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前回までの連載はこちら反知性主義をめぐるもろもろ から。

エンゲルスの本に登場するムーディ先生
 実は、エンゲルスの本の序文にムーディが登場するらしい。実はエンゲルスとムーディ先生は同時代人だったのね。知らんかった。

 そのあたりのことに関して森本先生は次のようにお書きである。

彼(引用者注 フリードリヒ・エンゲルス)の『空想より科学へ』は唯物論思想の入門書として、マルクスの共産党宣言や資本論よりもよく読まれた著書であるが、その英語版への序文になんとこのムーディが登場する。(反知性主義 pp.199-200)
 どうも、エンゲルスは、ムーディの伝道活動を宗教という産業ととらえていたようである。ある面、これは正しいかもしれない。近代の大量生産、大量消費においては、ある程度の同質性を前提に置いたうえで、それをどうこなしていくのか、ということ産業だからである。根本的なところで、産業とクラフトマンシップは似て非なるものである。産業は大量生産であり、いかに効率的にたくさん作るかが勝負であるが、クラフトマンシップは、少数あるいは一点ものを、機能を十分に果たすものを、いかに良い品質で、作るものである。18世紀まではクラフトマンシップが残っている時代であり、20世紀が産業の時代であることを考えると、19世紀というのは、クラフトマンシップから産業に転換する時期であるのであろう。

根来塗り 日本のクラフトマンシップが現れた工芸品 
この刷毛目と鑿跡の荒々しさが、個人的には好み


 このため、個人の回心が大量に起きているリバイバル現象を、本来的には、個人的な回心であるはずのものが、大量生産的な方法で一挙に起きていることから、宗教あるいは信仰の産業化とエンゲルスに移ったように思うのだ。

効率性が持ち込まれたリバイバル
 もちろん、大集会でのリバイバル現象は、外部の人間であるエンゲルスからは、まるで、食肉工場よろしく、信者が大量生産されていく過程に見えたのだろう。その対応の効率化に関して、森本先生は次のようにお書きである。
 
ムーディーは「決心者カード」を使うようになる。これは、「私は今後クリスチャンとして生きることを真摯に希望します」という一言が印刷されたカードで、決心した人はそれに名前と連絡先を書いて出すだけである。(中略)
カードは集会ごとに集計され、地域ごとにまとめられて集会に協力した教会に渡された。自分が行きたい教会や知っている教会、あるいは面会に来てもらいたい牧師の名前を記入する欄もある。牧師たちはそれをもとに、一人一人を訪ねて回ることができるのである。(中略)
実に効率の良いシステムである。これまで、巡回伝道は巡回セールスのようなものだ、と説明してきたが、歴史の順序からいえばこれは正しくない。むしろ逆で、巡回セールスと派巡回伝道をモデルにできあがったビジネス形態なのである。映画「エルマー・ガントリー」に出てくる主人公も、本来の仕事はセールスマンであったが、その手法は巡回伝道とまったく同じであった。(同書 pp.207-208)
 この記事を見ながら、国際事務機器会社IBMのその飛躍の出発点となったことが、国勢調査の調査の事務処理の効率化であったことを思い出した。ホレリスの名前は、未だに一番最初に覚えたプログラミング言語であるFortranでの文字処理定数のホレリス定数として、その名を残す。

http://www-01.ibm.com/support/knowledgecenter/SSGH4D_14.1.0/com.ibm.xlf141.aix.doc/language_ref/hollerith.html?lang=ja

 なお、下記に示すパンチカードは、数度だけ使ったことがある。可搬型ハードディスクやUSBメモリなどは、想像すらつかなかった。このころは、漸くTSS処理可能な機械の中で割り当てられたディスクスペースにプログラムを保存するのが、精いっぱいであった。なお、紙テープに書いたマシン語くらいは昔読めた。


Fortranの時にはこんなパンチカードを使った


ホレリスのパンチカード

ホレリスのタビュレーティングマシン(集計機)

 巡回セールスマンの記述を読みながら、あぁ、巡回牧師が原型になって、巡回セールスマンになったというのはわかる話である。まぁ、基本的に農業集落が多く、密集して住んでいる訳でないために、本来必要なサービスが提供されず、それを補うのが巡回セールスマンであったわけである。いまで言う行商である。しかし、行商と行っても、日本でちょっと前に見られたような生鮮品の行商ではなく、割と耐久度の高い、服や写真、靴、農具や調理具といった耐久度の高いものから、チョコレートのようなちょっと高級品まで、巡回セールスマンが販売していた。


退役したら奥さんと離婚する羽目になった元米兵のチョコレートの
巡回セールスマンが出てくる「雲の中で散歩」

 この映画の中には、もともとカリフォルニアに住んでいたメキシコ系ワイナリーのオーナーが、娘を大学まで行かせるのではなかったというような話が出たり、息子が大学で学んだ計数主義をもとにワイナリーを経営しようとして、ワイナリー一筋で、伝統と経験に基づいて経営してきた父親と対立するような話が出てくる。なかなか、面白いアメリカの現実が物語としてあちこちにちりばめられている。

 ところで、巡回セールスマンといえば、アメリカでは移動遊園地というような産業が結構ある。まぁ、これは中世のサーカスの伝統であり、ロマ人的なにおいがしなくもない。下記の動画は「シャーロットの贈り物」 のワンシーンであるが、County  Fair(農産物やパイの品評会などがある)での楽しみの一つが、この移動遊園地である。


シャーロットの贈り物のワンシーン

 巡回セールスマンは、次いつ現れるのかよくわからないし、落語家よろしく口八丁手八丁で物を販売するその話芸を楽しむという側面もある。つまり、いい方は悪いがほら話を聞かせて、人の意識をほら話に集中させながら物を販売するという側面があるようだ。そういうほら話を語り続けた親と子供の確執を父親の死去と共に思い出しながら、その真実性、ものがたりに含まれる真実性を見直していくという非常に良い映画が以下に紹介するビッグフィッシュである。非常にアメリカ的な社会状況を描いた映画でもある。


巡回セールスマンのほら話を扱った映画

アメリカ社会でのリバイバルと
アメリカのキリスト教会の特徴

 アメリカ社会における教会の意味、ということに関して、森本先生は非常に重要な指摘をしておられる。
リバイバリストの方では、そういう(引用者注:リバイバル集会がやってくると突然入会希望者が増える)結果を残念に思うふうでもなかった。これは、アメリカのキリスト教が神学や教理といった原理的な違いで切り分けられているわけではない、ということを示す大きな証拠である。多くのアメリカ人にとって、教会とは当時も今も、社会的な交流の場なのである。(同書 p.209)
 このご指摘の中で、重要だと思うのは、教会そのものがアメリカ社会では、「教会とは当時も今も、社会的な交流の場」というご指摘である。なぜ、この指摘が重要かというと、基本的にアメリカ社会を支えているのは、この社会的な交流の場で生み出される議論やサービスや行為だったりするからである。アメリカ社会の民主主義の原型ということが、この教会運営の中で培われている側面があるからである。「おらが教会=おらが社会=おらが街」という側面が非常に強い。特に会衆派ではそうではないかと思うのだ。この辺りのことは、『孤独なボーリング』で、社会資本の形成に教会が果たした役割をロバート・パットナムは非常に明快に紹介している。

 この社会的な交流の場という別の側面に関して、平田オリザ氏が「福音と世界」誌においてインタビュー記事として掲載されていた「市民の魂(ソウル)について」中でふれられていた、教会のもつ劇場的側面ということを思い出した。劇場や映画館も社会的交流の場である側面を持つのと同様に、教会も「人が集まる」という点で類似の側面を持つというのは、非常にアメリカ的な側面であるように思う。

 あと、ここで印象的だったのは、「アメリカのキリスト教が神学や教理といった原理的な違いで切り分けられているわけではない」という表現である。旅行中にサンディエゴ近郊の教会に訪問した時、その説教の中で、割と若いパスターが、自分の配偶者の母親が、改革長老派の信徒で、自分はバプティストの神学校に行き、自分の奥さんはもともと会衆派に大学時代に行っていて、ということを話していたことを思い出した。世代によっても、場所によっても、そして、家系的な民族性の違いによって、一つの家族の中でも多様なキリスト教が戦国時代のように林立しているアメリカの宗教事情の中では、もはや神学や教理的な味わいの違いでは切り分けられず、民族のるつぼであると同時に宗教のるつぼにもなっており、もう、宗教自体が民衆宗教あるいは市民宗教というのか家族関係を通してのアマルガム(合金)になっており、教理や神学では分けられなくなっており、「なんとなくキリスト教」という感じになっているのが、他国との違いであるように思う。その意味で、宗教間の教理の相互乗り入れも激しく、混乱も起きやすいかもしれない。

テレビ局のようなMoody先生と日本
 ムーディについて、この本の中で一番印象的な表現は、以下の部分である。
ムーディは、反知性主義の翼に実利思考のビジネス精神という強力なエンジンを備え付けた人物として記憶される。ホフスタッターの表現では、リバイバリズムが反知性主義の「種を植え付け」、ビジネス的な実用主義それを「最先端まで推し進めた」、ということになる。アメリカの反知性主義に特徴的なのは、この宗教的な平等理念と経済的な実用主義の奇妙な結びつきである。(同書 p.218)
 このムーディ、社会的にも非常に影響が大きかった。神学的にも彼は一種の頭陀袋というか、米兵がもって移動するダッフルバッグの中身みたいに何でも入っているという感じの神学的な混在が見られたのだと思う。

 現在福音主義神学の世界でも一部にこのブログで、批判的視線を向けているディスペンセイション神学(特にLeft Behindに代表されるクラッシックなディスペンセイション仮説)が福音派、特に米国福音派で一気に広がったのは、このムーディという一種の神学的ダッフルバッグというか超人気テレビ番組の一部にディスペンセイション仮説が入って行き、それがあちこちでばらまかれて以降である。その辺の過程に関しては、

福音派が生まれたころの世界むかし話(7)

D.L.Moodyの後方乱気流

で既にお伝えしてきたとおりである。

 そして、このダービー先生の神学がMoody先生の説教の中に入り、アメリカの福音派のかなりの部分に入り、当時アメリカにいた中田重治先生にも影響し、最新の神学的動向として日本に持ち込まれ、一時期とはいえども、あの内村鑑三先生にまで影響する。大規模なイベント施設を活用したサーカスもさながらの伝道は、まさに、ビジネス的実用主義の当時の技術与件のもとでの極みとなり、その後、自家用車の普及に伴い、大スタジアムでの大動員型のリバイバル集会、フ○ンク▽ン・グ○ハ△伝道大会などの伝道大会の流れにつながっていく。別メディアの発展と普及、即ち、ラジオの普及、テレビの普及、ネットの普及にともない、ラジオ伝道者、テレビ伝道者、インターネット伝道者の系譜へとつながっていく。いまだに、アメリカではラジオ伝道者という職業というのか役割が存在する。その意味で、非常にこのMoodyという人物の役割は少なからぬものがある。

日本の教育における平等理念と
経済的実用主義の不幸な果実

 この中で非常に印象的だったのは、「アメリカの反知性主義に特徴的なのは、この宗教的な平等理念と経済的な実用主義の奇妙な結びつき」という表現である。これ、アメリカの世界観なのである。実は、アメリカの世界観は、1945年以降、日本の初等中等教育にこの概念が持ち込まれ、(宗教観抜きの)平等主義(あるいは、フランス人権思想に基づく平等主義)と経済的な実用主義の奇妙な結びつきに基づく小学校教育思想が独自に日本で発展した形となっている。

 「全ての個性を大切に」というお題目を唱えつつ、北朝鮮のようなマスゲームや日本の旧陸軍式の行進でそろえてみたり、音楽発表会で同一楽器で揃えて発表させるために大量の音楽嫌いを生みだしたり、給食を食べないと食べ終わるまで一人覚めた給食を食べるための居残りが待っているという人身拘束をしてみたりと、「フランス人権思想」が聞いたら発狂しそうな罰ゲームをやる。

 給食で思い出したが、これから日本が移民を受け入れるなら、イスラム圏の移住者の子弟のための制服の改変(肌を露出しない夏服)、給食への配慮も求められることになるが、給食では、安価な豚肉がたんぱく源として使われているが、それも利用できず、厳密に言えば、イスラムにとって適切な処理法に則り適切な方法で処理した肉しか食べさせられないことになる。この辺りのことは、理解して移民政策を組まないと、大東亜共栄圏が失敗した原因と同じ愚を繰り返すことになるのではないか、と心配している。

繁栄の神学の原因はやはりアメリカ発か?

 個人的には、繁栄の神学は違うかな、と思っている。なぜかというと、神が出発点であるものが、人が出発点になるからである。より具体的に言えば、「私が○○だから、神様が祝福してくださる。」、「もし、私が○○したら、神様が祝福して下さらない」というのは、私がが中心であり、重点があり、神に重点がないからである。この現世利益的な繁栄の神学に関して、次のような記述があった。
 
かつてトクヴィルは、アメリカ的な宗教の特徴として、宗教と現世的な利益との直接的な結びつきを指摘した。中世の聖職者たちは、来世のこととしか語らなかったのに、アメリカの説教者はいつも信仰が現世でどのような益をもたらすかを語る。アメリカ人は、利益に引かれて宗教に従うが、その利益を来世ではなく徹底して現世に求めるのである。そこに、反知性主義の息づく空間が広がっている。(同書 pp.218-219)
 一番気に入ったのは、「アメリカの説教者はいつも信仰が現世でどのような益をもたらすかを語る」と「アメリカ人は、利益に引かれて宗教に従うが、その利益を来世ではなく徹底して現世に求める」という部分である。無論、すべてのアメリカ人というわけではないが(J.H.Yoder先生や、Hauerwas先生もアメリカ人になっちゃいますから)、相当部分のアメリカ人の説教者は、現世での幸福追求として神の福音を語ることは多い。この辺りは、シンプソンズのLoveJoy牧師の説教などがその典型的といえよう。


11分50秒からHauerwas先生のご講演 America's God この人はまとも
 
 しかし、「利益を来世ではなく徹底して現世に求めるのである。そこに、反知性主義の息づく空間が広がっている」というご指摘は非常に重要だと思う。一時期「壺」やら「印鑑」やらを売り歩いていたキリスト教まがいの東アジアの新興宗教団体やら、「最高ですかぁ~~」と言っていた新興宗教団体やら、本をビジネスモデルにしておられる新興仏教系の某公党(政府に認められた政党の意)と関係の深い新興宗教組織、それをビジネスモデル的にまねした某総裁の団体やら、駅前で朝夕の通勤時間に辻立ちをしておられる皆様にしても(何パターンかある)、徹底した現世利益追求型であり、また、反知性主義、反権威主義なのだ。その極みがオウム真理教であったように思う。そして、現世でのヴァジラヤーナの実現を目指し、武力革命の実現を真理党が一人も当選させられなかったために志向することになったような気がする。その意味で、オウム真理教が引き起こしたもろもろは、非常にアメリカ型の文化的反知性主義が日本でさいた結果であり、習合型宗教としてのあだ花(被害に遭われた方には、衷心よりお見舞いを申し上げるたい)だったような気がしてならない。

 
「最高ですかー」 にあらわされた現世中心主義 反知性主義的だなぁ。
 


評価:
価格: ¥7,344
ショップ: 楽天ブックス
コメント:高いけど、社会の構成と社会資本の関係を知るにはよい本。



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 今日は、ムーディ先生をご紹介したい。一世を風靡したムーディ勝山ではない。


 熱唱するムーディ勝山先生

 いや違う。この写真の方である。

ムーディ先生の伝記の表紙

19世紀末リバイバルとムーディ

 ムーディ先生は、経済社会的な変革期を迎えた混乱の最中のアメリカの中で、伝道された方である。その背景に関して、森本先生は次のようにお書きである。
ドワイト・ムーディ(1837-1899)の活躍した19世紀末は、「第3次」の信仰復興運動に数えられる。それは、アメリカが農業社会から工業社会へ、農村中心から都市中心の国家へと姿を変えつつある時代だった。その変化を支えるために、さらに大量の移民が流入し、それと共に経済格差も広がってゆく。素朴な田舎の出身で、満足な教育も受けず、都会の喧騒の中で不安と孤独をかみしめている人々が、無名の「大衆」となって漂流し始めた時代である。リバイバルは、第一次、第2次の時と同じように、こうした人々の心に浸透して大きなうねりを生み出していった。(反知性主義 pp.185-186)
 この時期に原理主義(Fundamentalism)という語が生まれる。この経緯に関しては、こちらの記事 キリスト教Evangelicals と Fundamentalits が形成されるアメリカの社会背景を参考にしていただきたい。

 ところで、「都会の喧騒の中で不安と孤独をかみしめている人々が、無名の「大衆」となって漂流し始めた時代である。リバイバルは、第一次、大事にの時と同じように、こうした人々の心に浸透して大きなうねりを生み出していった」という部分を読んで思い出した本がある。それは、ロドニー・スターク著『キリスト教とローマ帝国』である。

 この『キリスト教とローマ帝国』中で、スタークは、ローマ帝国の中で災害や疾病で社会的混乱や不安が起きたときに、キリスト者が増え、その挙句の果てにキリスト教が国教化するまでになる。この背景を丹念な歴史的に入手可能なデータを入手できる調査結果に基づき、統計的手法を用いて示している。

 ある面、社会不安が急増した時に、宗教への関心が高まることは、ローマ帝国だけではなく、日本でも起きている。奈良期の初期、平安初期、鎌倉期、安土桃山期、江戸末期から明治初期、大正期、1945年から1950年ごろ、1980年代のバブル崩壊期と多様な新宗教、新宗派が勃興し、一種の宗教ブームの様相を呈している。その意味で、社会的混乱が起きた時期の前後には、宗教的な何かにひかれていて、関心を持つ人が増加する傾向にある模様である。

貧困者への伝道
 キリスト教は、貧困者への伝道と援助をかなり昔から行ってきた。これは、Moodyとて、同様である。そこらに関しては、先日のフィニー先生に関するところでご紹介したとおりである。

 スラム街の子供や親にとり、既存の教会はとても敷居が高くて足を踏み入れることができない。ムーディは、そういう貧困階級のための「教会」を作り、その初代「牧師」としてふるまった。もちろん彼は神学の教育など受けたこともなく、どこかの教派で正式に牧師として認められたわけでもない。おそらく自分でも、牧師であるつもりはなく、あくまで困った人の面倒をみる世話役くらいの認識だったと思われる。(中略)会社勤めのサラリーマンがきるような、普通の背広姿で説教題に立ったのである。それがまた人々に親しみやすい信頼感を与えた。(同書 pp.187-186)

 当時のアメリカでも、貧しい人々、特に1840年代の後半のジャガイモ飢饉後のアイルランドからやってきた食うや食わずのアイルランド系移民や新たに到着し始めたイタリア系、北欧系及び東欧系移民、中国系を中心とするアジア系移民にとって、バプテストでも、ウェスレー派でも敷居が高くてアクセスへの障壁があったのかもしれない。また、アイルランド系移民はまだ問題(アイルランド英語は英語ではないといううわさもないわけではないが)がないにせよ、北欧系、東欧系移民にとって、説教が理解しにくかったことは想像に難くない。

 もちろん、ジョナサン・エドワーズ等を代表格とするピューリタンの場合、確かに高踏的であり、その中に放り込まれた場合、借りてきた猫状態になるのは当然ではないだろうか。英語が理解できない第1世代なら、一体何が起きているのやらになりそうである。

ミーちゃんはーちゃんの集団とMoody

 しかし、ミーちゃんはーちゃんの教派的伝統でもある極端な平信徒主義に立つラディカルなセクト型教会にいるので、「もちろん彼は神学の教育など受けたこともなく、どこかの教派で正式に牧師として認められたわけでもない。おそらく自分でも、牧師であるつもりはなく、あくまで困った人の面倒をみる世話役くらいの認識だったと思われる」をみると、まるで、ミーちゃんはーちゃんの理解と同じようなものである。この類似性がミーちゃんはーちゃんがいる教派の19世紀の大英帝国内の当時の信徒たちがMoodyの英国での活動を支援することになる。これについては後述する。

 ミーちゃんはーちゃんの教会内の立ち位置であるが、まぁ、平信徒主義に立っているので、世話役というよりは、教会内の実務処理担当者兼信徒説教者兼伝道師という感じだろうか。まぁ、平信徒主義なので、他の人も聖書からの話も、その方の得意・不得意を見ながら順番にお願いしている。 

 まぁ、「会社勤めのサラリーマンが着るような、普通の背広姿で説教題に立ったのである。それがまた人々に親しみやすい信頼感を与えた」とあるが、「会社勤めのサラリーマンが休日に着るような、普通のカジュアルな姿で説教題に立ったのである。それがまた人々に親しみやすい世間話を説教の冒頭に持ってきた上で、聖書から話をする傾向にあった」という感じにすると、まぁ、大体私が今いる教会の説教者の雰囲気といえるだろう。

 ただ、服装はカジュアルな形で話していることの背景は、ネクタイに背広だと、かなり硬くなってしまうので、服装自体はカジュアルにしている。ただ、個人的には、世間話は途中に類例として混ぜることがあるが、私の説教スタイルは、ほぼ世間話が入らないので、「学校の授業見たいだ」と言われることがある。これまで出てきたアメリカのキリスト教会で言うと、ウェスレー派とピューリタンの間で、ウェスレー派寄りという感じではなかろうか、と思う。

Moodyと単立系福音派教会

 ここで、森本アンリ先生は、独立系教会、単立系教会、超教派系教会に関して次のようにお書きである。
 ムーディの教会は、その後全世界で見られるようになる「独立系」教会の走りとなった。これは、伝統的な教派の枠組みとは無関係に、民衆の中から自生的に成立する集会のことである。読者の中には、そんな教会はいくらでもあるはずだ、と思われる方があるかもしれない。確かにその通りである。昨今なら、そういう教会は「単立」とか「超教派」を名乗ることなるのだろう。実情からすれば、取り立てて既存の教派を「超越」しようとしたわけでなく、ただみんなが自然に集まって出来ただけであるとしても。(同書 p.186)
 現在の福音派には、かなりの割合で「独立系、単立系」の教会が多い印象がある。伝統的な教派の枠組みの不自由さにつらさを覚えた人々で、特段教派にこだわりがないがゆえに、勝手に教会のようなものを作ってしまった感じだろうと思う。

 森本あんりさんは、「取り立てて既存の教派を「超越」しようとしたわけでなく」とお書きであるが、教会のようなものを作った段階の第1世代では、どこからも教会運営や方針に関して嘴入れられたくなくて、勝手連的に教会を作ったのであろうけれども、第2世代やそれ以降の世代では、それが「教派を超越する」という教会や「他の教派よりも優れている」とか「自分のところだけが正しいキリスト教である」という向きも出てくる。「ただみんなが自然に集まって出来ただけ」であるにもかかわらず、である。

 これは、反知性主義というよりも、過去のいきさつが忘れ去られていくことによるものだと思っている。まぁ、キリスト者では、聖書理解がかなり神とのかかわりのあり方を決めていくので、どうしても、

 「自分のところが正しい」
 ⇒「自分のところだけが正しい」

という思い込みが生じやすいと思う。

繰り返されるイベントとリバイバル 

 現代のフ○ンク▼ン・グ○ハム(ウィ▼アム・フ○ンク▼ン・グ○ハム3世)等の伝道集会やら、リバイバル大会やらで、音楽と説教という劇仕立てのルーチン化したイベントがあちこちで多用される原型に関して、森本さんは次のようにお書きである。
 フィニーのところで前述したとおり、「リバイバル」という現象そのものは、寄せては返す波のようにこうして何度でも繰り返す。そして、そうであるからこそ、リバイバルは成長ビジネスとなる。一度の回心でだれもが聖人になってしまったら、この商売はやがて行き詰ってしまうだろう。しかし、リバイバルはいわば同じ客に同じ商品を何度でも売ることができる。(同書 p.191)
 リバイバルは何度も繰り返していることは、過去のリバイバルの歴史をみればかなり明らかである。このあたりのことは、D.M.ロイドジョンズのリバイバル をご覧いただくとわかるかもしれない。ただ、ロイドジョンズは、リバイバルをビジネスとしてとらえてはいない。純粋に霊性の範囲内でとらえており、祈りによるものと明らかに示している。

 しかし、グ○ハム一族も、本来的にはそういうあり方に反対していたはずの人たちだったはずなのに、Dynastyを構成しているとおかしげなことが起きていそうな気がする。


グ○ハム2世(元祖)


グ○ハム3世(総本家)


グ○ハム4世 (本家)

「なんか、右のひとさし指突出してしゃべる、ってのは遺伝ですか?」
って聞いたら怒られそう

 ここまで書いて、お近くの国の指導者御一族のことを思い出してしまいました、とさ。




イベントドリブン型福音伝道の原型

 しかし、アメリカ型のリバイバルは、割と同じ客に同じ商品を何度でも売る、そのために、場所を変えながらリバイバルのために何度でもイベントを起こす、そして、何度でも信仰者が起きるという経験をしているらしい。そして、アメリカの伝道団体は、このイベントドリブン(イベント志向)型の伝道方法をとりたがる。そして、人が集まらないときには、そのイベントに駆り出された奉仕者が叱責を受けたり、苦情を言われたりする。そういうとんでもない罰ゲームが待っている。そういう意味で、イベントドリブン型の伝道方法って、個人的には、どうなんかなぁ、と思っている。

 さて、このイベント・ドリブンな伝道方法というのは、森本先生ご指摘の通り、初期リバイバル以降アメリカの伝統であるが、音楽が導入されるのは、おそらくこのMoody先生以来ではないか、と思われる。そして、これは、現代の多くの福音派と呼ばれる新興プロテスタントでの特徴でもある福音派諸派で、音楽やPAが重視され、コンサートと見紛うばかりのキリスト教界もあるし(それはそれで悪いとは言わない)、中には、イベントの音響屋をやった方がいいのではないですか?といいたくなるほど、PA関係の機器に詳しい牧師先生もおられる。まぁ、PAは説教が届くためには重要なのだが、そこで真空管アンプが、と言われてもなぁ、と思う。

 周到な準備の後、彼はゴスペル歌手のアイラ・サンキー(1840-1908)を伴って二年間のイギリス伝道旅行に乗り出す。付いた時には無名であったが、説教と音楽という二人の名コンビは、スコットランドとアイルランドの大都市を皮切りにリバイバル集会を繰り返し、どこでも大歓迎されて、二年後にはイギリス中の有名人となっていた。ロンドンだけで、250万人が彼の説教を聞いたと言われる。(同書 pp.192-193)
 ところで、このイギリスでの伝道旅行に、プリマス・ブラザレン(プリマス・ブレズレン)の平信徒の皆さんが、宿泊環境を提供したり、イベントのお手伝いをしたりしたことが、CoadのA History of Brethren MovementやGrassのGathering to His Nameに記載されていた。

 


 なお、このブラザレン派というグループは、その数十年後に英国で行われるビ▼ー・グ○ハム(ウィ▼アム・フ○ンク▼ン・グ○ハム2世)伝道大会でも、かなり積極的に支援したことが、上で紹介した2冊には書かれていた。



評価:
D.M. ロイドジョンズ
いのちのことば社
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(2004-10)
コメント:よい。この本の200ページにブラザレン派のことが出てくる。



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今日はチャールズ・フィニーについて

 チャールズ・フィニー先生については、過去にこのブログ記事 福音派が生まれたころの世界むかし話(4)でも取り上げた。

「ギリシア語読めない、ヘブライ語読めない」の原型

 フィニー先生、ヘブライ語もギリシア語もやってなかったんだ。ふーん。ちょっと前の福音派の宣教師の原型ってのは案外この辺にあるのかもしれない。なお、ギリシア語読めない、ヘブライ語読めないキリスト教の献身者についての替え歌はこちら 宇宙戦艦ニートならぬ宇宙戦艦 KNSHNSHをうたってみたを参照。

 なお、この献身者(KNSHNSH)なり、宣教師類型が発生する原因の一つには、戦後米軍駐留兵のうち、かなりの人数が、自分の信仰による確信により、勝手連的に宣教師になって開拓伝道をはじめられた人々もおられるからである。
フィニーは結局、神学も法律もほとんど独学で学んだ。彼の確信は聖書に由来するだけで、教会の教理問答すら、聖書的な裏付けに乏しいという理由で顧みなかった。牧師になるには、最終的には聖霊の導きだけが必要で、神学教育は無意味である。いくら小難しい神学を頭に詰め込んでも、そんなインテリ牧師の話しは聴衆の頭の上を通り過ぎていくだけである。昔日のピューリタン牧師は聖書解釈のためにヘブライ語やギリシア語を学んだが、フィニーはそれも学ばなかった。聖書は英語で読むことができるだけで、原典から独力で解釈するなどという作業はできない。それでも彼の説教は人々の心に届き、彼の生涯を通して50万人が回心を遂げたと言われている。(反知性主義 p.175)

 今、福音派の牧師先生たちのある程度の部分は、基礎教育として、ギリシア語とかヘブライ語とかはきちんと修めておられる方が多い。しかし、戦後すぐ日本に来られた人々の中には、これらの基礎教育のない方、特に米国系の宣教師の中には、これらの基礎訓練の経験のない方が結構混じっていたようである。

レトリックが重要な法廷と説教?

 フィニーは弁護士(法律家)でもあったことが記載されていた。そして、相手を説得する能力が非常に説教に役に立ったことに関して、森本氏は次のように書いておられる。

法律家としての訓練は、牧師となってからも役に立ったようである。法廷で弁護士が陪審員に向かって話す時には、できる限りわかりやすい言葉や身近な例を使う。聞いているものの心に届くように話し、完璧な証拠を示して、重要な点を何度も繰り返して強調する。彼らが陪審員質へと退出する時には、どんな評決を出すべきかがこころのなかではっきりと決まっている、、というところでもっていかなければなないのである。
 これは、リバイバル説教がなすべきことと同じであった。(中略)フィニーにとって、有能な説教家が養うべき能力は、有能な弁護士と同じ能力なのである。(同書 pp.175-176)
 この辺の説得のアルテ(技術)の説教での活用というのは本来的には結構あると思う。そこで用いられるのはレトリックであり、このレトリックの巧拙が、裁判の結果を締めることは、Law and Order等のテレビ番組を見ているとよくわかる。

 日本の刑事ものドラマは、犯罪捜査か、勧善懲悪か、人情劇のものが多いが(というのは議論を楽しみ、議論で用いられるレトリックを楽しむという文化が日本にはあまりない)、アメリカの刑事ものドラマというよりは法廷ドラマは、犯罪捜査そのものよりも議論を楽しみ、そしてそこで展開されるレトリックを楽しむという部分が多い。日本で、こういうのがなかなかはやらないのは、レトリックの巧拙を楽しむという文化、ディベートの文化といった、ことばで他者を納得させるというあり方そのものになじみが薄いからではないか、と思っている。

 日本でも英国の制度をまねて、Question Timeというものが導入されたが、あれが低調なのも、基本、日本の中にレトリックを楽しみ、レトリックの巧拙で議論をしているのを見て楽しむという文化がないからではないか、と思うのだ。その結果、あいての不正とか相手の失策を声高に責めあうだけの泥仕合になっているケースが多く、本格的な政策論争をレトリックを使って当意即妙な回答と議論で聴衆をうならせる、というところがあまりないように思う。

レトリックはアメリカの文化的伝統

 このレトリックの伝統は、実はギリシア・ローマ時代のレトリックに端を発する。修辞学という学問が昔はあった。いまは目も当てられていないけど。そして、修辞学は、ギリシア・ローマ法体系での法廷論争やギリシア演劇に影響を与えたのではないかと思っている。そして、その影響はローマの遅れてきた子孫である英国の法体系と法廷論争に影響を与え、それがより先鋭化された形でアメリカで発展する。


修辞学でお世話になっているシセロ(キケロ)先生

 以下の動画は、A Time to Kill(告発の時)という映画であり、ミーちゃんはーちゃんが初めてサンドラ・ブロックを個体認識した懐かしい映画であるが、この時の修辞が実に見事だと思ったのだ。事件自体は南部のある州でアフリカ系アメリカ人家庭の娘がレイプされ、そのレイプ犯が差別がゆえに無罪となったことに怒ったアフリカ系アメリカ人の父が、裁判所で銃を乱射しレイプ犯を公衆の面前で怒りのあまり殺したことに関する裁判事案を扱ったものである。

 裁判の中で、偏見や差別観なしに真実と公正を見つめることを求め、あえて、陪審員に目を閉じることを求め、ある少女が、レイプされる状況を描いて見せるのである。そして、しばらくの間沈黙の間を置く。そして、最後に「もし、そのレイプされた少女がヨーロッパ系アメリカ人の少女だったら?」と陪審員(ヨーロッパ系アメリカ人が多い)に問うのである。



アメリカの弁護士の弁舌の例 A time to kill (評決の時)のシーン

 こういうレトリックのうまさ、そして分かりやすさのための演劇性が求められるのがアメリカの法廷劇であり、このために、検事も弁護士もありとあらゆるレトリックの手段を尽くし、最終弁論に臨む。このあたりは、Law and Orderのシリーズ中のエピソードでもレトリックに悩むADA(検事補、実際の訴追をする役職者)の姿がちらっと出てくる。

 Law and Orderやレインメーカーといった裁判ものの映画などは、このレトリックのうまさ加減を楽しむところがある。このレトリックのうまさがは統領選挙などにも持ち込まれる。そのためにはアメリカにはスピーチライターという職業があって、このスピーチライターも政治家の演説の際には、これでもか、というほどのレトリックの技を繰り出してくる。

 この辺りについては、うまい。うますぎる でも、キリスト教の伝統 でもお書きしました。

魔術か宗教か

 宗教と呪術の違いに関するフレイザーさんの議論を記載した後、森本先生は次のように述べておられる。

かつてある日本の新興宗教の教祖が、座禅を組んだまま空中浮遊をして見せた。信者たちはその光景を目の当たりにして盲信的な弟子となり、結局は地下鉄サリン事件を起こすに至ってしまった。しかし、フレイザーの区別からすると、あれは奇跡ではなく、宗教でもない。(中略)どんな手法を使ったかはともかく、特定の手段により、特定の結果を実現させただけなので、それは科学であり呪術である。いずれも、何かしらの種明かしがあるという意味では合理的である。そういう行為は、奇術といってもよい。ちなみに、英語では呪術も奇術も同じ「マジック」である。(同書 pp.178-179)
 あの地下鉄サリン事件、阪神大震災直後に発生しただけに忘れられない思い出である。しかし、空中浮遊が魔術であり、それがきっかけになって信仰に入ったインテリたち、そして、そのインテリたちが、その科学技術の粋というのか、錬金術あるいは魔術で鍛えられあげた科学の粋を使って、サリンを作り上げていくというこの残念さ加減。何とかならないのかなぁ、と思う。

 技術者のはしくれとして思うが、確かに技術は魔術的な魅力を持つのだ。この辺りのことは『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (7)『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (10) の記事においてもすでにふれたところである。

 アメリカの有名なバスケットボール・プレーヤーの一人にその華麗なプレイスタイルで知られた、ロスアンジェルス・レイカーズのマジック・ジョンソンがいるが、しかし、この場合、マジックという意味は、鮮やかな、神業の、というような意味でのジョンソンであり、呪術とかではない。しかし、『呪術ジョンソン』だと、なんだかなぁ、になってしまう。



Magic Johnson(『呪術ジョンソン』って俺のこと?)

社会に対する預言者的存在であった実践家フィニー

 いまでは、社会的福音というとすぐリベラルというラベルを張っていただけるが、もともとフィニーのように福音派でもかなり弱者への目線、社会の現状を前提としない姿があったことに関して、以下のように書いておられる。

 フィニーの実践思考は、奴隷開放や禁酒運動や障がい者扶助などといった社会改革にも道を開いていった。彼は、女性や黒人の社会的進出を積極的に応援した。神に祈ることや、福音の宣教をすることは、男だけの仕事である必要はないし、白人だけの仕事でもない。フィニーは、男女混合の集会で女性が前に立って祈りをささげることを奨励したが、これは当時の慣習からすると画期的なことであった。(pp.182)
 このような弱者への対応をフィニー先生がなさっていたことは、不勉強にして知らなかった。ただ、そもそも、このフィニー先生の行動の根源はこの聖書の言葉にあるのだろうと思う。

口語訳聖書マタイによる福音書
 25:34 そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。
 25:35 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、
 25:36 裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。
 25:37 そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう、『主よ、いつ、わたしたちは、あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、かわいているのを見て飲ませましたか。
 25:38 いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せましたか。
 25:39 また、いつあなたが病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。
 25:40 すると、王は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』。
 25:41 それから、左にいる人々にも言うであろう、『のろわれた者どもよ、わたしを離れて、悪魔とその使たちとのために用意されている永遠の火にはいってしまえ。
 25:42 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせず、かわいていたときに飲ませず、
 25:43 旅人であったときに宿を貸さず、裸であったときに着せず、また病気のときや、獄にいたときに、わたしを尋ねてくれなかったからである』。
 25:44 そのとき、彼らもまた答えて言うであろう、『主よ、いつ、あなたが空腹であり、かわいておられ、旅人であり、裸であり、病気であり、獄におられたのを見て、わたしたちはお世話をしませんでしたか』。
 25:45 そのとき、彼は答えて言うであろう、『あなたがたによく言っておく。これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである』。
 こういう社会において預言者的役割を果たすのは、リベラル派の専売特許ではなかったし、こういう社会において最下部で紹介しているブルッゲマンが『預言者の想像力』で指摘するような預言者的枠割を果たした人として、典型的な福音派的人物としてのフィニーさんがおられたことはもっと知られてもよいことではないか、と思う。








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 これまでの記事は、こちら 反知性主義をめぐるもろもろ から。

アメリカにおける反知性主義的な政治の伝統

 アメリカの反知性的な政治思想の代表例として、ジャクソン大統領の例が紹介されていた。このジャクソン大統領のことを思うと、どこぞで、ダボヤと呼ばれていた近年の大統領がこの語の関連で思い出される。彼の場合は反知性主義と呼んでいいのかすら、疑問であるかもしれないが。今度は、その弟のジェブ君が出るらしいが。ジェブ君は、まだまともなのかしらん。

 なぜ、他国の大統領のことを失礼にもそう思うか、というとこのダボヤと呼ばれる大統領には、迷言録があってBushismとアメリカ合衆国内でも言われるほどであったからである。


NBCによるBushism(ブッシュ妄言録)

 この動画の中には、Misunderestimate っていうすごい単語が出てきたり、27秒前後からは、人間と魚が平和裏に共存できるといってみたり、とまぁ、すごい迷言の連続である。英語力の向上(かえって低下するかもしれないが)のために是非ご覧いただきたい。

 なお、このダボヤと呼ばれるブッシュ大統領に非常に批判的な動画は、MSNBCが自分たち自身で作った動画をもらってきてお示ししたまでであり、ミーちゃんはーちゃんはこの動画作成に一切タッチしていない。



George H W Bush(パパ ブッシュ)


George W Bush(兄 ブッシュ)


John Ellis Bush(弟 ブッシュ)

 しかし、ここまで続くと、Bush Dynasty(ブッシュ王朝)と非難されても仕方ないだろう。ジェブ君(弟ブッシュは、現在フロリダ州知事)このことに関しては、後に別記事で触れる予定である。

ジャクソン大統領によるアメリカの黒歴史
 ここで反知性的な大統領第1号として栄誉ある地位を獲得したのが、Jackson大統領である。この大統領には、結構黒歴史が付きまとっている。その代表的な例が、ネイティブアメリカンの土地の強制的な取り上げであり、Reservation(日本語では居留地)と呼ばれる狭苦しい土地への強制移住である。
彼(ジャクソン大統領)の見た「アメリカ人民」には、黒人や先住民や女性は含まれていない。ジャクソンは、先住民の強制移住を勧めたが、必要な場合には容赦なく駆逐し殺戮するという方法をとった。広がりゆくフロンティアは、基本的には白人入植者が保有すべきものであって、原始的な生活を好む先住民とは共存できない。だから彼らをできるだけ遠くの居住区へ隔離して、直接の接触を避けるべきだ、というのが彼の考えだった。先住民が先祖代々受け継がれてきた土地を去らねばならないことを悲しむと、彼はピューリタンが新天地を目指して生まれ故郷を去ったことを引き合いに出した。政府が無償で土地を与え、移住のための秘奥まで負担するのだから、先住民はありがたく思え、とすら語っている。チェロキー族は、強制移住法により、1838年の冬にオクラホマまで移住を強いられて4千人を失ったため、その道程は「涙の道」と呼ばれている。(反知性主義 pp.165-166)
 案外と知られてはいないが、アメリカの統計局の定義するフロンティアというのは、1平方マイル当たり、いわゆる白人(ヨーロッパ系移民)が6人以下の土地であった。この中には、狩猟民族のため、定住しない種族も多かったネイティブアメリカン諸部族の人々は入っていないし、アフリカ系アメリカ人も、アジア系アメリカ人も含まれてはいない。基本的に農作物等の収穫のために季節移住をするような人々を人間としては認めなかったのだ(要するに家畜と定義上は同じ扱いであった)。

 以下の動画はモヒカン族の最後を扱った、The Last of the Mohicans の予告編であるが、この中にも彼らが非常にひどい目にあったことが描かれている。 
 
 映画 The Last of the Mohicansの予告編

 また、この連載として紹介し続けている『反知性主義』の本の159₋160ページ当たりで、このジャクソンの時、現在の大統領選挙戦の原型が実は形成されたことをお示しである。つまり、ネガティブ・キャンペーンそのものや、テレビ演説の原型となった一般演説会、今や大統領選になぜか欠かせない野外ラリーと呼ばれる野外集会やバーベキュー大会などもこのジャックソンとその前職のアダムズとの一騎打ちが原型であることが同書では指摘されていた。



アメリカの日常生活で結構お目にかかることの多いJackson大統領の乗った20ドル札


Harkin 上院議員への応援演説をするヒラリー女史。美貌のおちがかなり激しい。

 1997年にテレビで選挙戦を見ていたときは、もうちょっとお美しかった気がする。多分、それは気のせいかもしれない。

 ところで、1990年代末、まだ、テロもなく鷹揚な時代に、The Evergreen State Collegeとうワシントン州の州都Olympiaにある大学で約半年教鞭をとったことがあるが、その時の同僚に、Martha Hendersonという女性地理学者がいる。彼女は、大学院時代の博士論文がジェロニモにみる西部フロンティア開発についての地理学的考察だったらしく、このあたりのことはやたらめったら詳しかったのを思い出した。本論とは関係のない話であるが、非常になつかしい思い出である。

 なお、このThe Evergreen State Collegeは、実はもともと、Native Americanの人たちの居留地だったところに、Native Americans との和解と協調的併存の象徴としてつくられた大学であって、全米でもリベラルアーツの分野では屈指の大学の一つである。キャンパス全体、ファカルティ全体に非常にネイティブ・アメリカン文化に対する尊敬が見られた。


Prof. Martha Henderson
ジェロニモとその子孫を追っかけた女性地理学者


 この大学(The Evergreen State College)の卒業生の一人が、アニメ シンプソンズを制作しているので、The Evergreen Terrace という地名が、The Simpsonsには、かなり出てくる。


息子のBart君へあてられた手紙のEvergreen Terraceという文字


The Evergreen State College

 ミーちゃんはーちゃんが教壇に立った(一応英語のようなもので講義した)こともあるThe Evergreen State Collegeは、もともとネイティブアメリカンの居留地であったために、まさにこんな感じの林の中に立っているような学校であった。非常にエコロジカルなことに関する意識の高いこの学校の環境科学研究科のようなところで教えていた。

 後ろにネイティブアメリカンアートの木の彫像が見える。

Davy Crockett に代表される反知性主義

 1990年くらいまでに子供時代を経験したアメリカ人なら、Jackson大統領時代のアメリカ人で、割と有名な人物(日本では知られてないことが多いようだが)Davy Crockett というむちゃくちゃな人物がいる。その人物伝を森本先生の本から引用してみたい。

 のちに伝説的な英雄となるデイヴィー・クロケット(1786-1838)も、この時代の人物である。アメリカの子供たちが歌や逸話で知っている彼は、素手で 熊をやっつけ、トレードマークのアライグマ帽をかぶり、愉快なほら話をして人気を集め、荒物砦の戦いで勇敢な死を遂げた人物である。しかし、彼は同時にテ ネシー州の治安判事であり、州選出の連邦議員であった。一体どこでどうやって法律家になる勉強をしたのであろうか。実はクロケット自身も「法律の本など生 まれてから1頁も読んだことがない」と豪語している。書けた字は自分の名前だけだったという。それでも彼は州の法廷で、立派に判事としての職を遂行することができた時代であった。(同書 p.166)
 ヨーロッパ人からしたら、そして、近代人からしたら、実に無謀、実に粗野、実に荒くれ者的な生き方である。 だいたい法律書も読んだこともなくて、そして字が書けるのは自分の名前だけ、っていうことで社会の安寧を担保する社会の要職である裁判官が務まる、というのがこの時代であったようである。

 そして、弁護士や検察官(いずれも、法律家、Attorneyとも呼ばれる)が繰り出したであろう、法律的なマニューバー(法廷戦術)への対応ができた時代である。実は、アメリカの陪審員制度というのは、かなり、この時代の反知性的な雰囲気と密接な関係にある制度だと思っている。つまり、証言の真実性や有罪の認定を専門家がするのではなく、ど素人集団の陪審員団がやってしまうということがあり、実は差別などと結びつくと被差別者に対して不当に不利な判決が、特に南部諸州で頻発したことが知られている。なお、このCrockettという人物は、南部テネシー州を中心に活躍したらしい。



DisneyのDavy Crockett の人生に関する歌

 なお、うえのDisneyのBallad of Davy Crockett ではJacksonの名前も出てくるしCrockett自身はThe King of Wild Frontier とうたわれている。しかし、王制を持ったことのないアメリカでKing 王ってどやさ、って感じではあるけれども。



映画になった時のDavy Crockettのポスター


薄っぺらで新しいアメリカという国家
まるでディズニーランド

 ジャクソン時代(今もだ、という噂はあるが)が非常にやすっぽっく薄っぺらだったことに関して、上記のDavy Crockettとのかかわりで、森本先生は次のように書いておられる。 

それは(ジャクソン時代の新しい平等意識と民主的な精神)は、薄っぺらで安っぽいが、新しいものを生み出そうとする活力にあふれている。他の人が何を言おうと、有無を言わさぬ自信に満ちた時代であった。(p.167)
 ところで、薄っぺらで安っぽいけど、幸せなアメリカを体現しているのが、実は、ディズニーランドだと思うのだ。世界で最も幸せな場所、The Most Happiest place on earthとも宣伝文句にあるが、しかし、ディズニーランドはよく考えてみたら、非常にアメリカ的なのだ。以下の話は、10年ほど前のカリフォルニアのディズニーランドの記憶からである。

Disneyland に示されたアメリカの歴史

 まず、入って最初が自分たちの現在の消費文化を示す、Main Street USAであり、そして、Disneyland Railroad 西部開拓時代の蒸気機関車を模したもの 多分重油で動いているっぽい)そして、ディズニーランドを一周すると、現在から順次過去に戻っていく展示でできており、特にビッグサンダーマウンテンや一周して回ってきた最後にある古代生物などのセットは、かなりベニア板多用の薄っぺら感があって痛々しかった。

 そして、Country BearsたちがいたCritter Countryやスプラッシュマウンテン、ビッグサンダーマウンテンのあるフロンティアランドは西部開拓時代を表象し、そして、トゥモローランドでは、スペースマウンテンやスターツアーズで将来の宇宙開発へのあけすけな夢が語られているし、オートピアでは、アメリカ社会の自動車依存体質をゴーカートという形で体感できる。

 そして、カリブの海賊では、アメリカ合衆国開発前史ともいうべき、コロンブスが間違えてインドだ、と思ってしまったために始まったカリブ海での植民地開発の一端に触れることができる。The Pirates of Caribbeanは今では、映画を先に見ている人が多いので、あれが、ディズニーのアトラクションが先であったことだけは触れておく。

 なぜ詳しいかというと、カリフォルニア在住当時、何度も子供と一緒に行ったからである。

明治維新の志士に影響した反知性主義
 反知性主義の革命思想性に関して、森本先生は次のようにお書きである。

 反知性主義は単なる知性への軽蔑と同義ではない。それは知性が権威と結びつくことに対する反発であり、何事も自分自身で判断し直すことを求める態度である。そのためには、自分の知性を磨き、論理や構造を導く力を高め、そして何よりも、精神の胆力を鍛え上げなければならない。この世で一般的に「権威」とされるものに、たとえ一人でも相対して立つ、という覚悟が必要だからである。だからこそ、反知性主義は宗教的な確信を背景にして育つのである。(同書 p.177)
 この部分を読みながら、日本が明治維新後1940-1945年の時期を除き、なぜアメリカを一種の国家モデルとしてきた部分があるのか、そして、アメリカ型のキリスト教を輸入し、それが定着する可能性があったのかの背景となったのかにかんしてピンときた、というか、「あっ、察し…」となったのである。なお、明治維新後は、学問や学制、刑法はドイツ系のものを利用し、民法はフランス、海軍は大英帝国、国際政治や国際関係はアメリカという感じで理解すれば、まぁ、かなりの部分はカバーしているといえよう。なぜ、国際政治や国際関係でアメリカとの連携が模索されたか、といえば、アメリカが当時の日本と同様に乞う発の新興国家であり、付き合いやすかったし、また、太平洋を挟んで向かいにあるので地の利の関係で近かったというのはあるだろう。

反知性主義の革命性と志士

 しかし、それと同時に、明治維新は、実は非常に革新的な思想の結果であり、革命的な思想であったからではないか、と思う。つまり、従来の権威性を否定しようとしたのだ。江戸幕府、お上というその権威に対して、薩長土肥の下級武士が反逆したのが明治維新ではないだろうか。幕末の志士たちは、各藩にあっては、上士という藩の代々続くお歴々の家老や年寄りクラスに反逆する手近な類例というか根拠として、このアメリカの反知性主義とその根拠になったアメリカ型の平等主義、そしてその根拠になったキリスト教に対する関心が深かったのだと思う。理念としての人権思想ではなく、討幕運動に手直にあった思想として、アメリカの反知性的な思想を持ち込んだように思うのだ。

 つまり、彼らは反逆思想、四民平等の思想としての根拠への関心をもって聖書を読んだのであり、キリスト者になるつもりも、キリスト教国にするつもりもさらさらなかったと思うのだ。つまり、討幕の思想的根拠として、聖書を読んだだけであり、それで神やキリストに対する信仰を持つつもりも、その重要性を理解するつもりも、恐らくはなかったと思われる。もし、聖書を読んで幕末の志士が信仰を持ったなら、維新後すぐにキリスト教禁教の高札を外したはずであるし、全国への指令としてキリスト教を国教化すべしと命令したであろうが、そうは問屋がおろさなかった。もちろん、一部にはキリスト者になった人々もいたが。

 某いのち○ことば社の「聖書を読んだサムライたち」という本やDVDがあるらしいが、きっとここらのことに関して、それらのものの中では、実に懇切丁寧に解説しておられることと期待したい。個人的には、なんだか龍馬伝に便乗した残念なキリスト教書のようなもの、としか思えなかったので、手に取ることすらしていない。恥ずかしいではないか。便乗なんて。そして、それに便乗して、伝道に用いるなんて、もっと恥ずかしいことではないか、と思っている。

 それより、昔の聖書図書刊行会の貴重な図書の復刻版を刊行する方が先だと思う。某いのち○ことば社が、「私たちは伝道団体であり、営利団体ではございません」とご主張になるなら、それが先ではないか、と思う。

 余談に行き過ぎた。

 実は、明治期前後(江戸末期を含む)のキリスト教への対応の研究をしていて思うことは、実は儒学の陽明学の原型として、キリスト教にアプローチしようとしたような気がする。陽明学は、大塩平八郎の乱に見られるように、かなり過激な革命思想なのであり、キリスト教とよく似ている。

 聖書はご禁制物資だった、とご主張の向きもあろうが、そこはそれ、琉球をかました密貿易は薩摩の得意技であり、それで莫大な利益を薩摩藩は上げていたし、辺境にあって幕府の目が届かないことをいいことに、上海あたりから漢訳聖書位は簡単に沖縄経由で輸入されたのではないかと想像して、ニタニタと楽しんでいる。

 よく日本やアジア的な思想は平和主義というようなことをおっしゃる向きがあるが、中国や我が国の超安定期でもあったはずの江戸期にも、このような暴力的革命思想があったことは忘れてはならないと思う。







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前回までの連載はこちら反知性主義をめぐるもろもろ から。

 今回は、メソジストとバプテストがアメリカでも急伸したことが、述べられていた部分を中心にご紹介いたしたいと思います。

メソジスト急伸!

 メソジストが急伸した背景に関して、森本先生は、巡回説教者が活用されたことに関して、次のように述べておられる。

 急成長の理由は、監督制と巡回牧師制という機動的なシステムである。監督制とは、教会は担任する牧師の上に「監督」という職務が存在して、いわばその上司が牧師を派遣したり移動させたりする制度のことである。ピューリタンはこのような上下関係をカトリック的であるとして嫌ったが、メソジスト教会はこの制度のおかげで数年ごとに新しい牧師を迎えることができた。
 また巡回牧師制とは、それまでのリバイバリズムで活躍した「自称」巡回説教者を正式に認めて採用したものである。(中略)そこで、馬に乗って各地を回り歩く牧師を任命し、広い地域を担当させることにしたのである。(反知性主義 p.147)
 巡回牧師というのは、Circuit Ridersと呼ばれたようである。雨が降ろうが槍が降ろうが、町から町へ、たどり着いたらそこの家庭で飯を食わせてもらいながら、伝道をしていったようである。まるで、伝道するホームレスのような生活だったに違いない。
 しかし、まぁ、このあるもんはなんでもつかっちまえ的な「自称」巡回説教者を正式の説教者にするという発想というのは、どうなんかなぁ、と思ってしまう。まぁ、「福音を語る」、すなわち「神の元に戻れ、神とともに生きよ」というだけであれば、自称だろうがちゃんとした叙階を受けた司牧であろうが、ミーちゃんはーちゃんのような平信徒だろうが、その「味わい」や「趣」は大きく違うとしても、メッセージそのものにはそう大きな違いがない。しかし、「味わい」や「趣」といった微妙なところはどう考えても、違うと思うのだ。


メソジスト派の巡回説教者 Circuit Rider

 ただ、とにかく空腹な人には、この「味わい」や「趣」ということよりも、空腹を満たすことの方が重要で、うまかろうがまずかろうが、とりあえず食べられるものであればなんでもいいのだ。その意味で、アメリカ人の一部には、「味わい」や「盛り付け」と言ったことよりも、ボリュームど〜〜〜〜ん、ということが重要なのである。

ファーストフード型の聖書理解・
スローフード型の聖書理解

 ところが、社会が豊かになって、「味わい」や「美しさ」が求められると、さすがに、メガ盛り命では済まなくなってくる。

 その意味で、メソジストが伸びた時期は、福音に対する飢えが切実であったため、「味わい」「雅趣」と言ったことよりも、「早い、ボリューム満点、安い、うまい」のファーストフード型の福音が求められ、それを「自称」巡回説教者の説教が求められたようだ。

 別にファーストフード型のお手軽な福音が悪いとは言わない。だって、ファーストフード型のキリスト者集団にミーちゃんはーちゃんはいるから。ファーストフード型の聖書理解がダメと言ったら、自分に対してダメ、っていうことになる。

 ただ、ミーちゃんはーちゃんが思うに、ファーストフード型の福音や聖書理解はいずれ飽きられてしまう。人々や社会は変わるのだ。

 そして、人々はスローフード型の何かに回帰するのではないか、と思うのだ。そうしたら、ファーストフードしか提供しようとしないレストランは、人々から忘れられてしまう様に思うのだが。まぁ、それはそれで、一興ではあるが。

 現在のアメリカでの聖書理解の変容にも表れているような気がする。ファーストフード型のパターンにはまった教会運営に飽き足らない人々が出てきて、もっとかみごたえがあって、消化するのがかなり時間を要する聖書理解に移りつつあるのであり、古プロテスタントへの回帰やカトリックや正教会系、米国聖公会系への回帰がアメリカの30代から40代でおきているらしい。こちらの記事 Young Evangelicals Are Getting High を参照。

 「正教と、聖公会と、カトリックは、キリスト教界のスローフードやぁ。」(彦麻呂風で)


永平寺の朝食              Y金井氏のある日の朝食 阪急そば朝定食

アメリカのDinerでの朝食   ラーメン二郎 のメガ盛り(雅趣に欠けるなぁ)

無学がよいとする伝統

 メソジスト派などで、巡回伝道者たちが無学がよいとする伝統の聖書的根拠に関して、森本さんは次のように書いている。

 彼ら(引用者注 メソジスト派の巡回牧師)の催す集会は、礼儀正しい人ばかりが集まるわけではない。中には乱暴を働くものや、初めから追っ払っているような連中もある。騒動になれば刃物も鉄砲も飛び出しす。それでも、開拓者の家族がまだ幌馬車から荷物を下ろしているころ、最初にやってきて挨拶してくれるのは、メソジストの説教師だった。
 そんな百戦錬磨の彼らであるから、話が面白くないはずがない。庶民的でわかりやすく話さなければヤジが飛んでくる。巡回伝道は駆け出しの説教者にとっては厳しい実地訓練の場であり、成功した説教者にとっては最高の晴れ舞台なのである。
 説教は、学校で勉強すればできると言うものではない。神学を学べば牧師が育つと考えるのは、牧師を教師や医者や弁護士のような世俗の職業と同列に考えることである。ペテロはイェール大学に通ったこともない、無学な漁師ではないか。(中略)だから神は、大学卒のジェントルマンではなく、私のように無学で素朴な自然人をお用いになるのだ!これが反知性主義の心意気である。(同書 p.148)
 これ、うちの人たちが神学教育を否定する論拠とほぼ同じである。まぁ、うちはセクト主義的な教会群なので、こうなるのはある面理の当然ではあるが。

 まぁ、「無学でもよい」というくらいはまだよいと思うのだが、極端に突き進んでしまうと、「無学がよい」「無学であるべし」「教育などない方がよい」「教育などは純粋さを奪うので受けるべきではない」になってしまうのだ。

 本当にそうなのだろうか、と思う。日本のように大学の大衆化が進んでしまい、大学卒が30年前の高卒程度、高卒が同じく30年前の中学卒程度のあしらいを受ける(まぁ、実態的にも今の大学卒は、昔の高卒程度と思った方がよろしい。なぜ、そうなるかは諸説あるが)時代を迎えているのに、未だに大学への敵視や、学問そのものへの敵視がある向きも少なくない。

 そして、学問へのあるいは思考への軽視があるあまり、霊性というのか、聖霊の働きに急速に大きく舵を切る方がたもおられる。「聖霊に導かれました」「聖霊に示されました」「聖霊がお語りになりました」ということが正々堂々と言われる。それは否定はしない。それは重要なことである。しかし、パウロは次のようにも言うのだ。

【新改訳改訂第3版】汽灰螢鵐
 14:12 あなたがたの場合も同様です。あなたがたは御霊の賜物を熱心に求めているのですから、教会の徳を高めるために、それが豊かに与えられるよう、熱心に求めなさい。
 14:13 こういうわけですから、異言を語る者は、それを解き明かすことができるように祈りなさい。
 14:14 もし私が異言で祈るなら、私の霊は祈るが、私の知性は実を結ばないのです。
 14:15 ではどうすればよいのでしょう。私は霊において祈り、また知性においても祈りましょう。霊において賛美し、また知性においても賛美しましょう。
 この部分を文脈で読む限り、パウロは、御霊の賜物として、知性をも含めているように思えないだろうか。私には思えるが、それは多分、私の勘違いなのであろう。しかし、きわめて霊性の影響が強い祈りにおいて、賛美においても知性が言及されていることは無視されてはならないと思うが。

 この記事の最下部で紹介する心の刷新を求めて、という読みやすい本ではないが重要なことを説明しようとしている本がある。翻訳者が悪くて読みにくいのではない。内容が重大すぎて、安易に読めない本であり、じっくり読むべき本である。同書の中で、実は、知性、こころ、精神、魂が実に深く、かつ複雑に繋がっていることが示されている。それを、はい、これは、知性ですから駄目です、はい、これは知的だから魂の問題とは関係ありません、とする安易な分析的な思考法の限界がダラス・ウィラードの隠れた重要なテーマであると思うのだ。我等は安易に、この魂とまつわる世界を扱っているような気がしなくもない。

 ところで、私のいる教会群の別の教会に過去おられた、この教会群生え抜きの現在日本の旧約学界でも重鎮の方がおられるのだが、この方は、実は教会群の中でもかなり古い信徒さんの2世さんでもあるのだが、結局、私のいる教会群の中での「知的なもの」への冷遇に耐えかねたのだろうか、今は別の教会群に集っておられる。

 まぁ、私も講壇に立たせていただくことはあるが、過去には、「あなたの説教は学校の授業のようだ(大意)」というくらいの嫌味も言われたことは何度かある。といわれたところでスタイルはそうは変わらないし、変えられない。自分の与えられた賜物を生かすことは大事だと思うからである。それこそ、知性も神の与え給うた賜物であると思うからである。

 ファーストフードフリークは、それはそれで素晴らしいと思う。しかし、世の中、ファーストフードしかない世界なんて、個人的には面白くない、と思うのだ。ファッションだってそうだろう。人民服や国民服しか着てはならなかったら、つままらんのだ。それは中学生の制服見てたらよくわかる。彼らは定められた範囲の中で、ぎりぎりの線をつきながら、自分のオリジナリティを出そうと努力しているのだ。それほど、神が人に与え給うた多様性への希求というのは、非常に強いものだと思う。

メソジスト、それは読み書きのできるバプテストw

 メソジストとバプテストの違いについて、19世紀のアメリカ人がどう思っていたかのエピソードをリバー・ランズ・スルー・イットの中から、森本さんは拾っておられる。
 前述の「リバー・ランズ・スルー・イット」にとても面白いシーンがある。幼いノーマンが「メソジストって何?」と尋ねると、父は「読み書きのできるバプテストさ」(Baptists who can read)と答えるのである。つまり、バプテストは読み書きもできないが、メソジストはもうちょっと上で読み書きくらいはできる、ということである。もちろんこれは、長老派というインテリ牧師から見た話で、バプテストもメソジストも同じくらいバカにした言い方である。
 実はこれは映画館で見るバージョンにしか出てこない(中略)アメリカ人はこういうジョークが大好きである。自分がバカにされたそのバプテストやメソジストだと、一層喜んで大笑いする。(p.149)
 しかし、「メソジストって何?」と尋ねると、父は「読み書きのできるバプテストさ」(Baptists who can read)ってまぁ、すごい表現であるが、案外、この種の自虐的なネタはアメリカ人は大好きなのである。まぁ、自分たちの仲間だ、という信頼のある範囲で、ではあるが。しかし、これをアメリカ南部(特にDeep South)で英語もおかしい日本人は言わない方がよい。命が危なくなりかねないからである。
 バプテスト教会には、メソジストのような中央集権的全国組織がない。そこには牧師を任命する監督もいなければ、任命されるべき巡回牧師もいない。西部で彼らの伸長に貢献したのは、普通の開拓農民である。彼らは他の入植者と同じく自分で働くうちにある日神の「召し」を受けて仲間に説教を始めるのである。終日は自活しているために、経済的には誰の負担にもならない。プロテスタントの教会では原則的に教会員が牧師の給与を負担するが、信徒であるまま伝道するものは開拓地に最適だった。初期のバプテストは、牧師が教会にやとわれて給料をもらうのはおかしい、と主張していたからである。
 その代わり、彼らは説教者となる訓練や準備を受けたこともなく、本を読むようなゆとりもない。仲間に認められてその教会の牧師になるだけなので、牧師の肩書はすぐ隣の教会でも通用しない。これを「各個別教会主義」とよぶ。(中略)自分の教会外から干渉されるのを好まず、中央からの統制を思わせるような事には同意しない。自分の知らない中央からの権威は、教会であろうと政府であろうと、認める理由がないのである。ここにもラディカル・セクトの遺伝子が生きている。(同書 p.150₋151)
 この部分を読みながら、あぁ、うちのキリスト教会群と同じだ、と思った。うちで生きにくくなった人のアメリカでの行先は、バプテストらしいですが、そら、精神世界が基本同じで、平信徒主義(その結果、牧師が教会を雇うのはおかしい、という御主張の向きも今なおおられる)という点でもよく似ているなぁ、とこの部分を読みながら思った。まさしく、うちにもラディカルセクトの遺伝子を受け継いでいるのだと思う。

牧師のなり方

 このことで、思い出した。当時高校生であった長男から「牧師ってどうやってなるのか?」って聞かれたことである。別に牧師への召命観があるわけではなく、世間の牧師と呼ばれる人がどうやってなっているのか、を聞かれただけである。

 カトリックでは、かなり長期間の哲学の訓練、そのあとにまたかなり長い神学の研鑽があり、プロテスタントでも、原則は、3年から4年の神学研究、望むらくは別分野の大学在学経験がある方がよく、さらに言えば、神学硬は二つ程度は出ておいた方がよいだろう。しかし、ある教派群では、「示されました」といえば、それで牧師になれるところもないわけではないと思うけど、とは話した。

 「そんな簡単なところもあるのか?」と聞かれたので、「ないわけではないけど、そういう方の中には牧師になってから困る人もいるみたいねぇ」と話したら、息子殿、「明日から、学校行って『あ、実は、牧師なんで…』って遊ぼうかなぁ」と返答があった。しょうがない奴である。

アメリカの教会事情
 アメリカの現在の社会と教会とのかかわりに関して次のようにお書きである。

今日アメリカのキリスト教には、多くの教派が入り乱れて存在するが、それは教理上の違いによるものではない。教派の性格を決定するのは、伝道の方法や対象、伝道者が活動した地域、成員の社会階層や教育程度などである。(同書 p.153)
 この構造は日本でも同じである。特に戦後から伝道が始まり、定着したキリスト教群は、どのグループが伝道したかに大きく依拠している。戦後間もなくの段階で、いくつかのグループが同時に入ってきたときに、地域割を自分たちで決めて伝道するという方針を定めた形跡(実物テキストは現在捜索中)があり、日本の都道府県レベルで、教派の分布には明らかな特徴がみられる。その定量的研究もしてみたいという希望があるのであるが、やること多すぎで、こちらにまで手が回らない。一度、西部の福音主義神学会(非会員)で青田(実が取れないタダ見の客)をした時に、雑談でこのネタを提供したことはある。

 アメリカの教会で案外重要なのは、書かれてないけれども、住民のEthnicityというのは案外重要な要件であると思う。地域住民にどの国の出身者の住民が多いかで、特定の教派の教会が存続できるかどうか、ということが決まる模様である。

 アメリカにいたときに行っていた教会では、スラヴィック・バプテストの教会とキャンパス(敷地)を共有していた。一度、スラヴィック・バプテストとの共同聖餐式があったが、ロシア語でパスターが語るのを逐次通訳で英語で聞いていたり、お隣の席に座られた女性信徒の方は、見るからにロシアのおばあちゃん、という感じの身なりの方であった。公的な差別はないものの、言語による障壁や生活の差というのは影響が少なくない模様である。なお、彼女は英語はわからなかった。

 ちなみに、自分が何度か通った散髪屋さんは、ロシア系住民の理容師の方が多い散髪屋さんであった。そしたら、教会のキャンパスである日バッタリ。それで、ディスカウントがあったわけではないけど。

所属教派ごとの会衆の違い
 アメリカの教会のドアの付近に立つと、その教会ごとに人々の服装や顔つきが違うし、また、しゃべっている言語も違う。アメリカには明確な社会クラスはないが、人種と職業と収入からなる漠然としたクラスは存在する。それについて、このようにお書きである。
 もともとプロテスタントは、聖書のみを掲げて出発しているが、アメリカではこれが特定の教義を掲げない「神学なし」「信条なし」という意味になる。それに代わって各教派の違いを色分けするのが、所属会員の収入や学歴である。(中略)長老派は「大学に進学したメソジスト」、アングリカン派は「投資の収益で暮らす長老派」などという序列で語られた。
 それっでも、信仰復興運動は教派を超えてアメリカのキリスト教に一つの共通感覚を醸成したということができる。それを「福音主義」(エヴァンジェリカル)と呼ぶことは、すでに紹介したとおりである。素朴な聖書主義、楽観的な共同体志向、保守的な道徳観がその特徴で、今日でもそれは健在である。(中略)これらの陣営に数えられる人々は、プロテスタント・カトリック・ユダヤ教など宗派間の垣根を越えて日常的な価値観を共有しており、政治や投票でも似通った動きを見せることが多いからである。(p.152₋153)
 たしかに、長老派は「大学に進学したメソジスト」、アングリカン派は「投資の収益で暮らす長老派」という部分はあるだろう。それを序列というならば。うちはさしずめ、高級なアメリカ製の鉄の馬車(リンカーンとか)に乗るアーミッシュである。
 アメリカでは乗る車の車種、メンテナンスの状態、年式によっておおむねその人の年収<可処分所得>がわかる。まぁ、中には趣味で、60年代のフォードのボンネットトラックに乗っている人もいるけれども、よほどの主義主張がない限り、金持ちは、基本、ラグジュアリータウンカーと呼ばれるリンカーンコンティネンタルやレクサスやアキュラ(ホンダの上級ブランド)に乗るのであって、まかり間違ってもカローラやシヴィックに乗ってはならないような雰囲気がある。というのは、場違いな服を着るのと同じで、まともな対応が受けられないからである。


Lincoln Town Car Sedan


Ford の1950年代のSUV

 次回へ続く


評価:
価格: ¥2,592
ショップ: 楽天ブックス
コメント:やさしい本、読みやすい本ではないが、考える手がかりはくれる。おすすめである。



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 これまでの、連載は、こちら 反知性主義をめぐるもろもろ  をご覧ください。

リバー・ランズ・スルー・イットで描かれた
America the Beautiful


 第4章の中で、「リバー・ランズ・スルー・イット」のご紹介と、アメリカのエマソンなんかの自然主義文学(これも立派なアメリカの文化的伝統の一部を形成している)をご紹介しておられる。この映画は、モンタナが舞台である。下記の予告編の50秒あたりに本文中でふれられてもいる In Montana there's three things we're never late for: church, work and fishing.という有名なせりふが出てくる。


 いや、モンタナはシアトルから車でYellow Stone National Parkに訪問する途中、8月の初旬に訪問したのだがいやぁ、実にきれいなところであった。まだ、当時3歳の長女が「金色の海だ」と風にたなびく延々と続く麦畑の麦穂を見ていった程であった。


The River Runs Through it の予告編
 上記映像50秒あたりに本書本文でも取り上げられた、モンタナでの3つの遅れてはならないことがでてくる


America The Beautiful


エマソンの理性と反知性主義の微妙な関係

 エマソンの詩は、ハーバードでは卒業式や入学式でふれられたり、ちょっと学のある人々の中で、好まれている詩作であり、アメリカの詩歌文学の金字塔(ピラミッド)の一角を占める、という感じがする。ところが、このエマソンの思索には、アンチヨーロッパ、アンチ権力の部分があり、特にヨーロッパ、何するものぞ、という部分がありそうな気がする。まぁ、それだけ、手つかず(Pristine)の自然をうたった部分がある。その意味で、反知性的(というよりは反権力的)で少し乱暴なところがあるのだ。

面白いことに、彼(引用者注 エマソン)の理性という言葉は、「信仰」という言葉で置き換えても全く同じように通用する。そこには、宗教改革の左派セクトと共通のラディカルな平等主義が流れているからである。どんなに権威ある制度も、神の前には一つの被造物的存在にすぎない。ヨーロッパの知的権威が彼の眼には何の権威を持たないように、長い歴史と伝統のある教会も何の権威も持たない。各人の生きた理性や信仰は、それらの古い権威と同じだけの重みを持つ。ここで、エマソン的な反知性主義の複流が表層にほとばしり出るのである。(反知性主義 p.140)

 乱暴といえば、まぁ、これまでの記事でふれたようなDunkersと呼ばれることもあるその昔のアナバプテスト派は確かに宗教改革左派セクトであり、極端な平等主義でもある。そして、宗教改革時代のラディカリストたちは、ちょっと前のタリバーンやISISないしISILよろしく、ヨーロッパの教会という教会の中の美術品、工芸品を壊しまわっていたのである。

 この種のラディカルさをもつアメリカ人の一種の乱暴さというか粗野な部分がアメリカ人気質を、表していると思えなくもない。例えば、テンギャロンハットをかぶり、Howdiと日に焼けた親しみのある顔を見せるアメリカ人は、ヨーロッパ人にはカウボーイと見えて仕方がないようである。ちなみに現代のアメリカ人は、普通の人でも歯列矯正をする人が多いので、ヨーロッパでも、あ、この人アメリカ人ね、ってすぐわかるらしい。



テンギャロンハットをかぶったカウボーイ姿

 テキサス州でおきたWaco事件で、キリスト者集団が銃を連邦政府の法執行機関(警察等の部隊)にぶっ放しながら最期はおそらく自爆して集団自殺するという事件はアメリカならではの事件であると思う。


Wacoでおきた状況を伝えるCNN 35秒あたりから


 ヨーロッパとアメリカという意味では、ヨーロッパ的知性の持ち主であったバルト先生には、神の使者としてのビリーグラハムではなく、ピストルをすぐにもぶっ放しそうな乱暴者として見えたのであろう。そのあたりのことは、「のらくら者の日記」のHさまが「カール・バルトのビリー・グラハム評」に書いておられるので、その一部を引用して紹介。

それに先立つ1960年8月、ヴァリス州で息子マルクース・バルトの紹介でビリー・グラハムと会った時の印象をバルトは次のように語っています。


「彼はまったく楽しい男(jolly good fellow)です。彼とは、個人的にもよく、オープンに話すことができ、このような福音伝道のラッパ手たちにとっては必ずしも自明でないことにも、しっかり耳を傾けることができる人だという印象を受けます。」


この2週間後、グラハムはバーゼルにあるバルトの自宅を訪問します。この時もよい印象を受けたそうです。しかしその日の夕方、ザンクト・ヤコブ競技場でのグラハムの伝道説教を聞いて「事態はまったく違ってしまった」ようです。バルトは語ります。

「私はまったく驚いてしまいました。彼は荒れ狂う狂人のように働きかけましたが、その講演の内容は、まったく福音という ものではありませんでした。 ・・・ それはまるでピストル射撃のようなものでした。・・・それは律法の説教であり、喜びをもたらす使信ではありませんでした。彼は人々にショックを与えようとしたのです。脅迫 ーそれはいつも何らかの強烈な印象を与えるものです。人びとは喜びを与えられるよりも、むしろ ショックを与えられることを、はるかに願っているものです。人びとは、怖がらせれば怖がらすほど、ますます《走り出す》ものです。(しかし、この成功に よっても、この説教が正当化されるわけではない。福音を律法にしてしまうことも、) また商品か何かのように《売り歩く》ことも許されないのです。・・・ われわれは、神の業を遂行する自由を、神さまにゆだねなければなりません」

(以上は E. ブッシュ著 『カール・バルトの生涯』 pp. 635-636 より引用)


私(のらくら者の日記の方)が尊敬する神学者や牧師たち、例えばバルトもロイド・ジョンズも、ビリー・グラハムの伝道集会を拒絶しました。

 しかし、こののらくら者様が引用してくださったのを見て、このブログ記事がのらくら者の日記に掲載された当時、「バルト先生、大正解!」と思ったのである。一部のアメリカ型キリスト教の反知性主義を「また商品か何かのように《売り歩く》ことも許されないのです」と一部のアメリカ型キリスト教の問題の本質の一部をついて批判しておられる。

幕末の志士に影響を与えた
アメリカの反権力主義

 この記事を書いている2015年には、「花燃ゆ」が大河ドラマとして放送されているし、ちょっと前には「竜馬伝」、その後には「八重の桜」が放送された。そのたびに、キリスト教を日本の武士たちが知っていた、ということが高唱され、それにかかわる本がいのちのことば社から出されたりする。

 しかし、幕末の志士にとって「都合がよさげ」と思われた国家の思想は、アメリカであったようである。彼ら幕末の志士がアメリカをモデルにしたのは、幕末の志士にとって、アメリカのセクト型キリスト教のあり方が彼らの倒幕運動にとって非常に都合がよく、そのアメリカ型の思想の権威への反逆性というか、反権威性が倒幕運動にとって、都合がよかったに過ぎない。当然のことながら、明治維新が終わったら、討幕した彼らはキリスト教的思想そのものを思想的ツールとしてあっさり切り捨てている。

 そして、その後、日本でキリスト教を担いだのは、討幕諸藩(薩長土肥)軍に負けた佐幕藩(幕府側)の兵士として戦った敗軍の下級士官クラスのお侍ばかりである。彼らに立身出世の道が断たれ、教育者(デモシカ先生の祖先)か軍人か警察官か新興宗教であるキリスト者であった。唯一、討幕側で有数のキリスト者を出した熊本県(肥後)からは、同志社に移ってから、海老名弾正に代表される極めて特殊な日本型キリスト者等が排出される。

 幕末の志士たちに影響を与えた部分だろうと思われるものを森本先生の本から少し引用してみる。
知性にせよ信仰にせよ、旧来の権威と結びついた形態は、すべて批判され打破されねばならない。なぜなら、そうすることでのみ、新しい時代にふさわしい信仰や知性が生まれるからである。その相手は、ヨーロッパであったり、既成教会であったり、大学や神学部や政府であったりする。反知性主義の本質は、このような宗教的使命に裏打ちされた反権威主義である。(同書 p.141)

 基本的に、先に、幕末の志士たちは、この時代のアメリカの哲学者や思想と非常に深い関係があることは説明した。彼らは討幕するための根拠地して、ご禁制物資であったこのアメリカの思想を上海から長崎へと運ばれた漢籍として読んでいたのであろうと推測される。おそらく、儒学の中の陽明学として読んだものと思われる。

 ところで、この明治維新、長州にしても土佐にしても、薩摩にしても、肥後にしても、比較的身分の低い軽輩者と呼ばれる下級武士たちという、武家社会の中で辛酸舐め男であった人々が中心になって起こした運動である。このあたりの身分制度の圧迫とその脱出とリンクしているからこそ、彼らはヨーロッパではなく、アメリカをモデルとしたのであろうと思われる。なお、薩摩藩の琉球王国を介しての密貿易は公然の秘密であったらしい。

究極の自然児

 この人物の後輩にあたるソローって博物学者に関して、エマソンの言葉を引きながら次のように紹介しておられる。
エマソンによると、ソローは説教社だが説教壇を持たない。学者でありながら学問を糾弾する。厳粛な両親を以てのんきなアナーキーを推奨する。いわば、「ハーバード卒のハックルベリー・フィン」みたいな存在である。ちょっと矛盾した滑稽な人物でだが、反知性主義にはどちらの側面も重要である。ハーバードを卒業するようなインテリだからこそ、既存のインテリ集団を批判する能力もある、ということなのだろう。後に見るような矛盾は、現代の反知性主義者にも共通するところがある。(同書 p.143)
 ところでこのソローは、カエルの気持ちを理解できるか、ということを想ったのかどうかは知らないが、池の中に一日浸かっていた、っていうエピソードがある。まぁ、ハーバード卒の野生児といえばかっこいいが、「頭良すぎて、頭おかしい」という人物であったかもしれない。

Henry David Thoreau once spent a whole day in Walden Pond up to his neck in the water. He wanted to experience the world as a frog sees it. He shared the experience, but not the reality. Thoreau did not become a frog!

http://www.housetohouse.com/HTHPubPage.aspx?cid=433

 しかし、ソローまで行けば、まさに病膏肓という感じもするが、これがアメリカ人の自然主義への系統の典型ような気がする。まぁ、わからなくもない。なぜならば、アメリカ、特にニューイングランドの秋は全体に美しいが、メイン州などの秋などは非常に美しいからである。
 
 その美しさは、いくつかの映画などに非常によく表れている。以下は、ニューイングランドの風景にBGMとしてカントリーポップスを用いたものである。


ニューイングランド地方の秋の風物

「この森で、彼女はバスを降りた」(The Spitfire Grill) のTrailer


ヒロインが歌っていた「ギルアデの油」と呼ばれる讃美歌(2分40秒くらいから)

 上記の讃美歌の原案となったと考えられる【口語訳】エレミヤ書
 8:18 わが嘆きはいやしがたく、わが心はうちに悩む。
 8:19 聞け、地の全面から、わが民の娘の声があがるのを。「主はシオンにおられないのか、シオンの王はそのうちにおられないのか」。「なぜ彼らはその彫像と、異邦の偶像とをもって、わたしを怒らせたのか」。
 8:20 「刈入れの時は過ぎ、夏もはや終った、しかしわれわれはまだ救われない」。
 8:21 わが民の娘の傷によって、わが心は痛む。わたしは嘆き、うろたえる。
 8:22 ギレアデに乳香があるではないか。その所に医者がいるではないか。それにどうしてわが民の娘は
いやされることがないのか。
 
まだまだ、続く。





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アメリカと日本の政教分離の違い

 アメリカ型の政教分離がなかなか理解されていないことに関して、森本先生は次のようにお書きである。特にこのような質問は、日本人のアメリカ政治学の学者の方からも個人的にお問い合わせがミーちゃんはーちゃんにあったりする。この本が出るまでは、くどくどと説明していたが、いまなら、森本先生の「反知性主義」読んどいて、って飛ばせる。

 現在は、非常に楽になった。有難い限りである。この本にかかわった方にこころからの御礼を申し上げたい。その、アメリカの政教分離に関して、次のように書かれている。

 実は「巡礼父祖(引用者注 Pilgrim Fathers)」たちの宗教的な熱心は、「建国父祖(引用者注 Founding Fathers)」たちの世俗主義で消えてなくなってしまったわけではない。このような疑問は、アメリカ史の専門家からも聞かれることがあるが、いずれもアメリカ的な政教分離の真意がよく理解されていないために生じたのである。「政教分離」というと、日本では政治から宗教を追い出して、非宗教的な社会をつくることであるかのように解釈される。しかし、アメリカではまさにその反対で、政教分離は世俗化の一過程ではなく、むしろ宗教心の表明なのである。連邦成立時に採択された厳密な政教分離政策は、宗教の軽視でも排除でもない。むしろそれは、各人が自由に自分の思うままの宗教を実践できるようにするためのシステムである。(反知性主義 pp.118₋119)

 大事なのは、「政教分離は世俗化の一過程ではなく、むしろ宗教心の表明なのである。」という部分である。アメリカの政教分離が宗教心の表明であることは分かりにくい。というのは、日本の政教分離の理解は、戦前の反省もあって
第二十条
  •  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
  •  何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
  •  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
となっているが、第20条の第一項はじつは、アメリカの憲法修正第1条の精神を実にわかりやすく表明しているのだ。日本の場合、戦前の反省があり、第2項、第3項である「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」の部分が強調されすぎで、この線に乗って靖国問題等がキリスト教界で議論の対象になる傾向にある。

 しかし、何より大事なのは、この日本国憲法第20条第1項の方だと思うのだ。このほうがアメリカ憲法修正第1条の精神を表しており、一つの教派、教義で塗りつぶしてしまわない、というアメリカ精神を表しているように思う。つまり、日本国憲法20条第1項の精神は「あくまで信じることは大事だ」という主張だと思うのだが、そのあたりは憲法学者の皆さんにお任せしたい。


Founding Fathersの皆さん

アメリカで成長したセクト主義者
 しかし、以下の部分で、あっさりと、ミーちゃんはーちゃんの大好きなヨーダー先生も、ミーちゃんはーちゃんがいるグループもは、セクト主義者ってラベルはってもらえちゃった。きゃぁ。

 宗教改革左派と呼ばれたセクト主義者たちは、その後どうなったのであろうか。彼らの多くはヨーロッパに起源を持つが、迫害を受けてアメリカへと渡り、そこで大きく成長する。メノナイト、ブレズレン、アーミッシュなどといった教派がそれである。バプテストやメソジストといった巨大教派に比べれば、彼らの数は大きいとは言えない。(同書 p.122)
 まぁ、たしかにうちは少数派であることをもって、よしとしている部分は濃厚にある。基本、既存のキリスト教会に対して、嫌なことを言う預言者的役割を持っているのだと思っている。その意味で、そのジーン(遺伝子)はきっちりとミーちゃんはーちゃんは継承している。無論、その預言者性は自派に対しても、きちんと発揮しているつもりである。

 ところで、池内恵著 イスラーム国の衝撃(p.58)の本で見た松本光弘氏によるアルカイダの分類として
\掬アルカイダ
▲▲襯イダ星雲
勝手にアルカイダ
というのがあったが、それでいうと、キリスト教界だと、
\掬キリスト教
 (カトリック教会・東方諸教会・聖公会・古プロテスタント諸派)
▲リスト教星雲
 (セクト型キリスト教・福音派のかなりの部分・新興プロテスタント諸派)
勝手にキリスト教
 (セクト型キリスト教の発展系・カルト化教会・JW・モルモンの方々など) 
という具合になるだろう。

分権的志向とアメリカ国家

 アメリカにいて一番びっくりしたのは、アメリカ社会が、非常に分権的で、上部からの介入を極端に嫌うのだ。Mississippi Burningという映画の中で、公民権運動家の失踪に際し、連邦警察であるFBI(誘拐事件はFBIの管轄になりやすいので、FBIがすぐに出てくる)が捜査を始めることに地元の警察が嫌がらせをするシーンが出てくる。これが、連邦の関与を非常に嫌うその側面を非常に如実に語っている。
 アメリカの警察ドラマを見ていると、誘拐事件や政府関係の重要人物が絡む事件で、地元警察官がFBIが登場した瞬間に、FBIの捜査官に対して「Feds」と吐き捨てるようにいうシーンがよくみられる。FBIはその官僚的な態度、でかい態度(でしゃばり精神)、融通のきかなさで割とよく知られているらしい。州政策への介入などもかなり嫌う。その結果、アメリカを横断する高速道路でもあるI5やI90では、面白いことが起きる。
 1997年のI90(ワシントン州シアトルーマサチューセッツ州ボストン)で西から東に向かうと、ワシントン州では、高速道路の速度制限が時速65マイル、アイダホでは時速75マイル、モンタナ州では、日中は自己責任において制限速度なし!(ただし夜間は時速75マイルだと記憶している)という具合であった。州ごとに最高時速の制限が違うのであり、それを誇りにしているところがある。

 カトリックであろうと、プロテスタントであろうと、この問題(引用者注 政治制度が正しく機能する制度設計)の前ではすべてのアメリカ人がチャーチ型かセクト型のどちらかとしてふるまうからである。アメリカ人の多くはキリスト教徒だが、彼らがみな自分のことを格別宗教的な人間だと思っているわけではない。だがそれでも、彼らが繰り返し表明する政府や権力への不信感は、政治ではなく神学に根拠づけられている。人々は一方で政治権力の介入が必要であることを認めつつも、他方でそれはできるだけ小さい方がいいと考えており、できれば自分はそれとかかわりを持たずに行きたいと考えている。それが、アメリカ的な理想なのである。
 かつてのイギリス人批評家のチェスタトンは、アメリカを「教会の魂を持つ国家」と描写したが、それは半分だけ正しい。アメリカ国家は、「チャーチ」という魂とともに、それを絶えず疑いの目で見つめる「セクト」というもう一つの魂を持っている。権力への根深い疑念を持つ反知性主義は、このセクト的な申請によく合致して、さらに強められる結果となった。(同書 pp.124₋125)
 
 森本先生のアメリカ国家の要約として「チャーチの精神」と「セクトの精神」とが併存するキリスト教世界国家、という理解は非常に大事だとおもう。
 アメリカは、世界標準だ、デファクトスタンダードだ、と言ってIMF体制だとか、WTO体制だとか、自由貿易だとか、TPP加盟だとか、NAFTAだとか、割と他国に押しつけがましく普遍性を根拠に関与するのが好きな点では、非常にチャーチ型国家なのだ。普遍性(カトリック)を求める国でもあるのだ。

 しかし、日米貿易摩擦を起こした時に明らかになったように、自国の産業が危機にひんするとセクトの精神が突然発揮され、「国内ルールが大事だ!」っていう主張が問答無用で発揮される。その意味で、実にセクト型国家ではある。そして、日本車に火をつけて遊んでみたり(火遊びはいけませんなぁ)、Buy Americanが叫ばれたりする。ESTAもそうである。そして、Sonyがアメリカの企業だ、Hello Kittyがアメリカデザインだと思って、それをうんぬんされることがある。Sonyは日本の企業ですけど、Hello KittyはSanrioという日本の会社のものですが、といっても信じてもらえない。困ったもんだ。まぁ、産業保護してくれるかもしれないが。


Buy American運動のステッカー

 ESTAに関しては、いつも遊んでくださる津の「のらくら者の日記」のHさまと、この間、Facebookで反知性主義をめぐるディスカッションしたのだが、それを紹介しておこう。なお個人が特定されかねないところだけいじっている。

Hさま 3月9日

海外旅行に縁のなかったこの15年。アメリカ入国にESTAなるものが必要になっていたとは全く知らなかった。これって、事実上のビザではないか。$14も取られるなんて!


ミーちゃんはーちゃん
これ、トランジットだけでも必要なんで、めちゃ腹立つなんですよ。もう5〜6年前からだったように思います。

Hさま
トランジットだけでもですか?! これも9.11の影響でしょうか。ところで、ビザ相互免除協定は互いに対等の立場で結ぶのが本来。でも日本政府が、アメリカ人の入国にESTAに相当するものを条件付けているとは思われません(詳しくは知りませんが)。一方的だとしたら腹立たしいですねー。

ミーちゃんはーちゃん
はい。911の影響で、Homeland Securityの傘下にTSAやらFEMAまで含まれ、お化け組織になってしまった影響かもしれません。
ESTAはトランジットだけでも必要です。

アメリカンな制度で、「来るなら来い、いやなら来るな」て言われた感じがしました。アメリカ国内でも問題になったんですが、セキュリティチェックに時間がかかるようになったためと、パスポートが偽造が多すぎ手間かかるから、ってことらしいです。日本のも偽造パスポート多い模様。

以前は、空港でカード差し込んで当日処理、できたようですが、今はダメの模様です。ネットでできるからいいでしょ、ってのがやつらの言い分みたいで。

ESTAがいやなら来るな、送り返してやるッ!というジャイアンモード全開って感じです。

その代わりビザなしでいれてやる。旅行中心なら数年有効だから、いいじゃんって感じでしょうか。
http://www.gov-online.go.jp/useful/article/200901/5.html


Hさま
 なるほど、よく分かりました。「いやなら来るな」とはまさにアメリカンですね! 9.11後の対応でとは理解できなくもありませんが、やはりアメリカは若い国だなーって思いますね。国土が戦場になるという経験においてですが。

ESTAのメンタリティーって、遡ると、ミーちゃんはーちゃんが今ブログで連載されている(森本あんり著〜〜)問題に行き当たりませんか? (ところでこのシリーズ、とっても興味深く拝読しています。そうそう、ゲーム理論のシリーズも本当にありがとうございました! 自宅PCにはブックマークしていつでも参照できるようにしてあります。1点、J. ハーバーマスの評価だけはミーちゃんはーちゃん様とは異なりますが。ハーバーマス目指して落っこちたのが民主党政権だと思っているので。でもこんなことはシリーズ全体の貢献には関係ないので無視して下さい。) アメリカの歴史は好むと好まざるに関係なく、おさらいしておく必要がありますね。

ミーちゃんはーちゃん
アメリカは、若いんですよ。本当に。永遠の野球少年、って感じでしょうね。そして、イギリス人貴族に向かって、以下の動画のように、平気でAmatuerと言い切れる若さというか乱暴さというか。

https://www.youtube.com/watch?v=2Jq7xgVqPYA

はい。ESTAのメンタリティーは完全に「反○○主義」です。
確かに、最後にげんこつ出すかどうか、がH様と私の違いなので、個人的に最後まで出さない主義のハーバマスやヨーダーの思想に影響受けている部分での評価の違いになっている、と思います。

民○党は、ヨーロッパ型の討議主義あるいは熟議主義を主張しながら、実態としてはアメリカ型のディベート主義を実施していて、見てて気恥ずかしいほどバランスの悪い方々なんですよ。自由民○党の皆様も、自由闊達な議論といいながら、熟議主義というよりは、形を変えた領袖支配のような気がして。

熟議主義、ってのは生活に余裕がないとダメなんでしょうね。

とはいえ、アメリカ国家は未だに何するかわからんところがあり、熟議ということがなじまないアメリカ精神や日本のキリスト教界の思想的基盤のかなり強い一角を占めているアメリカ理解と、そのためのアメリカ史は、もう少し注目されてもいいと思いますが、アメリカ政治の専門家(大学人)のアメリカキリスト教史の知識のなさには開いた口がふさがらない…。よくそれで、議論した気になれるんですねぇ、レベルです。

Hさま
 「最後にげんこつ出すかどうか」・・ハハ、言い得て妙ですね! ミーちゃんはーちゃんは私をよく分かっておられるようです(笑)。ヨーダーに対してオドノヴァンだから、私は。(大学の)後輩、N牧師(兄弟団・I教会)がこの辺については一家言持っているようです。 私、アメリカの高校を卒業してますが、アメリカ史の成績はひどいものでした。当時は勉強する意味が全く分からなかったので。その後、日本で大学生になってから、A先生とのお交わりの中でアメリカ史を学ぶ意義をやっと見出した次第です。(A先生とはロイドジョンズを軸に英米のピューリタン、特にジョナサン・エドワーズを論じました。ロイドジョンズが最も敬愛したピューリタンはエドワーズだったので。Iain Murray によるエドワーズの伝記を読んだのもこの頃です。今いる教会で頑張れたのも、エドワーズの聖餐式(陪餐資格)論争とその残念な結末を知っていたからだと思います。「譲れぬ一線」は、エドワーズの信仰から教えられました。 )森本あんり氏の本は読んだことありませんが、ミーちゃんはーちゃんのブログに啓発されたので、近いうちに読もうと思います。

ミーちゃんはーちゃん
 いやぁ、英語で、高校生のアメリカ歴史でしょ。高校生レベルのアメリカ史でも、彼らは日本の生徒が戦国時代を小学生ころからなじむのと同様に、ジョナサンエドワーズとか、市民戦争(南北戦争)を学んでますから。そら、彼我の差大きいんで、もう無謀としか言いようがないです。

「げんこつ出す」…
いや、そら、先生、日本のキリスト教会で、朝日新聞に載るような超有名人の医療者に立ち向かっていく人なんて、そうはおられません。

 一連の記事を拝見しながら、「あぁ、この人は最後にげんこつ出すんだ」ってあの頃の記事から感づいていますから。あの記事、よかったのに。
 神戸栄光教会のだいぶん前の牧師さんの息子さんのご高齢の医療者の方を取り上げ、その方は、「ヲワコンです」ってはっきり言い切れる人いないですよ。w

 しかし、A先生、身も蓋もないご発言。A先生、優秀すぎるんですよ。日本では。

 日本って、世界史やるけど、西洋史で、西洋古典読ませないじゃないですか。だから、政治学の人たちの宗教音痴、目も当てられないんですよ。先っぽのとこだけやろうとするから、ヨーロッパ人からするとハンドルの形状は知ってても車の足回り知らないバランスの悪い人たちと映るようです。

イアン・マーレーですか懐かしいですね。うちにも1冊あった気がします。

 この本(反知性主義)、先生からしたら、ゲラゲラ笑うために読む類の本なんで、お近くの公共図書館でどうぞ。それで十分だと思います。

という大変興味深いディスカッションがなされたのであった。Hさま、ありがとうございます。






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 先月末のFuminaruさまのブログの引用で、「日本のクリスチャンがまず”Do”に走るわけ & クリスチャンのこれはアカンやろ発言」というおふざけ記事を書いた。あれはもともとおふざけ系の記事である。

 このブログ記事には、真面目系の記事とふまじめ系の記事が混じるので ー読者よ、悟れ ー 、読者の方はよくご留意されたい。

 「二つに分けたら?」
 すみません。面倒なので1つでさせてください。

さちさんのコメントから

 そもそもは、ある面、おふざけ記事であったのだが、はちこさんという信仰良書の翻訳者の方が、次のようなコメントをあのしょうもないおふざけ記事に下さった。ありがとうございます、と再度申し上げたい。
Doing vs. Beingはよく言われる対比ですが、私は、クリスチャンの特徴はBecomingではないかと、最近思うようになってきました。

ナウエンのことばで言えば、Becoming God's Belovedでしょうか。。。

ジョン・オートバーグは、クリスチャンとは?を考えるとき、これまでin/outという白黒の範疇で考えられることが多かったけれど(『福音の再発見」の 中でも「boundary maker」のことが出ていましたよね、確か) キリストの似姿に向かって変えられているか、キリストの似姿から遠ざかっているか、で考えることについて 語っていました。

「悔い改める」とは、向きを変えてこれまでとは違う方向(イエスが指し示してくださっている方向)に進むことなのですよね? 

What kind of a person are you becoming day by day? More like Jesus, or less like Jesus? そのことを、最近よく考えています。
上記のはちこさんのコメントに対して、ミーちゃんはーちゃんは、

そうですね。BeやDoではなくて、Becomingというか、re-creation つくりかえられる、だと思います。変容するといってもよいと思います。一方向の方向性が決められた形の成長ではなく。ある面、Telos(最終的な到達点)で実現する、神の愛の中に、神の義の中に、神の平和の中に一致するというんですか ねぇ、収束するって言うんですかねぇ、落ち着くって言うんですかねぇ、そいうことが実現するってことだと思うのですよ。Becoming God's Beloved、Becoming God's Peace、Becoming God's Justiceだと思うのです。Justiceにしても、Beloved(love)にしても、Peaceにしても、それぞれTelosの別表現でないの だろうな、ということが何となくわかってきました。それも、自分がなる、自分でなる、ではなくて、神の支配(神の王国や天の王国とも訳されますが)の中で 神の介在の中にあってそうなっていく、という側面をもうちょっと強調しないとまずいのかなぁ、と思うようになりました。
とお返しした。

はちこさんのブログ記事から
 すると数日後、はちこさまが、非常に面白い記事を書いてくださっていた。この記事とは

 こちら”Becoming” http://d.hatena.ne.jp/mmesachi/20150309#1425919265 

である。以下、引用しておきたい。あまりに素晴らしいので。

最近、"Becoming"が私の中でキーワードになっている。

 よく、Being vs. Doingという対比がなされるが、Becomingは、being でもdoingでもキャプチャできていない大切な側面を捉えているように思う。

 私たちのBeing(=いのち、who we are)はキリストとともに神のうちに隠されている。(コロサイ3:3)これはギフトであって、私たちが自力で得るものでもなければ、失敗することがあっても、外から圧力をかけられても、それで失ってしまうようなものでもない(ローマ8:35−39)。

 このBeingは、セキュア(安全)ではあるけれど、必ずしも静的なものではない。このBeingからは必然的にある種のDoingが出てくるだろうし、なによりも、私たちをBecomingへと招く。

(中略)


 霊的形成のプロセスは、Becomingのプロセス。What kind of a person am I becoming day by day?

More like Jesus? or less like Jesus? Am I becoming more like Jesus today than 10 years ago, 5 year ago, or a year ago?

 Doingは、内側の変化を伴わずとも、表面だけを取り繕って行うことができる。しかし、内側の変化を伴わないBecomingはあり得ない。

 「Become」と、イエスは招かれる。

 「Yes, I want to. But, good Lord, how? How do I become?」私の魂は問う。

 「By abiding in Me. By catching the vision of the good and beautiful Father and His Kingdom. And by letting My Spirit work freely in and through you.」

Is Jesus beautiful to you, or merely useful to you? という問いかけが頭をよぎる。

 もしイエスが私にとって、アラジンの魔法のランプから出てくるジニーのように、便利なだけの存在であるなら、私は自分が望むものをいかにしてイエスから引き出すかばかりを考えるだろう。

 でも、もしイエスが私にとって美しいお方であるなら、私はこのお方の前にひざまずき、このお方が差し出す手をとって、導かれるままに共に歩むだろう。

 「Become」と、イエスは招かれる。

 「Yes, good Lord. I come with you with all my being so that I may become--become more like You.」

と実に印象深い。

ナウエンを読んでいたら
 そして、この部分を読みながら、先日明石市でやっているナウエン読書会で読んだナウエンの本の一部を思い出してしまった。

  Does powerlessness mean that we are doomed to be doormats for our power hunger society? Does it mean that it is good to be soft, passive, subservient - always allowing the powers of darkness to dominate our lives? Does it mean that economic weakness, physical and emotional weakness have now, suddenly, become virtues? Does it mean that people who are poorly prepared for their tasks can now brag about their poverty as blessing that calls for gratitude? When we read Paul's words, "My strength is made perfect in weakness"(2 Cor. 12:9), do we imagine that we are dealing with a weakling who uses his low self-esteem as an argument to proclaim the gospel?
  We touch here on one of the most dangerous traps of a theology of weakness. When we can become free from the enslaving powers of the world only by being enslaved by weakness, it seems a lot better to stay on the side of Satan than on the side of God. If a theology of weakness becomes a theology for weaklings, then such a theology is a comfortable excuse for incompetence, submissiveness, self-denigration, and defeat in all fields!
  This is far from a theoretical possibility. Not seldom is financial, intellectual, and spiritual weakness interpreted as a divine privilege; not seldom is competent medical or psychological help delayed or avoided in the conviction that it is better to suffer for God tha not to suffer; not seldom is careful planning, aggressive fundraising, and intelligent strategizing for the future frowned on as a lack of faithfulness to the ideal of powerlessness. Not seldom have the sick, the poor, the handicapped, and all those who suffer been romanticized as God's privileged children, without much support to free them from their fate.  (pp.37-40)

Henri J. M. Nouwen (2001), Finding my way home : pathways to life and the spirit, The Crossroad publishing company, NY.
 ここで、ナウエンは弱さの神学theology of weaknessに何もしないこと、できないことに安住する言い訳に用いられる危険性があることを指摘したうえで、それは本当に聖書的かどうかを問うているように思う。

 そして、それが非常にまずい問題を信仰生活で、また、教会内そのものにもいろいろまずいことを生み出すことをもナウエンは指摘しているように思う。

2項対立でとらえられるのか?

 それは、我々は、すぐDoingかBeingか、DoingかBecomingか、とか2項対立で問題を立てるのにあまりに慣れ過ぎてしまっていることに由来するのではないだろうか。そして、Doingでもあり、Doingでもあり、Becomingでもあり、Beingであることが共存していることを忘れてしまってはいないだろうか。

美しいことは合理的であるし大事なことでは?

 Doingは何も神のためにすることだけには限らないと思う。趣味でもなんでもいいし、絵を描くことでも、美しい山を眺めることでも、自然の神秘を見ることでも、絵を描くことでも、詩をかくことでも、音楽を奏でることでも、讃美歌をうたうことでも、作曲をすることでも、句作でも、歌作することも、それは、神を賛美することの別の表現様式のような気がする。Artとは、一種のCreationであり、神に向かってのDoingの一形態ではないか、と思う。
 あるいは、美しいものを数式で表してみたり、連立微分方程式の解であることを確かめる、そのことでもいいはずだ。大体、美しいものは、割と少数のコンパクトな式で表せる連立微分方程式の解であることは広く知られていることなのだ。鳥類の羽や魚の形状が美しいのは、実は流体力学にそった連立微分方程式体系を解いた解であることが多い。無理のないものは美しいし、無理のないものは割と単純な数式で表せることが多い(簡単ではないという方が多いのは知っているけれども)。

 「一体何の話だ?」になっている。本論にもどそう。

神のかたちに造られた我ら

 実は、皆、これは、神が我等を「神のかたち」におつくりになりたもうた結果、我らが何らかの形でCreatingであるが故のような気がする。それは、Beingでありつつ、Doingであり、Creatingであり、そして、我々にとっては、それは、本来の「神のかたち」へのRecreationとなるのではないか。

 Doingのかたちは、万人に共通するものや、万人がわかりやすい形だけではないと思う。ある人にとってのDoingそのものは、他の人にとってはなぜそれが神のためのDoingであるか、と思われるようなものかもしれない。しかし、それでも、ある人が息をしていることもDoingと結果としてなっている、ということもありうるとは思うのだ。

神とともに生きるという完成に向かう我ら

 ある種、このCreatingは自分のためであったとしても、しかし、それは、神の支配のうちにあって、不完全な形ながらも将来の完成であるTelos(最終的な到達点)に向けてのもののような気がするのだなぁ。

 それは私の思いすごしかもしれない。 讃美歌282番の歌詞は英語版の歌詞とはかなり違うようだが、一点だけ、この歌詞がいいなぁ、と思うところがある。それは、

 十字架のもとぞ いとやすけき
 神の義と愛のあえるところ

というところである。まさに、Telos 最終的な到達点では、人と神が一つになり、神の義と愛が一つになり、その中に我々も招かれているように思うのだ。そのためのBeingでもあり、Doingでもあり、Becomingでもあり、Creatingでもある生活を送りたいものである、と最近は、思っている。


 十字架のもとぞ(歌詞付きでまともなのがなかったので、これで我慢してね)
 





評価:
ジャン・バニエ
新教出版社
¥ 2,052
コメント:お勧めする。


 単なる告知のみですが、

 北九州で、ホームレス支援をしている東八幡キリスト教会の牧師 奥田知志さんのインタビュー再放送のご案内。


 再放送は、明日 3月13日 午後1時からEテレにて 御視聴をぜひお勧めしたい。

東八幡キリスト教会牧師・NPO法人抱樸理事長 奥田知志

こころの時代〜宗教・人生〜「この軒の下で」

 昨年夏、北九州市の教会に「軒の教会」と名付けられた新会堂が完成した。25年以上にわたってホームレスの自立支援を行ってきた人々が、会堂に込めた思いと願いとは。

 東八幡キリスト教会の牧師・奥田知志さんは、牧師となった当初から、路上で暮らさざるを得ない人々が地域で自立した生活を取り戻す手助けをしてき た。長年の活動で学んだのは、家や仕事など物理的条件以上に、当事者の人生に最後まで伴走する「人との関係」が、支援には肝心だということだった。関係を 結び共に生きる時、人は互いに傷つけ合うことがある。その傷を引き受け、なお共に生きようとする世界はいかに開かれるのか伺う。

【出演】東八幡キリスト教会牧師・「抱樸」理事長…奥田知志,【きき手】山田誠浩



 なお、前回の視聴記「NHKこころの時代 「この軒の下で」 視聴記」の文章中で触れた人物であるジャン・ヴァニエが、テンプルトン賞を受賞した模様。賞金は、ラルシュコミュニティなどへの寄付とのこと。

評価:
価格: ¥864
ショップ: オンライン書店 BOOKFAN
コメント:傷つくことを怖れずに人と出会っていくこと、その大切さを説いた本



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アメリカ人の平等思想と日本


 戦後日本に民主主義教育が導入され、それが極端な平等意識に基づいていることを指摘する論者もいる。個人的には、現在の日本の平等主義は、行き過ぎているきらいもなきにしもあらずである、と思っている。こう書くとエリート主義だと批判をすぐに浴びそうだが、しかし、能力がない人々にも能力があるものと同じ能力を求めるのはどうかしていると思うのだ。その部分に関して、森本氏は次のように書いている。
 反知性主義は宗教的革新に根差したラディカルな平等感に端を発している。神の前には、学のあるものもないものも、大卒のインテリも小学校すら出てないものも、それぞれが同じように尊い人格である。(反知性主義 p.95)
 悪しき平等主義は、非常に不幸をもたらす例を示そう。以下の図は、100m競争の選手と、長距離選手とマラソン選手の距離別速度を示した図であると考えてもらうとよい。詳しくは、下記にあげてある参考文献で正義論をお学びいただきたく。



 陸上選手とミーちゃんはーちゃんの距離帯別速度

 どんなにミーちゃんはーちゃんが頑張ったところで、ボルトのような速度では、走れないのだ。しかし、悪しき平等主義に立つ場合は、それが可能であるかのような前提に立ち、ミーちゃんはーちゃんのような運動音痴にもあたかも頑張ればボルトのようになれるかのような前提に立つが、それはスポーツハラスメント以外の何物でもない。未だに中学校では、この種のスポーツいじめが行われているようであるが、いい加減悪平等の概念から脱出しないだろうか。
 個人的には、結果の正義論はどこか矛盾したものを含んでおり、結果として、最も不利益な人が受け入れ可能な不利益の限界を定め、それ以上の不利益に行かないようにするという形でしか、近代社会での正義は成立しないだろう、と思っている。

Usain Bolt 2012 Olympics 1.jpg
バルトならぬボルト

平等観や自由とヨーロッパとアメリカでの違い
 我々は近代社会に慣れ過ぎていて、案外忘れているかもしれないが、英国は基本的に階級社会である。人に違いがある、という前提で社会が形成されている。その意味で平等ではないのだ。大英帝国風の民主主義は、日本型民主主義とも、米国型民主主義とも根本的に違うのだ。

 「神は人間を平等に創造した」というのは、実はキリスト教史においてもかなり新規な教えである。キリスト教徒は、ごく最近まで、神が人間を不平等に創造した、と信じていた。いやもちろん聖書には「神の前で万人は平等だ」と書かれている。(中略)
 つまり、キリスト教は長い間、人間はみな宗教的には平等でも、社会的な現実においては不平等でよい、と考えてきたのである。(中略)
 この不平等容認論は、プロテスタントが登場しても変わらない前提だった。宗教改革は、確かに自由で平等な市民という近代社会の出発点を提供したかもしれない。しかし、前述の「万人祭司制」が示しているのは、あくまで神の前での万人の平等である。ルターが論じた「キリスト者の自由」は、宗教的な領域における自由であって、その自由が一直線に市民的自由へと発展を遂げたわけでない。(同書 p.100)
 人間はみな宗教的には平等でも、社会的な現実においては不平等でよい、と考えてきたのである。大英帝国においては、貴族が存在したし、存在する。貴族は、平民を護るという意味において貴族であることを求められたし(まぁ、そうでない輩はどこにでも いるが)、その分、社会ではエリートとされたし、重い責任を負わされたし、追っていった人々も少なくなかったのだ。その辺のエリート主義は、カズオ・イシグロ原作の日の名残という映画で実にうまく描かれている。その シーンを紹介しておこう。


映画「日の名残」のアメリカの下院議員とイギリス人貴族の対話シーン

 このシーンの直後、執事役のアンソニー・ホプキンスをいじる英国人貴族が「平民に何がわかるのか」と討議の場での雑談の対象にされるシーンが非常に印象的であった。
 ところで、このシーンで、イギリス貴族の政治をAmatuerであるとアメリカの下院議員がこき下ろすシーンがあるが、実は、これは大事なのだ。イギリスは良くも悪くもAmatuerであることを良しとし、Amatuerが、実務の余技として貴族が担当すべきとする理念系というか文化的伝統があるのだ。


チャーチ型とセクト型教会

 個人的には、ヨーダー先生の遅れてきた弟子(というよりは個人的に心酔しているので)でもあるので、完璧にヨーダー先生がセクト型であるように、ミーちゃんはーちゃんの思想はセクト型である。もともとから、最初に信仰を持ったところの教会がセクト型の教会であったため(国教会への否定的な視点から国教会から分離したという意味でもセクト的)、また、日本の多くのキリスト教会がアメリカ自体がセクト的な教会群であることから、日本の多くはチャーチ類型の教会ではなくセクト類型に属する教会が多いと思う。日本で、チャーチ型といっていいのは、カトリック、東方教会、聖公会、あるいはルター派などであろう。これらは、わりとで〜〜んと構えた感じがある教会が多いので、カルト化しにくい模様である。
 教会が幼児洗礼を認めてきたのにもそれなりの理由がある。教会は、ローマ帝国以来のコンスタンティヌス体制のもとで、社会と深く融合するようになった。宗教社会学的には、このような体制を「チャーチ」(教会)類型と呼ぶ。チャーチ型の構成では、その社会に生まれたものは皆その教会の成員になる。
 (中略)
 ところが再洗礼派は、その教会の存在意義を根こそぎ否定する。そんな制度はこの世と妥協した堕落の結果に他ならず、教会は新約聖書時代の純粋な姿に戻らなければならない。というのが彼らの主張である。前者でも触れたが、宗教社会学ではこれを「セクト」(分派)類型と呼ぶ。セクト型集団は、自分たちを生んだ母集団に対して常に否定的で、自ら高い倫理意識をもち、入会資格を厳格にして、選りすぐりの成員だけを認める。宗教改革の主流派と急進派との対立は、現世的な制度の確立を重んじるチャーチ型の社会理念と、それを突き破って純粋な信仰を実現させようとするセクト型の社会理念との激突であった。(pp.106₋107)
 しかし、うちの教会は完全に「セクト」類型だなぁ、と思った。もちろん出がセクト類型だからなのだが、「自分たちを生んだ母集団に対して常に否定的で、自ら高い倫理意識をもち、入会資格を厳格にして、選りすぐりの成員だけを認める」は、まさに、うちのキリスト教会群を描いたような表現なので、思わずわろうてしもた。まさに、選りすぐりのキリスト教的エリート集団を形成しようとするのだ。これを読みながら、オスマン帝国の初期のイェニチェリ軍団のことを思い出した。初期のイェニチェリ軍団はキリスト者の子弟だったものがイスラムに改宗した若者で形成された勇猛果敢な軍事集団である。
 改宗した瞬間、もともといたところに刃向かうあたりは、このイェニチェリ軍団、実にセクト的ではないか、と思うのだが。

Ottomanトルコ時代のイェニチェリ軍団の行進曲

イェニチェリ軍団(中世期)

現代のイケメンぞろいのイェニチェリ軍団


 この本に書かれていなかったが、なぜ、チャーチ型教会が割と幼児洗礼にこだわるか、というとその理由がある。幼児洗礼してないと、乳児で子供が死んだときに地域の墓所でもある地域の教会墓地に葬れないからなのだ。下記で紹介するナウエンのグアテマラ物語に、洗礼のために、死亡した乳児の遺体を抱えて、4,5日かけてやってくる地域の住民とその乳児の遺体にバプテスマを授けるナウエンたちカトリック司祭のことが載っている。このナウエンのグアテマラ物語の本は、思想と宗教の対立と軋轢を層は考えさせずに読ませる良書である、と思う。


終末論に取りつかれたアナバプティスト

 セクト型の代表例としてのアナバプテスト(成人洗礼を強調した)グループのヨーロッパでの成立過程と福音派の熱狂的な側面の原型を示す終末への過度の期待があったことに関して以下のように説明である。

 アナバプテストがヨーロッパ各地に拠点を気付いたのは宗教改革が始まったばかりのころである。中でも北ドイツのミュンスターでは、1534年には全市が彼らの支配下に置かれた。指導者たちはここが聖書に予言された新イエルサレムであると宣言し、終末が近づいているので、市民はすべて再洗礼を受けるか処刑されるかのどちらかを選択せよ、と迫った。さらに彼らは、新約聖書に帰されている一部の言葉に従って、私有財産を没収して平等に分配し、女性には一夫多妻を強要した。要するに、終末時のパラダイスを一挙に地上に実現させてしまおうとしたのである。(p.107)

 なお、アナバプテスト派の成立前後のより詳細な動きに関しては、この1年間ぐらいの「福音と世界」に連載がありました。あの連載はなかなか良かったと思います。
 しかし、この大人を水に浸ける(Dunkする)ことからDunkersとも呼ばれるアナバプティストの記事は、結構強烈である。「再洗礼か処刑か、選べ」って、上述のイェニチェリ軍団も真っ青である。
 しかし、終末が来るという熱狂というのは、結構昔からあったようだ。これ20世紀の福音派のお家芸と思っていたら、案外根が深い問題だったようだ。実は、新潮選書に「核戦争を待望する人々」という本があり、アメリカのテレビ伝道師の一部の皆様方がイスラエル大好きな様子とか、その背景とか、そして、東西冷戦の中で、アメリカ福音派の人々が核戦争が最終解決かのように言っていたことが書かれたのが以下の画像に示す本である。

 まさにオウム真理教も真っ青であるが、実はオウム真理教はミーちゃんはーちゃんが今なおいるキリスト教者集団に過去在籍しておられた宇野正美さんという方の本に示された古典的ディスペンセイション主義の影響を受けて、ハルマゲドンを言い出したらしい。何とも、申し訳ない限りである。

 この場を借りて、ご迷惑をおかけした皆様に、個人として、申し訳ない思い出いっぱいであることをお伝えしたい。



 この本も本文は名著なのでお勧めするが、巻末の解説は結構いい加減である。

バプテストとアナバプテストの混乱

 17世紀のアメリカの人々にとってドイツ系の「アナバプテスト」は、基本「アナーキー」と同じ響きを持っており、17世紀のロンドンに生まれた英国系の「バプテスト」もこの「アナバプテスト」と混同され、そして、嫌われ、恐れられ、迫害された存在であったという記述があった後、彼らが社会の中で増加する原因に関して次のように書いておられる。

 彼ら(バプテスト派の信仰者)は、迫害されればされるほど、神との対話の中で自分の存在を確認し直し、信仰の確信を強めていくのである。自分は神の前に何も悪いことをしていない。その自分が法律に違反するのなら、悪いのはその法律の方だ、ということになる。
 こういう心理の機微を「迫害コンプレックス」と呼ぶ。迫害されればされるほど燃え上って強くなる人のことである。しかし、アメリカの宗教的伝統では、それがただの独りよがりに終わらない広がりを持つ。自らの信仰をよりどころとして社会の体制に抵抗する姿が周囲の共感を呼ぶのである。日本の社会なら、迫害コンプレックスは当人だけの思い込みで終わるのだろう。だがアメリカでは、不利益になるにもかかわらず、生命の危険すら顧みず、なお信念を曲げずにいる人には、何か真実があるに違いない、と思う人が多い。ヒーローを求める真理である。(同書 p.110)
 しかし、「日本の社会なら、迫害コンプレックスは当人だけの思い込みで終わる」とお書きであるが、実は、アメリカと日本が戦っているときに、ミーちゃんはーちゃんが今いるところの一部の昔の人々のなかには、これを思い込みに終わらせず、1940年から1945年に治安維持法違反事案で、逮捕投獄者を出した(そら、神社の前でアマテラスオオミカミをバカにしたら、いくら伝道とはいえ、そうなるのは決まっている。実に無謀なお方がおられたのだ)。そして、この逮捕投獄された人々の存在をもとに、自分たちがいかに正当であり(他のキリスト教会と比べ一生懸命神のためにやったので迫害された)、自分たちこそが正しい、自分たちが真実なものである、という主張の根拠に使われる方がおられる。頭の痛い限りである。「迫害されればされるほど、神との対話の中で自分の存在を確認し直し、信仰の確信を強めていく」を地で行った人々がいたのである。まぁ、その様な方の言論自体は否定しないが、個人的には違和感がある、と申し上げておこう。

 まぁ、もう日本固有の自決精神というか特攻精神というか、神風精神というか、もういい加減にしてほしい、とおもっている。

 特攻作戦は、自滅作戦なので、実は非常に効果がない割に自分たちの下士官以下の兵員の損耗が激しいので、戦史研究ではしてはならない作戦となっているらしい。むしろ、ウィーン条約以降の戦争では、捕虜になって、捕虜交換で帰国する際に、情報もってかえり、敵方情報を持って帰ってもらう方が、作戦建てる方としてはありがたいらしい。まぁ、特攻作戦、突撃作戦は相手をビビらしただけ、で終わるのだ。それは、203高地、第1次世界大戦でこのことの無効さ加減は実証されている。

クェーカーってこんなだったの?

 個人的には、クェーカーの影響も受けている教派にいて、英国で極端な平和主義を主張したグループ(それがね、先述のように迫害コンプレックスとかで生きるからわけわかんないんだけど)にもいることもあるし、個人的にジョン・H・ヨーダー関連 の項目があるほど、ヨーダー先生大好きなので、クェーカーに親和性というか親近感が強い。

 クエーカーが真面目であることは、オートミールの巨大ブランド、Quaker Oats社の会社のロゴイメージが、以下のようなQuakerのおじさんのにこやかな絵であることからも分かる。



 しかし、アメリカの建国期にはとんでもない集団であったことに関して、森本先生は以下のようにお書きである。
徹底した平等主義のゆえに、草創期には今日の温和な姿から想像もできないほど過激で奇矯な言動が記録されている。ニューイングランドでは、日曜日に教会で人々が礼拝しているところへ、突然髪をふり乱したクエーカー女性が半裸で闖入するとか、集団で入ってきて他人の席に座り(当時の教会では座る席が決まっていた)、帽子もとらずにいる。あるいは会衆に向かって「こんな不純な礼拝をしていると神の裁きが下るぞ」と大声で脅したり、牧師の面前でガラスの瓶を叩き割り、「神は汝をこのように砕くであろう」と劇仕立てで宣言したり。とにかくやりたい放題である。(同書 p.113)
 やりたい放題とまで言われているが、まぁ、宗教的情熱の故、とはいえそれに近いことをやっているだろうことは容易に想定できる。

 シアトル南郊の自分ところの教会に行った時のことである。その日はシアトル方面から人が来られていて、特別にお話を、って機会だったのだが、まぁ、世の中にはアル中が多いとか、アルコールを飲んで車を運転して、いのちを失ったその方の友人の話とかが出てきて、やおら、

 「友よ。君たちのいのちははかない。いつそのいのちが取り去られるかもしれないほど、人間ははかないのだ。今、キリストのもとにいない人は、永遠の地獄が待っている。」

とタンタンと1997年のシアトルで言ってのけたオジサンがおられた。熱心なのはまぁ悪くはないけど、常軌を逸した熱心さで他人をひとっからげにして、滅びますぞというのは、困るなぁ、と思った瞬間である。なお、この説教は英語であった。

 最期のまとめに、このアナバプテストの系譜に属する人々の強烈な発言をご紹介して終わろう。
 中には、一部の信徒が心ひそかに同意したくなる発言もあっただろう。例えば、ある女性のこんな言葉である。「牧師さん、あんたは年寄りのろくでなしだ。説教が長すぎる。もう座りなさい。あんたが上手に話せる程度のことは、もうとっくに話し終わっているよ。」ピューリタン説教の長さや難解さを思い起こしていただきたい。(中略)
 信仰に基づいて権力に公然と挑戦することは、反知性主義のもっとも明確な表現である。(同書 p.114)
 日本のキリスト教界の一部には、説教付讃美歌大会と揶揄されたり、自嘲的にお語りの向きもあるようであるが、結構日本での聖書のお話は短くなっていると思う。現在、2時間の説教に耐えられる人が減っているし、社会が忙しくなっているし、社会には、インターネットやテレビやゲーム機を始めたのしいことがいっぱいなので、他に何も娯楽がない植民地期か建国期のアメリカ社会とはわけが違うので、多くの日本人にはピューリタン的説教には耐えられないと思う。まぁ、このおばあさんのように、植民地期のピューリタンの「説教が長すぎる」というのは、その通りだったのだろう、と思う。

 これに似た経験をしたことを、最後に紹介して終わりたい。神戸に水谷潔さんが来られた時のことであるが、その会場では、最初のスピーカーの方ががかなりご高齢の牧師さんで、ご自身が高齢者施設で伝道されていて、高齢者に紙芝居の受けが良いことから、紙芝居を延々2つも信徒向けにやり始めた。個人的には、ミーちゃんはーちゃんは結構下品なところもあるので「限界あるやろ。水谷さんに話させてほしいぞ。僕は水谷さんのお話しを聞きたいんや」と思っていた。「やめてくれ〜〜〜」と思いながら、発言するのはじっと我慢していたが、とうとう、その会の主催者代表の方がしびれを切らしたように、「今日は水谷さんに来ていただいているので…」と制止された。それも、このご高齢の牧師さんが普段より人の集まりもよかったためか、3つ目の紙芝居を取り出した時にであった。制止されなかったら、あと20分、紙芝居を拝見させていただく栄誉に浴するところであった。

 まぁ、熱心さのために見えなくなるというのは、だれにも起きることではあるが、出処進退をわきまえることの大切さを学んだ経験であった。


 



 
---
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コメント:参考までに

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コメント:まぁ、ご研究されたい向きにはどうぞ

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コメント:迫害下の共産主義ラテンアメリカでカトリックの司祭、修道女の苦労、そしてそこで見直されたナウエンの信仰の経緯をたどることができる。おすすめする。


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