Jq7xgVqPYA

              はい。ESTAのメンタリティーは完全に「反○○主義」です。
              確かに、最後にげんこつ出すかどうか、がH様と私の違いなので、個人的に最後まで出さない主義のハーバマスやヨーダーの思想に影響受けている部分での評価の違いになっている、と思います。

              民○党は、ヨーロッパ型の討議主義あるいは熟議主義を主張しながら、実態としてはアメリカ型のディベート主義を実施していて、見てて気恥ずかしいほどバランスの悪い方々なんですよ。自由民○党の皆様も、自由闊達な議論といいながら、熟議主義というよりは、形を変えた領袖支配のような気がして。

              熟議主義、ってのは生活に余裕がないとダメなんでしょうね。

              とはいえ、アメリカ国家は未だに何するかわからんところがあり、熟議ということがなじまないアメリカ精神や日本のキリスト教界の思想的基盤のかなり強い一角を占めているアメリカ理解と、そのためのアメリカ史は、もう少し注目されてもいいと思いますが、アメリカ政治の専門家(大学人)のアメリカキリスト教史の知識のなさには開いた口がふさがらない…。よくそれで、議論した気になれるんですねぇ、レベルです。

              Hさま
               「最後にげんこつ出すかどうか」・・ハハ、言い得て妙ですね! ミーちゃんはーちゃんは私をよく分かっておられるようです(笑)。ヨーダーに対してオドノヴァンだから、私は。(大学の)後輩、N牧師(兄弟団・I教会)がこの辺については一家言持っているようです。 私、アメリカの高校を卒業してますが、アメリカ史の成績はひどいものでした。当時は勉強する意味が全く分からなかったので。その後、日本で大学生になってから、A先生とのお交わりの中でアメリカ史を学ぶ意義をやっと見出した次第です。(A先生とはロイドジョンズを軸に英米のピューリタン、特にジョナサン・エドワーズを論じました。ロイドジョンズが最も敬愛したピューリタンはエドワーズだったので。Iain Murray によるエドワーズの伝記を読んだのもこの頃です。今いる教会で頑張れたのも、エドワーズの聖餐式(陪餐資格)論争とその残念な結末を知っていたからだと思います。「譲れぬ一線」は、エドワーズの信仰から教えられました。 )森本あんり氏の本は読んだことありませんが、ミーちゃんはーちゃんのブログに啓発されたので、近いうちに読もうと思います。

              ミーちゃんはーちゃん
               いやぁ、英語で、高校生のアメリカ歴史でしょ。高校生レベルのアメリカ史でも、彼らは日本の生徒が戦国時代を小学生ころからなじむのと同様に、ジョナサンエドワーズとか、市民戦争(南北戦争)を学んでますから。そら、彼我の差大きいんで、もう無謀としか言いようがないです。

              「げんこつ出す」…
              いや、そら、先生、日本のキリスト教会で、朝日新聞に載るような超有名人の医療者に立ち向かっていく人なんて、そうはおられません。

               一連の記事を拝見しながら、「あぁ、この人は最後にげんこつ出すんだ」ってあの頃の記事から感づいていますから。あの記事、よかったのに。
               神戸栄光教会のだいぶん前の牧師さんの息子さんのご高齢の医療者の方を取り上げ、その方は、「ヲワコンです」ってはっきり言い切れる人いないですよ。w

               しかし、A先生、身も蓋もないご発言。A先生、優秀すぎるんですよ。日本では。

               日本って、世界史やるけど、西洋史で、西洋古典読ませないじゃないですか。だから、政治学の人たちの宗教音痴、目も当てられないんですよ。先っぽのとこだけやろうとするから、ヨーロッパ人からするとハンドルの形状は知ってても車の足回り知らないバランスの悪い人たちと映るようです。

              イアン・マーレーですか懐かしいですね。うちにも1冊あった気がします。

               この本(反知性主義)、先生からしたら、ゲラゲラ笑うために読む類の本なんで、お近くの公共図書館でどうぞ。それで十分だと思います。

              という大変興味深いディスカッションがなされたのであった。Hさま、ありがとうございます。




              2015.03.16 Monday

              森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(7)

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                 これまでの、連載は、こちら 反知性主義をめぐるもろもろ  をご覧ください。

                リバー・ランズ・スルー・イットで描かれた
                America the Beautiful


                 第4章の中で、「リバー・ランズ・スルー・イット」のご紹介と、アメリカのエマソンなんかの自然主義文学(これも立派なアメリカの文化的伝統の一部を形成している)をご紹介しておられる。この映画は、モンタナが舞台である。下記の予告編の50秒あたりに本文中でふれられてもいる In Montana there's three things we're never late for: church, work and fishing.という有名なせりふが出てくる。


                 いや、モンタナはシアトルから車でYellow Stone National Parkに訪問する途中、8月の初旬に訪問したのだがいやぁ、実にきれいなところであった。まだ、当時3歳の長女が「金色の海だ」と風にたなびく延々と続く麦畑の麦穂を見ていった程であった。


                The River Runs Through it の予告編
                 上記映像50秒あたりに本書本文でも取り上げられた、モンタナでの3つの遅れてはならないことがでてくる


                America The Beautiful


                エマソンの理性と反知性主義の微妙な関係

                 エマソンの詩は、ハーバードでは卒業式や入学式でふれられたり、ちょっと学のある人々の中で、好まれている詩作であり、アメリカの詩歌文学の金字塔(ピラミッド)の一角を占める、という感じがする。ところが、このエマソンの思索には、アンチヨーロッパ、アンチ権力の部分があり、特にヨーロッパ、何するものぞ、という部分がありそうな気がする。まぁ、それだけ、手つかず(Pristine)の自然をうたった部分がある。その意味で、反知性的(というよりは反権力的)で少し乱暴なところがあるのだ。

                面白いことに、彼(引用者注 エマソン)の理性という言葉は、「信仰」という言葉で置き換えても全く同じように通用する。そこには、宗教改革の左派セクトと共通のラディカルな平等主義が流れているからである。どんなに権威ある制度も、神の前には一つの被造物的存在にすぎない。ヨーロッパの知的権威が彼の眼には何の権威を持たないように、長い歴史と伝統のある教会も何の権威も持たない。各人の生きた理性や信仰は、それらの古い権威と同じだけの重みを持つ。ここで、エマソン的な反知性主義の複流が表層にほとばしり出るのである。(反知性主義 p.140)

                 乱暴といえば、まぁ、これまでの記事でふれたようなDunkersと呼ばれることもあるその昔のアナバプテスト派は確かに宗教改革左派セクトであり、極端な平等主義でもある。そして、宗教改革時代のラディカリストたちは、ちょっと前のタリバーンやISISないしISILよろしく、ヨーロッパの教会という教会の中の美術品、工芸品を壊しまわっていたのである。

                 この種のラディカルさをもつアメリカ人の一種の乱暴さというか粗野な部分がアメリカ人気質を、表していると思えなくもない。例えば、テンギャロンハットをかぶり、Howdiと日に焼けた親しみのある顔を見せるアメリカ人は、ヨーロッパ人にはカウボーイと見えて仕方がないようである。ちなみに現代のアメリカ人は、普通の人でも歯列矯正をする人が多いので、ヨーロッパでも、あ、この人アメリカ人ね、ってすぐわかるらしい。



                テンギャロンハットをかぶったカウボーイ姿

                 テキサス州でおきたWaco事件で、キリスト者集団が銃を連邦政府の法執行機関(警察等の部隊)にぶっ放しながら最期はおそらく自爆して集団自殺するという事件はアメリカならではの事件であると思う。


                Wacoでおきた状況を伝えるCNN 35秒あたりから


                 ヨーロッパとアメリカという意味では、ヨーロッパ的知性の持ち主であったバルト先生には、神の使者としてのビリーグラハムではなく、ピストルをすぐにもぶっ放しそうな乱暴者として見えたのであろう。そのあたりのことは、「のらくら者の日記」のHさまが「カール・バルトのビリー・グラハム評」に書いておられるので、その一部を引用して紹介。

                それに先立つ1960年8月、ヴァリス州で息子マルクース・バルトの紹介でビリー・グラハムと会った時の印象をバルトは次のように語っています。


                「彼はまったく楽しい男(jolly good fellow)です。彼とは、個人的にもよく、オープンに話すことができ、このような福音伝道のラッパ手たちにとっては必ずしも自明でないことにも、しっかり耳を傾けることができる人だという印象を受けます。」


                この2週間後、グラハムはバーゼルにあるバルトの自宅を訪問します。この時もよい印象を受けたそうです。しかしその日の夕方、ザンクト・ヤコブ競技場でのグラハムの伝道説教を聞いて「事態はまったく違ってしまった」ようです。バルトは語ります。

                「私はまったく驚いてしまいました。彼は荒れ狂う狂人のように働きかけましたが、その講演の内容は、まったく福音という ものではありませんでした。 ・・・ それはまるでピストル射撃のようなものでした。・・・それは律法の説教であり、喜びをもたらす使信ではありませんでした。彼は人々にショックを与えようとしたのです。脅迫 ーそれはいつも何らかの強烈な印象を与えるものです。人びとは喜びを与えられるよりも、むしろ ショックを与えられることを、はるかに願っているものです。人びとは、怖がらせれば怖がらすほど、ますます《走り出す》ものです。(しかし、この成功に よっても、この説教が正当化されるわけではない。福音を律法にしてしまうことも、) また商品か何かのように《売り歩く》ことも許されないのです。・・・ われわれは、神の業を遂行する自由を、神さまにゆだねなければなりません」

                (以上は E. ブッシュ著 『カール・バルトの生涯』 pp. 635-636 より引用)


                私(のらくら者の日記の方)が尊敬する神学者や牧師たち、例えばバルトもロイド・ジョンズも、ビリー・グラハムの伝道集会を拒絶しました。

                 しかし、こののらくら者様が引用してくださったのを見て、このブログ記事がのらくら者の日記に掲載された当時、「バルト先生、大正解!」と思ったのである。一部のアメリカ型キリスト教の反知性主義を「また商品か何かのように《売り歩く》ことも許されないのです」と一部のアメリカ型キリスト教の問題の本質の一部をついて批判しておられる。

                幕末の志士に影響を与えた
                アメリカの反権力主義

                 この記事を書いている2015年には、「花燃ゆ」が大河ドラマとして放送されているし、ちょっと前には「竜馬伝」、その後には「八重の桜」が放送された。そのたびに、キリスト教を日本の武士たちが知っていた、ということが高唱され、それにかかわる本がいのちのことば社から出されたりする。

                 しかし、幕末の志士にとって「都合がよさげ」と思われた国家の思想は、アメリカであったようである。彼ら幕末の志士がアメリカをモデルにしたのは、幕末の志士にとって、アメリカのセクト型キリスト教のあり方が彼らの倒幕運動にとって非常に都合がよく、そのアメリカ型の思想の権威への反逆性というか、反権威性が倒幕運動にとって、都合がよかったに過ぎない。当然のことながら、明治維新が終わったら、討幕した彼らはキリスト教的思想そのものを思想的ツールとしてあっさり切り捨てている。

                 そして、その後、日本でキリスト教を担いだのは、討幕諸藩(薩長土肥)軍に負けた佐幕藩(幕府側)の兵士として戦った敗軍の下級士官クラスのお侍ばかりである。彼らに立身出世の道が断たれ、教育者(デモシカ先生の祖先)か軍人か警察官か新興宗教であるキリスト者であった。唯一、討幕側で有数のキリスト者を出した熊本県(肥後)からは、同志社に移ってから、海老名弾正に代表される極めて特殊な日本型キリスト者等が排出される。

                 幕末の志士たちに影響を与えた部分だろうと思われるものを森本先生の本から少し引用してみる。
                知性にせよ信仰にせよ、旧来の権威と結びついた形態は、すべて批判され打破されねばならない。なぜなら、そうすることでのみ、新しい時代にふさわしい信仰や知性が生まれるからである。その相手は、ヨーロッパであったり、既成教会であったり、大学や神学部や政府であったりする。反知性主義の本質は、このような宗教的使命に裏打ちされた反権威主義である。(同書 p.141)

                 基本的に、先に、幕末の志士たちは、この時代のアメリカの哲学者や思想と非常に深い関係があることは説明した。彼らは討幕するための根拠地して、ご禁制物資であったこのアメリカの思想を上海から長崎へと運ばれた漢籍として読んでいたのであろうと推測される。おそらく、儒学の中の陽明学として読んだものと思われる。

                 ところで、この明治維新、長州にしても土佐にしても、薩摩にしても、肥後にしても、比較的身分の低い軽輩者と呼ばれる下級武士たちという、武家社会の中で辛酸舐め男であった人々が中心になって起こした運動である。このあたりの身分制度の圧迫とその脱出とリンクしているからこそ、彼らはヨーロッパではなく、アメリカをモデルとしたのであろうと思われる。なお、薩摩藩の琉球王国を介しての密貿易は公然の秘密であったらしい。

                究極の自然児

                 この人物の後輩にあたるソローって博物学者に関して、エマソンの言葉を引きながら次のように紹介しておられる。
                エマソンによると、ソローは説教社だが説教壇を持たない。学者でありながら学問を糾弾する。厳粛な両親を以てのんきなアナーキーを推奨する。いわば、「ハーバード卒のハックルベリー・フィン」みたいな存在である。ちょっと矛盾した滑稽な人物でだが、反知性主義にはどちらの側面も重要である。ハーバードを卒業するようなインテリだからこそ、既存のインテリ集団を批判する能力もある、ということなのだろう。後に見るような矛盾は、現代の反知性主義者にも共通するところがある。(同書 p.143)
                 ところでこのソローは、カエルの気持ちを理解できるか、ということを想ったのかどうかは知らないが、池の中に一日浸かっていた、っていうエピソードがある。まぁ、ハーバード卒の野生児といえばかっこいいが、「頭良すぎて、頭おかしい」という人物であったかもしれない。

                Henry David Thoreau once spent a whole day in Walden Pond up to his neck in the water. He wanted to experience the world as a frog sees it. He shared the experience, but not the reality. Thoreau did not become a frog!

                http://www.housetohouse.com/HTHPubPage.aspx?cid=433

                 しかし、ソローまで行けば、まさに病膏肓という感じもするが、これがアメリカ人の自然主義への系統の典型ような気がする。まぁ、わからなくもない。なぜならば、アメリカ、特にニューイングランドの秋は全体に美しいが、メイン州などの秋などは非常に美しいからである。
                 
                 その美しさは、いくつかの映画などに非常によく表れている。以下は、ニューイングランドの風景にBGMとしてカントリーポップスを用いたものである。


                ニューイングランド地方の秋の風物

                「この森で、彼女はバスを降りた」(The Spitfire Grill) のTrailer


                ヒロインが歌っていた「ギルアデの油」と呼ばれる讃美歌(2分40秒くらいから)

                 上記の讃美歌の原案となったと考えられる【口語訳】エレミヤ書
                 8:18 わが嘆きはいやしがたく、わが心はうちに悩む。
                 8:19 聞け、地の全面から、わが民の娘の声があがるのを。「主はシオンにおられないのか、シオンの王はそのうちにおられないのか」。「なぜ彼らはその彫像と、異邦の偶像とをもって、わたしを怒らせたのか」。
                 8:20 「刈入れの時は過ぎ、夏もはや終った、しかしわれわれはまだ救われない」。
                 8:21 わが民の娘の傷によって、わが心は痛む。わたしは嘆き、うろたえる。
                 8:22 ギレアデに乳香があるではないか。その所に医者がいるではないか。それにどうしてわが民の娘は
                いやされることがないのか。
                 
                まだまだ、続く。



                2015.03.18 Wednesday

                森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(8)

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                  前回までの連載はこちら反知性主義をめぐるもろもろ から。

                   今回は、メソジストとバプテストがアメリカでも急伸したことが、述べられていた部分を中心にご紹介いたしたいと思います。

                  メソジスト急伸!

                   メソジストが急伸した背景に関して、森本先生は、巡回説教者が活用されたことに関して、次のように述べておられる。

                   急成長の理由は、監督制と巡回牧師制という機動的なシステムである。監督制とは、教会は担任する牧師の上に「監督」という職務が存在して、いわばその上司が牧師を派遣したり移動させたりする制度のことである。ピューリタンはこのような上下関係をカトリック的であるとして嫌ったが、メソジスト教会はこの制度のおかげで数年ごとに新しい牧師を迎えることができた。
                   また巡回牧師制とは、それまでのリバイバリズムで活躍した「自称」巡回説教者を正式に認めて採用したものである。(中略)そこで、馬に乗って各地を回り歩く牧師を任命し、広い地域を担当させることにしたのである。(反知性主義 p.147)
                   巡回牧師というのは、Circuit Ridersと呼ばれたようである。雨が降ろうが槍が降ろうが、町から町へ、たどり着いたらそこの家庭で飯を食わせてもらいながら、伝道をしていったようである。まるで、伝道するホームレスのような生活だったに違いない。
                   しかし、まぁ、このあるもんはなんでもつかっちまえ的な「自称」巡回説教者を正式の説教者にするという発想というのは、どうなんかなぁ、と思ってしまう。まぁ、「福音を語る」、すなわち「神の元に戻れ、神とともに生きよ」というだけであれば、自称だろうがちゃんとした叙階を受けた司牧であろうが、ミーちゃんはーちゃんのような平信徒だろうが、その「味わい」や「趣」は大きく違うとしても、メッセージそのものにはそう大きな違いがない。しかし、「味わい」や「趣」といった微妙なところはどう考えても、違うと思うのだ。


                  メソジスト派の巡回説教者 Circuit Rider

                   ただ、とにかく空腹な人には、この「味わい」や「趣」ということよりも、空腹を満たすことの方が重要で、うまかろうがまずかろうが、とりあえず食べられるものであればなんでもいいのだ。その意味で、アメリカ人の一部には、「味わい」や「盛り付け」と言ったことよりも、ボリュームど〜〜〜〜ん、ということが重要なのである。

                  ファーストフード型の聖書理解・
                  スローフード型の聖書理解

                   ところが、社会が豊かになって、「味わい」や「美しさ」が求められると、さすがに、メガ盛り命では済まなくなってくる。

                   その意味で、メソジストが伸びた時期は、福音に対する飢えが切実であったため、「味わい」「雅趣」と言ったことよりも、「早い、ボリューム満点、安い、うまい」のファーストフード型の福音が求められ、それを「自称」巡回説教者の説教が求められたようだ。

                   別にファーストフード型のお手軽な福音が悪いとは言わない。だって、ファーストフード型のキリスト者集団にミーちゃんはーちゃんはいるから。ファーストフード型の聖書理解がダメと言ったら、自分に対してダメ、っていうことになる。

                   ただ、ミーちゃんはーちゃんが思うに、ファーストフード型の福音や聖書理解はいずれ飽きられてしまう。人々や社会は変わるのだ。

                   そして、人々はスローフード型の何かに回帰するのではないか、と思うのだ。そうしたら、ファーストフードしか提供しようとしないレストランは、人々から忘れられてしまう様に思うのだが。まぁ、それはそれで、一興ではあるが。

                   現在のアメリカでの聖書理解の変容にも表れているような気がする。ファーストフード型のパターンにはまった教会運営に飽き足らない人々が出てきて、もっとかみごたえがあって、消化するのがかなり時間を要する聖書理解に移りつつあるのであり、古プロテスタントへの回帰やカトリックや正教会系、米国聖公会系への回帰がアメリカの30代から40代でおきているらしい。こちらの記事 Young Evangelicals Are Getting High を参照。

                   「正教と、聖公会と、カトリックは、キリスト教界のスローフードやぁ。」(彦麻呂風で)


                  永平寺の朝食              Y金井氏のある日の朝食 阪急そば朝定食

                  アメリカのDinerでの朝食   ラーメン二郎 のメガ盛り(雅趣に欠けるなぁ)

                  無学がよいとする伝統

                   メソジスト派などで、巡回伝道者たちが無学がよいとする伝統の聖書的根拠に関して、森本さんは次のように書いている。

                   彼ら(引用者注 メソジスト派の巡回牧師)の催す集会は、礼儀正しい人ばかりが集まるわけではない。中には乱暴を働くものや、初めから追っ払っているような連中もある。騒動になれば刃物も鉄砲も飛び出しす。それでも、開拓者の家族がまだ幌馬車から荷物を下ろしているころ、最初にやってきて挨拶してくれるのは、メソジストの説教師だった。
                   そんな百戦錬磨の彼らであるから、話が面白くないはずがない。庶民的でわかりやすく話さなければヤジが飛んでくる。巡回伝道は駆け出しの説教者にとっては厳しい実地訓練の場であり、成功した説教者にとっては最高の晴れ舞台なのである。
                   説教は、学校で勉強すればできると言うものではない。神学を学べば牧師が育つと考えるのは、牧師を教師や医者や弁護士のような世俗の職業と同列に考えることである。ペテロはイェール大学に通ったこともない、無学な漁師ではないか。(中略)だから神は、大学卒のジェントルマンではなく、私のように無学で素朴な自然人をお用いになるのだ!これが反知性主義の心意気である。(同書 p.148)
                   これ、うちの人たちが神学教育を否定する論拠とほぼ同じである。まぁ、うちはセクト主義的な教会群なので、こうなるのはある面理の当然ではあるが。

                   まぁ、「無学でもよい」というくらいはまだよいと思うのだが、極端に突き進んでしまうと、「無学がよい」「無学であるべし」「教育などない方がよい」「教育などは純粋さを奪うので受けるべきではない」になってしまうのだ。

                   本当にそうなのだろうか、と思う。日本のように大学の大衆化が進んでしまい、大学卒が30年前の高卒程度、高卒が同じく30年前の中学卒程度のあしらいを受ける(まぁ、実態的にも今の大学卒は、昔の高卒程度と思った方がよろしい。なぜ、そうなるかは諸説あるが)時代を迎えているのに、未だに大学への敵視や、学問そのものへの敵視がある向きも少なくない。

                   そして、学問へのあるいは思考への軽視があるあまり、霊性というのか、聖霊の働きに急速に大きく舵を切る方がたもおられる。「聖霊に導かれました」「聖霊に示されました」「聖霊がお語りになりました」ということが正々堂々と言われる。それは否定はしない。それは重要なことである。しかし、パウロは次のようにも言うのだ。

                  【新改訳改訂第3版】汽灰螢鵐
                   14:12 あなたがたの場合も同様です。あなたがたは御霊の賜物を熱心に求めているのですから、教会の徳を高めるために、それが豊かに与えられるよう、熱心に求めなさい。
                   14:13 こういうわけですから、異言を語る者は、それを解き明かすことができるように祈りなさい。
                   14:14 もし私が異言で祈るなら、私の霊は祈るが、私の知性は実を結ばないのです。
                   14:15 ではどうすればよいのでしょう。私は霊において祈り、また知性においても祈りましょう。霊において賛美し、また知性においても賛美しましょう。
                   この部分を文脈で読む限り、パウロは、御霊の賜物として、知性をも含めているように思えないだろうか。私には思えるが、それは多分、私の勘違いなのであろう。しかし、きわめて霊性の影響が強い祈りにおいて、賛美においても知性が言及されていることは無視されてはならないと思うが。

                   この記事の最下部で紹介する心の刷新を求めて、という読みやすい本ではないが重要なことを説明しようとしている本がある。翻訳者が悪くて読みにくいのではない。内容が重大すぎて、安易に読めない本であり、じっくり読むべき本である。同書の中で、実は、知性、こころ、精神、魂が実に深く、かつ複雑に繋がっていることが示されている。それを、はい、これは、知性ですから駄目です、はい、これは知的だから魂の問題とは関係ありません、とする安易な分析的な思考法の限界がダラス・ウィラードの隠れた重要なテーマであると思うのだ。我等は安易に、この魂とまつわる世界を扱っているような気がしなくもない。

                   ところで、私のいる教会群の別の教会に過去おられた、この教会群生え抜きの現在日本の旧約学界でも重鎮の方がおられるのだが、この方は、実は教会群の中でもかなり古い信徒さんの2世さんでもあるのだが、結局、私のいる教会群の中での「知的なもの」への冷遇に耐えかねたのだろうか、今は別の教会群に集っておられる。

                   まぁ、私も講壇に立たせていただくことはあるが、過去には、「あなたの説教は学校の授業のようだ(大意)」というくらいの嫌味も言われたことは何度かある。といわれたところでスタイルはそうは変わらないし、変えられない。自分の与えられた賜物を生かすことは大事だと思うからである。それこそ、知性も神の与え給うた賜物であると思うからである。

                   ファーストフードフリークは、それはそれで素晴らしいと思う。しかし、世の中、ファーストフードしかない世界なんて、個人的には面白くない、と思うのだ。ファッションだってそうだろう。人民服や国民服しか着てはならなかったら、つままらんのだ。それは中学生の制服見てたらよくわかる。彼らは定められた範囲の中で、ぎりぎりの線をつきながら、自分のオリジナリティを出そうと努力しているのだ。それほど、神が人に与え給うた多様性への希求というのは、非常に強いものだと思う。

                  メソジスト、それは読み書きのできるバプテストw

                   メソジストとバプテストの違いについて、19世紀のアメリカ人がどう思っていたかのエピソードをリバー・ランズ・スルー・イットの中から、森本さんは拾っておられる。
                   前述の「リバー・ランズ・スルー・イット」にとても面白いシーンがある。幼いノーマンが「メソジストって何?」と尋ねると、父は「読み書きのできるバプテストさ」(Baptists who can read)と答えるのである。つまり、バプテストは読み書きもできないが、メソジストはもうちょっと上で読み書きくらいはできる、ということである。もちろんこれは、長老派というインテリ牧師から見た話で、バプテストもメソジストも同じくらいバカにした言い方である。
                   実はこれは映画館で見るバージョンにしか出てこない(中略)アメリカ人はこういうジョークが大好きである。自分がバカにされたそのバプテストやメソジストだと、一層喜んで大笑いする。(p.149)
                   しかし、「メソジストって何?」と尋ねると、父は「読み書きのできるバプテストさ」(Baptists who can read)ってまぁ、すごい表現であるが、案外、この種の自虐的なネタはアメリカ人は大好きなのである。まぁ、自分たちの仲間だ、という信頼のある範囲で、ではあるが。しかし、これをアメリカ南部(特にDeep South)で英語もおかしい日本人は言わない方がよい。命が危なくなりかねないからである。
                   バプテスト教会には、メソジストのような中央集権的全国組織がない。そこには牧師を任命する監督もいなければ、任命されるべき巡回牧師もいない。西部で彼らの伸長に貢献したのは、普通の開拓農民である。彼らは他の入植者と同じく自分で働くうちにある日神の「召し」を受けて仲間に説教を始めるのである。終日は自活しているために、経済的には誰の負担にもならない。プロテスタントの教会では原則的に教会員が牧師の給与を負担するが、信徒であるまま伝道するものは開拓地に最適だった。初期のバプテストは、牧師が教会にやとわれて給料をもらうのはおかしい、と主張していたからである。
                   その代わり、彼らは説教者となる訓練や準備を受けたこともなく、本を読むようなゆとりもない。仲間に認められてその教会の牧師になるだけなので、牧師の肩書はすぐ隣の教会でも通用しない。これを「各個別教会主義」とよぶ。(中略)自分の教会外から干渉されるのを好まず、中央からの統制を思わせるような事には同意しない。自分の知らない中央からの権威は、教会であろうと政府であろうと、認める理由がないのである。ここにもラディカル・セクトの遺伝子が生きている。(同書 p.150₋151)
                   この部分を読みながら、あぁ、うちのキリスト教会群と同じだ、と思った。うちで生きにくくなった人のアメリカでの行先は、バプテストらしいですが、そら、精神世界が基本同じで、平信徒主義(その結果、牧師が教会を雇うのはおかしい、という御主張の向きも今なおおられる)という点でもよく似ているなぁ、とこの部分を読みながら思った。まさしく、うちにもラディカルセクトの遺伝子を受け継いでいるのだと思う。

                  牧師のなり方

                   このことで、思い出した。当時高校生であった長男から「牧師ってどうやってなるのか?」って聞かれたことである。別に牧師への召命観があるわけではなく、世間の牧師と呼ばれる人がどうやってなっているのか、を聞かれただけである。

                   カトリックでは、かなり長期間の哲学の訓練、そのあとにまたかなり長い神学の研鑽があり、プロテスタントでも、原則は、3年から4年の神学研究、望むらくは別分野の大学在学経験がある方がよく、さらに言えば、神学硬は二つ程度は出ておいた方がよいだろう。しかし、ある教派群では、「示されました」といえば、それで牧師になれるところもないわけではないと思うけど、とは話した。

                   「そんな簡単なところもあるのか?」と聞かれたので、「ないわけではないけど、そういう方の中には牧師になってから困る人もいるみたいねぇ」と話したら、息子殿、「明日から、学校行って『あ、実は、牧師なんで…』って遊ぼうかなぁ」と返答があった。しょうがない奴である。

                  アメリカの教会事情
                   アメリカの現在の社会と教会とのかかわりに関して次のようにお書きである。

                  今日アメリカのキリスト教には、多くの教派が入り乱れて存在するが、それは教理上の違いによるものではない。教派の性格を決定するのは、伝道の方法や対象、伝道者が活動した地域、成員の社会階層や教育程度などである。(同書 p.153)
                   この構造は日本でも同じである。特に戦後から伝道が始まり、定着したキリスト教群は、どのグループが伝道したかに大きく依拠している。戦後間もなくの段階で、いくつかのグループが同時に入ってきたときに、地域割を自分たちで決めて伝道するという方針を定めた形跡(実物テキストは現在捜索中)があり、日本の都道府県レベルで、教派の分布には明らかな特徴がみられる。その定量的研究もしてみたいという希望があるのであるが、やること多すぎで、こちらにまで手が回らない。一度、西部の福音主義神学会(非会員)で青田(実が取れないタダ見の客)をした時に、雑談でこのネタを提供したことはある。

                   アメリカの教会で案外重要なのは、書かれてないけれども、住民のEthnicityというのは案外重要な要件であると思う。地域住民にどの国の出身者の住民が多いかで、特定の教派の教会が存続できるかどうか、ということが決まる模様である。

                   アメリカにいたときに行っていた教会では、スラヴィック・バプテストの教会とキャンパス(敷地)を共有していた。一度、スラヴィック・バプテストとの共同聖餐式があったが、ロシア語でパスターが語るのを逐次通訳で英語で聞いていたり、お隣の席に座られた女性信徒の方は、見るからにロシアのおばあちゃん、という感じの身なりの方であった。公的な差別はないものの、言語による障壁や生活の差というのは影響が少なくない模様である。なお、彼女は英語はわからなかった。

                   ちなみに、自分が何度か通った散髪屋さんは、ロシア系住民の理容師の方が多い散髪屋さんであった。そしたら、教会のキャンパスである日バッタリ。それで、ディスカウントがあったわけではないけど。

                  所属教派ごとの会衆の違い
                   アメリカの教会のドアの付近に立つと、その教会ごとに人々の服装や顔つきが違うし、また、しゃべっている言語も違う。アメリカには明確な社会クラスはないが、人種と職業と収入からなる漠然としたクラスは存在する。それについて、このようにお書きである。
                   もともとプロテスタントは、聖書のみを掲げて出発しているが、アメリカではこれが特定の教義を掲げない「神学なし」「信条なし」という意味になる。それに代わって各教派の違いを色分けするのが、所属会員の収入や学歴である。(中略)長老派は「大学に進学したメソジスト」、アングリカン派は「投資の収益で暮らす長老派」などという序列で語られた。
                   それっでも、信仰復興運動は教派を超えてアメリカのキリスト教に一つの共通感覚を醸成したということができる。それを「福音主義」(エヴァンジェリカル)と呼ぶことは、すでに紹介したとおりである。素朴な聖書主義、楽観的な共同体志向、保守的な道徳観がその特徴で、今日でもそれは健在である。(中略)これらの陣営に数えられる人々は、プロテスタント・カトリック・ユダヤ教など宗派間の垣根を越えて日常的な価値観を共有しており、政治や投票でも似通った動きを見せることが多いからである。(p.152₋153)
                   たしかに、長老派は「大学に進学したメソジスト」、アングリカン派は「投資の収益で暮らす長老派」という部分はあるだろう。それを序列というならば。うちはさしずめ、高級なアメリカ製の鉄の馬車(リンカーンとか)に乗るアーミッシュである。
                   アメリカでは乗る車の車種、メンテナンスの状態、年式によっておおむねその人の年収<可処分所得>がわかる。まぁ、中には趣味で、60年代のフォードのボンネットトラックに乗っている人もいるけれども、よほどの主義主張がない限り、金持ちは、基本、ラグジュアリータウンカーと呼ばれるリンカーンコンティネンタルやレクサスやアキュラ(ホンダの上級ブランド)に乗るのであって、まかり間違ってもカローラやシヴィックに乗ってはならないような雰囲気がある。というのは、場違いな服を着るのと同じで、まともな対応が受けられないからである。


                  Lincoln Town Car Sedan


                  Ford の1950年代のSUV

                   次回へ続く


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                  価格: ¥2,592
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                  コメント:やさしい本、読みやすい本ではないが、考える手がかりはくれる。おすすめである。

                  2015.03.21 Saturday

                  森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(9)

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                     これまでの記事は、こちら 反知性主義をめぐるもろもろ から。

                    アメリカにおける反知性主義的な政治の伝統

                     アメリカの反知性的な政治思想の代表例として、ジャクソン大統領の例が紹介されていた。このジャクソン大統領のことを思うと、どこぞで、ダボヤと呼ばれていた近年の大統領がこの語の関連で思い出される。彼の場合は反知性主義と呼んでいいのかすら、疑問であるかもしれないが。今度は、その弟のジェブ君が出るらしいが。ジェブ君は、まだまともなのかしらん。

                     なぜ、他国の大統領のことを失礼にもそう思うか、というとこのダボヤと呼ばれる大統領には、迷言録があってBushismとアメリカ合衆国内でも言われるほどであったからである。


                    NBCによるBushism(ブッシュ妄言録)

                     この動画の中には、Misunderestimate っていうすごい単語が出てきたり、27秒前後からは、人間と魚が平和裏に共存できるといってみたり、とまぁ、すごい迷言の連続である。英語力の向上(かえって低下するかもしれないが)のために是非ご覧いただきたい。

                     なお、このダボヤと呼ばれるブッシュ大統領に非常に批判的な動画は、MSNBCが自分たち自身で作った動画をもらってきてお示ししたまでであり、ミーちゃんはーちゃんはこの動画作成に一切タッチしていない。



                    George H W Bush(パパ ブッシュ)


                    George W Bush(兄 ブッシュ)


                    John Ellis Bush(弟 ブッシュ)

                     しかし、ここまで続くと、Bush Dynasty(ブッシュ王朝)と非難されても仕方ないだろう。ジェブ君(弟ブッシュは、現在フロリダ州知事)このことに関しては、後に別記事で触れる予定である。

                    ジャクソン大統領によるアメリカの黒歴史
                     ここで反知性的な大統領第1号として栄誉ある地位を獲得したのが、Jackson大統領である。この大統領には、結構黒歴史が付きまとっている。その代表的な例が、ネイティブアメリカンの土地の強制的な取り上げであり、Reservation(日本語では居留地)と呼ばれる狭苦しい土地への強制移住である。
                    彼(ジャクソン大統領)の見た「アメリカ人民」には、黒人や先住民や女性は含まれていない。ジャクソンは、先住民の強制移住を勧めたが、必要な場合には容赦なく駆逐し殺戮するという方法をとった。広がりゆくフロンティアは、基本的には白人入植者が保有すべきものであって、原始的な生活を好む先住民とは共存できない。だから彼らをできるだけ遠くの居住区へ隔離して、直接の接触を避けるべきだ、というのが彼の考えだった。先住民が先祖代々受け継がれてきた土地を去らねばならないことを悲しむと、彼はピューリタンが新天地を目指して生まれ故郷を去ったことを引き合いに出した。政府が無償で土地を与え、移住のための秘奥まで負担するのだから、先住民はありがたく思え、とすら語っている。チェロキー族は、強制移住法により、1838年の冬にオクラホマまで移住を強いられて4千人を失ったため、その道程は「涙の道」と呼ばれている。(反知性主義 pp.165-166)
                     案外と知られてはいないが、アメリカの統計局の定義するフロンティアというのは、1平方マイル当たり、いわゆる白人(ヨーロッパ系移民)が6人以下の土地であった。この中には、狩猟民族のため、定住しない種族も多かったネイティブアメリカン諸部族の人々は入っていないし、アフリカ系アメリカ人も、アジア系アメリカ人も含まれてはいない。基本的に農作物等の収穫のために季節移住をするような人々を人間としては認めなかったのだ(要するに家畜と定義上は同じ扱いであった)。

                     以下の動画はモヒカン族の最後を扱った、The Last of the Mohicans の予告編であるが、この中にも彼らが非常にひどい目にあったことが描かれている。 
                     
                     映画 The Last of the Mohicansの予告編

                     また、この連載として紹介し続けている『反知性主義』の本の159₋160ページ当たりで、このジャクソンの時、現在の大統領選挙戦の原型が実は形成されたことをお示しである。つまり、ネガティブ・キャンペーンそのものや、テレビ演説の原型となった一般演説会、今や大統領選になぜか欠かせない野外ラリーと呼ばれる野外集会やバーベキュー大会などもこのジャックソンとその前職のアダムズとの一騎打ちが原型であることが同書では指摘されていた。



                    アメリカの日常生活で結構お目にかかることの多いJackson大統領の乗った20ドル札


                    Harkin 上院議員への応援演説をするヒラリー女史。美貌のおちがかなり激しい。

                     1997年にテレビで選挙戦を見ていたときは、もうちょっとお美しかった気がする。多分、それは気のせいかもしれない。

                     ところで、1990年代末、まだ、テロもなく鷹揚な時代に、The Evergreen State Collegeとうワシントン州の州都Olympiaにある大学で約半年教鞭をとったことがあるが、その時の同僚に、Martha Hendersonという女性地理学者がいる。彼女は、大学院時代の博士論文がジェロニモにみる西部フロンティア開発についての地理学的考察だったらしく、このあたりのことはやたらめったら詳しかったのを思い出した。本論とは関係のない話であるが、非常になつかしい思い出である。

                     なお、このThe Evergreen State Collegeは、実はもともと、Native Americanの人たちの居留地だったところに、Native Americans との和解と協調的併存の象徴としてつくられた大学であって、全米でもリベラルアーツの分野では屈指の大学の一つである。キャンパス全体、ファカルティ全体に非常にネイティブ・アメリカン文化に対する尊敬が見られた。


                    Prof. Martha Henderson
                    ジェロニモとその子孫を追っかけた女性地理学者


                     この大学(The Evergreen State College)の卒業生の一人が、アニメ シンプソンズを制作しているので、The Evergreen Terrace という地名が、The Simpsonsには、かなり出てくる。


                    息子のBart君へあてられた手紙のEvergreen Terraceという文字


                    The Evergreen State College

                     ミーちゃんはーちゃんが教壇に立った(一応英語のようなもので講義した)こともあるThe Evergreen State Collegeは、もともとネイティブアメリカンの居留地であったために、まさにこんな感じの林の中に立っているような学校であった。非常にエコロジカルなことに関する意識の高いこの学校の環境科学研究科のようなところで教えていた。

                     後ろにネイティブアメリカンアートの木の彫像が見える。

                    Davy Crockett に代表される反知性主義

                     1990年くらいまでに子供時代を経験したアメリカ人なら、Jackson大統領時代のアメリカ人で、割と有名な人物(日本では知られてないことが多いようだが)Davy Crockett というむちゃくちゃな人物がいる。その人物伝を森本先生の本から引用してみたい。

                     のちに伝説的な英雄となるデイヴィー・クロケット(1786-1838)も、この時代の人物である。アメリカの子供たちが歌や逸話で知っている彼は、素手で 熊をやっつけ、トレードマークのアライグマ帽をかぶり、愉快なほら話をして人気を集め、荒物砦の戦いで勇敢な死を遂げた人物である。しかし、彼は同時にテ ネシー州の治安判事であり、州選出の連邦議員であった。一体どこでどうやって法律家になる勉強をしたのであろうか。実はクロケット自身も「法律の本など生 まれてから1頁も読んだことがない」と豪語している。書けた字は自分の名前だけだったという。それでも彼は州の法廷で、立派に判事としての職を遂行することができた時代であった。(同書 p.166)
                     ヨーロッパ人からしたら、そして、近代人からしたら、実に無謀、実に粗野、実に荒くれ者的な生き方である。 だいたい法律書も読んだこともなくて、そして字が書けるのは自分の名前だけ、っていうことで社会の安寧を担保する社会の要職である裁判官が務まる、というのがこの時代であったようである。

                     そして、弁護士や検察官(いずれも、法律家、Attorneyとも呼ばれる)が繰り出したであろう、法律的なマニューバー(法廷戦術)への対応ができた時代である。実は、アメリカの陪審員制度というのは、かなり、この時代の反知性的な雰囲気と密接な関係にある制度だと思っている。つまり、証言の真実性や有罪の認定を専門家がするのではなく、ど素人集団の陪審員団がやってしまうということがあり、実は差別などと結びつくと被差別者に対して不当に不利な判決が、特に南部諸州で頻発したことが知られている。なお、このCrockettという人物は、南部テネシー州を中心に活躍したらしい。



                    DisneyのDavy Crockett の人生に関する歌

                     なお、うえのDisneyのBallad of Davy Crockett ではJacksonの名前も出てくるしCrockett自身はThe King of Wild Frontier とうたわれている。しかし、王制を持ったことのないアメリカでKing 王ってどやさ、って感じではあるけれども。



                    映画になった時のDavy Crockettのポスター


                    薄っぺらで新しいアメリカという国家
                    まるでディズニーランド

                     ジャクソン時代(今もだ、という噂はあるが)が非常にやすっぽっく薄っぺらだったことに関して、上記のDavy Crockettとのかかわりで、森本先生は次のように書いておられる。 

                    それは(ジャクソン時代の新しい平等意識と民主的な精神)は、薄っぺらで安っぽいが、新しいものを生み出そうとする活力にあふれている。他の人が何を言おうと、有無を言わさぬ自信に満ちた時代であった。(p.167)
                     ところで、薄っぺらで安っぽいけど、幸せなアメリカを体現しているのが、実は、ディズニーランドだと思うのだ。世界で最も幸せな場所、The Most Happiest place on earthとも宣伝文句にあるが、しかし、ディズニーランドはよく考えてみたら、非常にアメリカ的なのだ。以下の話は、10年ほど前のカリフォルニアのディズニーランドの記憶からである。

                    Disneyland に示されたアメリカの歴史

                     まず、入って最初が自分たちの現在の消費文化を示す、Main Street USAであり、そして、Disneyland Railroad 西部開拓時代の蒸気機関車を模したもの 多分重油で動いているっぽい)そして、ディズニーランドを一周すると、現在から順次過去に戻っていく展示でできており、特にビッグサンダーマウンテンや一周して回ってきた最後にある古代生物などのセットは、かなりベニア板多用の薄っぺら感があって痛々しかった。

                     そして、Country BearsたちがいたCritter Countryやスプラッシュマウンテン、ビッグサンダーマウンテンのあるフロンティアランドは西部開拓時代を表象し、そして、トゥモローランドでは、スペースマウンテンやスターツアーズで将来の宇宙開発へのあけすけな夢が語られているし、オートピアでは、アメリカ社会の自動車依存体質をゴーカートという形で体感できる。

                     そして、カリブの海賊では、アメリカ合衆国開発前史ともいうべき、コロンブスが間違えてインドだ、と思ってしまったために始まったカリブ海での植民地開発の一端に触れることができる。The Pirates of Caribbeanは今では、映画を先に見ている人が多いので、あれが、ディズニーのアトラクションが先であったことだけは触れておく。

                     なぜ詳しいかというと、カリフォルニア在住当時、何度も子供と一緒に行ったからである。

                    明治維新の志士に影響した反知性主義
                     反知性主義の革命思想性に関して、森本先生は次のようにお書きである。

                     反知性主義は単なる知性への軽蔑と同義ではない。それは知性が権威と結びつくことに対する反発であり、何事も自分自身で判断し直すことを求める態度である。そのためには、自分の知性を磨き、論理や構造を導く力を高め、そして何よりも、精神の胆力を鍛え上げなければならない。この世で一般的に「権威」とされるものに、たとえ一人でも相対して立つ、という覚悟が必要だからである。だからこそ、反知性主義は宗教的な確信を背景にして育つのである。(同書 p.177)
                     この部分を読みながら、日本が明治維新後1940-1945年の時期を除き、なぜアメリカを一種の国家モデルとしてきた部分があるのか、そして、アメリカ型のキリスト教を輸入し、それが定着する可能性があったのかの背景となったのかにかんしてピンときた、というか、「あっ、察し…」となったのである。なお、明治維新後は、学問や学制、刑法はドイツ系のものを利用し、民法はフランス、海軍は大英帝国、国際政治や国際関係はアメリカという感じで理解すれば、まぁ、かなりの部分はカバーしているといえよう。なぜ、国際政治や国際関係でアメリカとの連携が模索されたか、といえば、アメリカが当時の日本と同様に乞う発の新興国家であり、付き合いやすかったし、また、太平洋を挟んで向かいにあるので地の利の関係で近かったというのはあるだろう。

                    反知性主義の革命性と志士

                     しかし、それと同時に、明治維新は、実は非常に革新的な思想の結果であり、革命的な思想であったからではないか、と思う。つまり、従来の権威性を否定しようとしたのだ。江戸幕府、お上というその権威に対して、薩長土肥の下級武士が反逆したのが明治維新ではないだろうか。幕末の志士たちは、各藩にあっては、上士という藩の代々続くお歴々の家老や年寄りクラスに反逆する手近な類例というか根拠として、このアメリカの反知性主義とその根拠になったアメリカ型の平等主義、そしてその根拠になったキリスト教に対する関心が深かったのだと思う。理念としての人権思想ではなく、討幕運動に手直にあった思想として、アメリカの反知性的な思想を持ち込んだように思うのだ。

                     つまり、彼らは反逆思想、四民平等の思想としての根拠への関心をもって聖書を読んだのであり、キリスト者になるつもりも、キリスト教国にするつもりもさらさらなかったと思うのだ。つまり、討幕の思想的根拠として、聖書を読んだだけであり、それで神やキリストに対する信仰を持つつもりも、その重要性を理解するつもりも、恐らくはなかったと思われる。もし、聖書を読んで幕末の志士が信仰を持ったなら、維新後すぐにキリスト教禁教の高札を外したはずであるし、全国への指令としてキリスト教を国教化すべしと命令したであろうが、そうは問屋がおろさなかった。もちろん、一部にはキリスト者になった人々もいたが。

                     某いのち○ことば社の「聖書を読んだサムライたち」という本やDVDがあるらしいが、きっとここらのことに関して、それらのものの中では、実に懇切丁寧に解説しておられることと期待したい。個人的には、なんだか龍馬伝に便乗した残念なキリスト教書のようなもの、としか思えなかったので、手に取ることすらしていない。恥ずかしいではないか。便乗なんて。そして、それに便乗して、伝道に用いるなんて、もっと恥ずかしいことではないか、と思っている。

                     それより、昔の聖書図書刊行会の貴重な図書の復刻版を刊行する方が先だと思う。某いのち○ことば社が、「私たちは伝道団体であり、営利団体ではございません」とご主張になるなら、それが先ではないか、と思う。

                     余談に行き過ぎた。

                     実は、明治期前後(江戸末期を含む)のキリスト教への対応の研究をしていて思うことは、実は儒学の陽明学の原型として、キリスト教にアプローチしようとしたような気がする。陽明学は、大塩平八郎の乱に見られるように、かなり過激な革命思想なのであり、キリスト教とよく似ている。

                     聖書はご禁制物資だった、とご主張の向きもあろうが、そこはそれ、琉球をかました密貿易は薩摩の得意技であり、それで莫大な利益を薩摩藩は上げていたし、辺境にあって幕府の目が届かないことをいいことに、上海あたりから漢訳聖書位は簡単に沖縄経由で輸入されたのではないかと想像して、ニタニタと楽しんでいる。

                     よく日本やアジア的な思想は平和主義というようなことをおっしゃる向きがあるが、中国や我が国の超安定期でもあったはずの江戸期にも、このような暴力的革命思想があったことは忘れてはならないと思う。





                    2015.03.23 Monday

                    森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(10)

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                      前回までの連載はこちら反知性主義をめぐるもろもろ から。

                      今日はチャールズ・フィニーについて

                       チャールズ・フィニー先生については、過去にこのブログ記事 福音派が生まれたころの世界むかし話(4)でも取り上げた。

                      「ギリシア語読めない、ヘブライ語読めない」の原型

                       フィニー先生、ヘブライ語もギリシア語もやってなかったんだ。ふーん。ちょっと前の福音派の宣教師の原型ってのは案外この辺にあるのかもしれない。なお、ギリシア語読めない、ヘブライ語読めないキリスト教の献身者についての替え歌はこちら 宇宙戦艦ニートならぬ宇宙戦艦 KNSHNSHをうたってみたを参照。

                       なお、この献身者(KNSHNSH)なり、宣教師類型が発生する原因の一つには、戦後米軍駐留兵のうち、かなりの人数が、自分の信仰による確信により、勝手連的に宣教師になって開拓伝道をはじめられた人々もおられるからである。
                      フィニーは結局、神学も法律もほとんど独学で学んだ。彼の確信は聖書に由来するだけで、教会の教理問答すら、聖書的な裏付けに乏しいという理由で顧みなかった。牧師になるには、最終的には聖霊の導きだけが必要で、神学教育は無意味である。いくら小難しい神学を頭に詰め込んでも、そんなインテリ牧師の話しは聴衆の頭の上を通り過ぎていくだけである。昔日のピューリタン牧師は聖書解釈のためにヘブライ語やギリシア語を学んだが、フィニーはそれも学ばなかった。聖書は英語で読むことができるだけで、原典から独力で解釈するなどという作業はできない。それでも彼の説教は人々の心に届き、彼の生涯を通して50万人が回心を遂げたと言われている。(反知性主義 p.175)

                       今、福音派の牧師先生たちのある程度の部分は、基礎教育として、ギリシア語とかヘブライ語とかはきちんと修めておられる方が多い。しかし、戦後すぐ日本に来られた人々の中には、これらの基礎教育のない方、特に米国系の宣教師の中には、これらの基礎訓練の経験のない方が結構混じっていたようである。

                      レトリックが重要な法廷と説教?

                       フィニーは弁護士(法律家)でもあったことが記載されていた。そして、相手を説得する能力が非常に説教に役に立ったことに関して、森本氏は次のように書いておられる。

                      法律家としての訓練は、牧師となってからも役に立ったようである。法廷で弁護士が陪審員に向かって話す時には、できる限りわかりやすい言葉や身近な例を使う。聞いているものの心に届くように話し、完璧な証拠を示して、重要な点を何度も繰り返して強調する。彼らが陪審員質へと退出する時には、どんな評決を出すべきかがこころのなかではっきりと決まっている、、というところでもっていかなければなないのである。
                       これは、リバイバル説教がなすべきことと同じであった。(中略)フィニーにとって、有能な説教家が養うべき能力は、有能な弁護士と同じ能力なのである。(同書 pp.175-176)
                       この辺の説得のアルテ(技術)の説教での活用というのは本来的には結構あると思う。そこで用いられるのはレトリックであり、このレトリックの巧拙が、裁判の結果を締めることは、Law and Order等のテレビ番組を見ているとよくわかる。

                       日本の刑事ものドラマは、犯罪捜査か、勧善懲悪か、人情劇のものが多いが(というのは議論を楽しみ、議論で用いられるレトリックを楽しむという文化が日本にはあまりない)、アメリカの刑事ものドラマというよりは法廷ドラマは、犯罪捜査そのものよりも議論を楽しみ、そしてそこで展開されるレトリックを楽しむという部分が多い。日本で、こういうのがなかなかはやらないのは、レトリックの巧拙を楽しむという文化、ディベートの文化といった、ことばで他者を納得させるというあり方そのものになじみが薄いからではないか、と思っている。

                       日本でも英国の制度をまねて、Question Timeというものが導入されたが、あれが低調なのも、基本、日本の中にレトリックを楽しみ、レトリックの巧拙で議論をしているのを見て楽しむという文化がないからではないか、と思うのだ。その結果、あいての不正とか相手の失策を声高に責めあうだけの泥仕合になっているケースが多く、本格的な政策論争をレトリックを使って当意即妙な回答と議論で聴衆をうならせる、というところがあまりないように思う。

                      レトリックはアメリカの文化的伝統

                       このレトリックの伝統は、実はギリシア・ローマ時代のレトリックに端を発する。修辞学という学問が昔はあった。いまは目も当てられていないけど。そして、修辞学は、ギリシア・ローマ法体系での法廷論争やギリシア演劇に影響を与えたのではないかと思っている。そして、その影響はローマの遅れてきた子孫である英国の法体系と法廷論争に影響を与え、それがより先鋭化された形でアメリカで発展する。


                      修辞学でお世話になっているシセロ(キケロ)先生

                       以下の動画は、A Time to Kill(告発の時)という映画であり、ミーちゃんはーちゃんが初めてサンドラ・ブロックを個体認識した懐かしい映画であるが、この時の修辞が実に見事だと思ったのだ。事件自体は南部のある州でアフリカ系アメリカ人家庭の娘がレイプされ、そのレイプ犯が差別がゆえに無罪となったことに怒ったアフリカ系アメリカ人の父が、裁判所で銃を乱射しレイプ犯を公衆の面前で怒りのあまり殺したことに関する裁判事案を扱ったものである。

                       裁判の中で、偏見や差別観なしに真実と公正を見つめることを求め、あえて、陪審員に目を閉じることを求め、ある少女が、レイプされる状況を描いて見せるのである。そして、しばらくの間沈黙の間を置く。そして、最後に「もし、そのレイプされた少女がヨーロッパ系アメリカ人の少女だったら?」と陪審員(ヨーロッパ系アメリカ人が多い)に問うのである。



                      アメリカの弁護士の弁舌の例 A time to kill (評決の時)のシーン

                       こういうレトリックのうまさ、そして分かりやすさのための演劇性が求められるのがアメリカの法廷劇であり、このために、検事も弁護士もありとあらゆるレトリックの手段を尽くし、最終弁論に臨む。このあたりは、Law and Orderのシリーズ中のエピソードでもレトリックに悩むADA(検事補、実際の訴追をする役職者)の姿がちらっと出てくる。

                       Law and Orderやレインメーカーといった裁判ものの映画などは、このレトリックのうまさ加減を楽しむところがある。このレトリックのうまさがは統領選挙などにも持ち込まれる。そのためにはアメリカにはスピーチライターという職業があって、このスピーチライターも政治家の演説の際には、これでもか、というほどのレトリックの技を繰り出してくる。

                       この辺りについては、うまい。うますぎる でも、キリスト教の伝統 でもお書きしました。

                      魔術か宗教か

                       宗教と呪術の違いに関するフレイザーさんの議論を記載した後、森本先生は次のように述べておられる。

                      かつてある日本の新興宗教の教祖が、座禅を組んだまま空中浮遊をして見せた。信者たちはその光景を目の当たりにして盲信的な弟子となり、結局は地下鉄サリン事件を起こすに至ってしまった。しかし、フレイザーの区別からすると、あれは奇跡ではなく、宗教でもない。(中略)どんな手法を使ったかはともかく、特定の手段により、特定の結果を実現させただけなので、それは科学であり呪術である。いずれも、何かしらの種明かしがあるという意味では合理的である。そういう行為は、奇術といってもよい。ちなみに、英語では呪術も奇術も同じ「マジック」である。(同書 pp.178-179)
                       あの地下鉄サリン事件、阪神大震災直後に発生しただけに忘れられない思い出である。しかし、空中浮遊が魔術であり、それがきっかけになって信仰に入ったインテリたち、そして、そのインテリたちが、その科学技術の粋というのか、錬金術あるいは魔術で鍛えられあげた科学の粋を使って、サリンを作り上げていくというこの残念さ加減。何とかならないのかなぁ、と思う。

                       技術者のはしくれとして思うが、確かに技術は魔術的な魅力を持つのだ。この辺りのことは『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (7)『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (10) の記事においてもすでにふれたところである。

                       アメリカの有名なバスケットボール・プレーヤーの一人にその華麗なプレイスタイルで知られた、ロスアンジェルス・レイカーズのマジック・ジョンソンがいるが、しかし、この場合、マジックという意味は、鮮やかな、神業の、というような意味でのジョンソンであり、呪術とかではない。しかし、『呪術ジョンソン』だと、なんだかなぁ、になってしまう。



                      Magic Johnson(『呪術ジョンソン』って俺のこと?)

                      社会に対する預言者的存在であった実践家フィニー

                       いまでは、社会的福音というとすぐリベラルというラベルを張っていただけるが、もともとフィニーのように福音派でもかなり弱者への目線、社会の現状を前提としない姿があったことに関して、以下のように書いておられる。

                       フィニーの実践思考は、奴隷開放や禁酒運動や障がい者扶助などといった社会改革にも道を開いていった。彼は、女性や黒人の社会的進出を積極的に応援した。神に祈ることや、福音の宣教をすることは、男だけの仕事である必要はないし、白人だけの仕事でもない。フィニーは、男女混合の集会で女性が前に立って祈りをささげることを奨励したが、これは当時の慣習からすると画期的なことであった。(pp.182)
                       このような弱者への対応をフィニー先生がなさっていたことは、不勉強にして知らなかった。ただ、そもそも、このフィニー先生の行動の根源はこの聖書の言葉にあるのだろうと思う。

                      口語訳聖書マタイによる福音書
                       25:34 そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。
                       25:35 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、
                       25:36 裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。
                       25:37 そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。
                       25:38 いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。
                       25:39 また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。
                       25:40 すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。
                       25:41 それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。
                       25:42 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、
                       25:43 旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。
                       25:44 そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。
                       25:45 そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。
                       こういう社会において預言者的役割を果たすのは、リベラル派の専売特許ではなかったし、こういう社会において最下部で紹介しているブルッゲマンが『預言者の想像力』で指摘するような預言者的枠割を果たした人として、典型的な福音派的人物としてのフィニーさんがおられたことはもっと知られてもよいことではないか、と思う。






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