第1回目では、ヨーダーって人がいることを紹介し、第2回目では、教会におけるイエスが中心であること、教会と現代社会についてヨーダーがどう考えているのか、そして、第3回目では、ヨーダーが不戦論と終末論、神の民としてよとどうかかわっていくのか、の藤原論文を手掛かりに考えた。ヨーダーが教会をどう考えているかってことを述べて来た。
 これまでの過去記事は以下の通り。


Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(1) (08/23)


Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(2) (08/25)


Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(3)(08/30)

 今日も長めで、ややこしいかなぁ。聞き慣れない言葉が多いと思うので、ご容赦賜りたく。
 
ヨーダーが戦っている対象
という節から

 ヨーダーさんが戦っているというのは、ちょっとねぇ、平和主義者にしては変なんで、意味としては、真剣に対話しようとしている人とはだれか、ってことかなぁ。この対象に関して、藤原論文では次のようにご指摘である。

 ヨーダーが戦っている相手は何か。それはコンスタンティヌス帝のキリスト教とし て象徴的に表現される国教的キリスト教とその倫理である。それは、(中略)キリスト者以外にも受け入れることが可能ないわば水増しされたキリスト教的香りのする倫理である。(中略)それは、教会がエスタブリッシュメントとしてのステータスを得、力によって世をコントロールすることを表している。これは、中世ヨーロッパの国教的キリスト教世界だけでなく、教会と国家の分離がなされているとされているアメリカにおいても見られるとヨーダーは考えている。アメリカにおいては、制度としてのエスタブリッシュメントではないが、社会の中心に位置するという教会のステータスと、キリスト教的に世界に影響を与えていくという教会のメンタリティー(引用者註: マニフェスト・ディスティニーのことかと思われる 詳細は下記の森本あんり氏の著書を参考)が、主流派教会にあるといってよいだろう。(p.83)

 しかし、第3章担当の藤原淳賀さん、すんげーことをさらっとお書きである。ミーちゃんはーちゃんも、この部分は、「うんうん、そうそう、体感的にそう感じますねぇ」と思ってしまった。なんか、繁栄の神学とか、もう、完璧に、「キリスト者以外にも受け入れることが可能ないわば水増しされたキリスト教的香りのする社会における成功法」ではないかと思うのだ。では、伝統的な教派のみならず、福音派だって、キリスト教的な香りのする哲学を説いてきた部分(だって、同時代ってだけで影響を受けるし)もあるし、あるいは、キリスト教的な香りのする何かを説いてこなかったか、と言われたら、ミーちゃんはーちゃんは、それをしてました、と正直に認めたい。


コンスタンティヌス帝の彫像
(↑この石膏像に高校時代の美術のデッサンで苦しめられた)

社会のマイノリティとしての
キリスト教徒の価値


  日本の教会は、マイノリティーとしての明確な独自性を創造的に示してくることができず、キリスト教が受け入れられている時代(国際主義の時代 【紹介者 註:おそらく、1860-1880年の明治初期の第1次ブーム、1900年―1925年までの大正期から昭和初期の第2次ブーム、947-1964年ごろにかけて の15年戦争後の第3次ブームが相当すると思われる)には、社会の中心から直接影響力を与えようとするコンスタンティヌス的なメンタリティーによって導かれてきた。そのような性質は、宣教師たちによってもたらされた主流派キリスト教の中にDNAとして入っていたものであろう。しかし、キリスト教に批判的な時代(国粋主義の時代 【紹介者註:おそらく、明治中期以降の内村不敬事件の時代、戦前期の大政翼賛会が形成され昭和維新とか言っていた時代、1970年代以降のベトナム戦以降の時代】)が来る。その時日本の教会は妥協と生き残りに向かった。(p.84)
 しーらない。ミーちゃんはーちゃんが言ってんじゃないんです。藤原先生がお書きになっておられるんですから、それもどうも古屋安雄先生の所論に乗っかってのご議論らしい。この前でそう明言されておられる。まぁ、おそらく、キリスト教のマイノリティ性、その実相は、カトリックでも同じで、そして、キリシタン時代の伝道もそうで、最初は弱い人々への援助から始まり、それじゃ、イメージ悪くなるんで、支配者側への伝道も、って事になり、武士階級への伝道となり、キリシタン大名が続出したらしい。この辺の事情は、以下の川村先生の公開講座の時の講義メモをご覧いただきたく。



上智大学大阪サテライトキャンパス公開講座参加記 戦国期と近代のカトリックと社会 川村信三教授 その1


上智大学大阪サテライトキャンパス公開講座参加記 戦国期と近代のカトリックと社会 川村信三教授 その2



 そして、「殿がキリシタンなら、お仕えする我らも」ってことになり、挙句の果てに、下々のものも「御領主さまがキリシタンなら、われらも」ってことになる。これを危ぶんだ秀吉君は、このコンスタンティヌス的なメンタリティ、ってまずいじゃん、って伴天連追放令をだす。なお、バテレン追放令は、その通り読めば、バテレンに帰ってくれ、って言ってるのと、パワハラまがい(スケートの聖子おばさんは、どう見てもセクハラ)で改宗迫るな、ってことを言っているようだ。ローラ語ウルトラ訳はこちらから。

バテレン追放令とキリシタンの講演会に参加して(2)



コンスタンティヌス的キリスト教の影響

 コンスタンティヌス的キリスト教がもたらしたものについて、藤原論文では、さらにこのようにまとめておられる。

 (1)教会が社会的ステータスのみならず、その意識においても「エスタブリッシュメント」となった
 (2)クリスチャンの意味するところが変わった。以前はキリスト者となることを自らの意思で選びとられなければならなかった(Believers' Church)が、すべての人がクリスチャンとされるようになった。
 (3)神の民でなく、政府が歴史の主たる担い手と考えられるようになった。そして「教会」は軍や郵便局と同様に、宗教・道徳を担う国家の一つの行政部門となった。
 (4)キリスト教倫理が二重構造になった。国家の「クリスチャン」に当てはまる最低限のキリスト教的倫理と、高い動機をもち世俗を離れる自覚的キリスト者(修道院)の倫理に分かれた。
 (5)倫理学が実用主義になった。教会が支配者側に立つ時、「新約聖書が教会に求めていることよりも、『全体の善にとって』もっとも望ましいこと」を求め、社会を動かそうとするようになる。(中略)ヨーダーは、それを「倫理の工学的アプローチ」と呼ぶ。
 (6)教会は社会をコントロールするために自然道徳を自らに適用した。(中略)新約聖書のイエスと生き方よりも、結果によって手段を正当化するために、より自然に近いと考えた旧約聖書の教えや異邦人の知恵(ギリシア哲学)に重きを置いた。(p.85 改行はミーちゃんはーちゃんによる)
とお書きである。

アメリカ中西部での
社会の主流派としてのキリスト教
 まず、(1)に関しては、確かに、米国では、『キリスト教』と呼ばれる、キリスト教の香りのする何かは、エスタブリッシュメント、主流派であった、と思う。どのキリスト教が主流はなのかは、地域によっては違うけれども。

 まぁ、キリスト者でないものは人間扱いされなかったことは、東部や太平洋岸(ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州)のような地域ではいざ知らず、南部や中西部では、ちょっと前までそんな感じだったと思う。そして、中西部や南部では、今でも、という説はあるが、20年くらい前まで、圧倒的にキリスト教と呼ばれるキリスト教の香りのする何かを大量に含むキリスト教にかかわる人たちは、社会の主流派であった。東部では、メインラインと呼ばれるリベラル派のプレゼンスが高く、中西部では、一般に福音派と呼ばれるキリスト者のプレゼンスが高かったように思う。

 そのため、南部とか中西部とかいうところ出身で宣教師とかというかたちで、海外に伝道しに行った人は、自分の存在意義や信念体系を全く疑問に思わず現地の状況もガン無視して、現地の人々に語った、と思う。そして、自分の持つキリスト教以外の、現地の人々の思想、行動、言語を貫く、思想とか理念とか、論理は理解ができない部分があったと思う。

 そして、日本に特にアメリカ経由で入ってきたキリスト教の日本人関係者(牧師も信徒)も、この主流派の人たちの思考法や思想をそのまま維持する部分もあったと思う。その結果、キリスト教を教える側が自分たちこそ正義であり心理の保持者、というコンスタンティヌス的キリスト教を思想性とシンクロし、社会に対するウエメセの構造を教会とその関係者が持つ原因の一つとなったと思う。

 ところで、大英帝国は、良くも悪くも植民地支配を割と早くからしてきた。当初から、これらの植民地で異文化をもつ人々と、うまく付き合い続けたとは、とても言えないが、インドやパキスタンなどのアジアやアフリカでキリスト教以外の信仰体系と付き合わざるを得ず、多少は考える部分はあったような気もしないでもない。

政治制度や西洋の制度に影響したキリスト教

 (3)については、ドイツや大英帝国史、イタリア史なんかを見ていると、そうだろうなぁ、と思わざるを得ない。ドイツは教会に代わって国家が徴収する教会税がちょっと前まではあったって聞いている。今はどうか知らないけど。役所が住民を世話するという意識がないので、近代国家(というよりは、国家総動員体制で戦争し始める18世紀)に入るまで、ヨーロッパでの人口統計は、教会によるしかない。国管理の戦争をするようになって初めて、国民皆兵、血税(本来、血税というのは税金のことではなく、血を流すために戦争に行く義務のことを指したが今は、それはどっかに行っている)という名の戦争に生かされる義務を国民が勝手に国家から負わされてしまったために、国家が管理せざるを得なかったのだ。つまり、近代国家の事務の代わりを教会がしていた形である。ちなみに、日本ではパスポートは、都道府県ごとに発行しているが、それは、法定受託事務である。まぁ、あれも、一種の通行証やら、援助要請状であるので、中世カトリックの巡礼の皆さんが、教会に巡礼の最中にこの人キリスト教徒なんで、教会に宿泊させてくださいね、っていう証明書みたいなところもある。実は、ヨーロッパのホテルの出発点は、割とこの巡礼宿から影響を受けてるって話も聞いたことがあるようなないような。ホテル学や観光学が専門じゃないので、ご関心のある方は、英文とかヨーロッパ語の文献で調べてね。

 (4)については、未だにあると思う。国家(というよりは国家で広くいきわたっている文化や習俗)とキリスト教の結びつき強すぎて、個人の信仰の確立とは関係なく、ぎりぎりのキリスト者か、キリスト教ですらない自称キリスト教徒が欧米には、掃いて捨てるほどいることも確か。昔、アメリカにいたとき、「僕はアメリカ人だからキリスト教徒だ、君は日本人なのにどうしてキリスト教徒なのだ」と聞いて来た若者が居られたことを記載して終わっておく。今思い出しても、腹立つから。

 (5)は、教会でもあるんじゃないかなぁ。聖書そのものよりも、会衆とか、一部の声のでかい会衆とか、教会的伝統への配慮という、一種の訳のわからない、全体善と称される、根拠のないものが優先されて、聖書の主張が度っか飛んじゃうこと。この辺、現実の教会運営上ではかなりうっとうしい問題をもっていると思う。

コンスタンティヌス的キリスト教が行き着いた先の
自己愛としてのキリスト教
 (6)については、上沼昌雄先生も、そのように指摘しておられるようである。先生のブログ記事の一部を転載しておく。

 イギリスの聖書学者で歴史家であるN.T.ライトは、信仰義認が最終的な(まさに)目的であるとすると、それは結局 me and my salvation だけを求めていることになると指摘しています。同じことをニーチェも言っています。『「霊魂の救い」−−わかりやすく言えば「世界は私を中心としてめぐる」--キリスト教がこのうえなく徹底的にこれを蒔きちらしてしまった。』(反キリスト43)ライトもニーチェもそれがどこから来ているのかを見抜いています。ギリシャ哲学の霊肉・善悪二元論であって、肉の世界を離脱して霊の世界に救いを求める世界観です。プラトニズム化されたキリスト教です。

 N.T.ライトは歴史家として聖書学者として、目的設定は、もっ
と大きなことにあると言って、旧約聖書からの神の民に対する神の目的が、神の御子であるキリストによって成就したことに視点をあわせています。聖書全体の流れの中で、最終的に神の国の実現のために救いに預かり、召されている責任を語ります。キリストによる救いは、私たちがそれに預かることで、神の国の実現ために働くためなのです。信仰義認だけであれば、それは自己愛の信仰になってしまいます。

ということだそうで。

 今日も長くなったので、このへんで。次回は、コンスタンティヌス的なキリスト教(つまりキリスト教的な何かのほうが大きいキリスト教)との対抗関係などを内村先生を参考にしている部分のご紹介いたしたく。




評価:
価格: ¥1,836
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コメント:アメリカの国家と教会の歴史を簡単に知るには最適の本だと思う。わかりやすいし。


 お知り合いのS先生からの問題提起というか、議論のきっかけを頂いたので、

日曜学校におちいさい皆さんが減った理由

という記事を書いて、NHK の国民生活時間調査をもとに小学生(高学年のみ)の1975年と2010年の間の比較を行って、そのデータからつらつらと思いつくまま書いてみた。そうしたら、敬愛する塩屋のK先生からご紹介を受けたみたいで、一気に日曜学校におちいさい皆さんが減った理由のビューワーさんが増加し、先月末の記事にもかかわらず8月のトップ記事に。また、この記事を書いている時点で、109もいいね!を頂戴し、SNSの拡散パワーに驚いている。SNSの拡散パワーは、知ってはいるつもりであったが。

調子くれて中学生もやってみました

 教会でユース担当をしている知人が、面白い、って言ってくれたので、中学生版をしてみようか、という話になったので、ちょっとしてみようと思って、データを取りに行ってみたら、意外と面白い話が分かったのでご紹介しようかと。

前回は、百分率としてご紹介したが、今回は、データ入力の手間の関係から1000分率に変更してご紹介する。要するに、表示されている数値を10で割ると百分率になるので、その点だけご了解ください。

中学生のテレビ視聴の変化


 中学生のテレビの視聴が、1975年から2010年でどう変わったかを考えてみたい。
Fig5JHS
図1 テレビとネットの視聴状況の変化

 この図を見ると、朝9時台でのテレビの視聴が10%近く増加しており、従来ピークであると思われた6時代が7%ちょっと減少している。また、前回の記事でも指摘したように、正午前後のテレビ視聴者数が減っており、家族で日曜日のお昼間にテレビを見るという習慣は小学生ほどではないものの、かなり減っている。

 テレビそのものの視聴に関しては、日曜日の夕方6時台での視聴率は、1975年にも40%程度であったが、2010年でもテレビで35%程度と高止まりしており、夕方7時ごろは、2010年でもテレビ視聴しているものの比率が40%を超えている。その意味で、ファミリータイムとしての午後7時から8時台がテレビをみんなで見ているという状況がうかがい知れる。この図からは、夕方6時ごろから夜9時台までの中学生のテレビの視聴率が高いことがわかる。

 なお、ネットを見ている中学生のピークは日曜日の午後5時ごろの10%となっている。マイノリティではあるものの、一定のシェアを占めるメディアになっていることがわかる。

 テレビの代替減少として、ネットを見たときに、中学生の1975年のテレビ視聴率と2010年のテレビとネットの視聴率を合計したもので、図を作ったものが以下の図2である。

Fig6JHS
図2 テレビ(ネットを含む)を視聴している中学生の比率

 この図2を見る限り、朝9時に25%程度の中学生がテレビないしネットを見ており、朝9時頃がテレビやネットを触っている午前中のピークとなっている。この図からは、さらに午前中のテレビ等の視聴時間帯の前倒しと、ピークのボリュームが落ちていることがわかる。また、ネットとテレビを合わせても、日曜日の正午前後のこれらの視聴率は低下しており、テレビ等の視聴に関する生活行動の変化がこの35年の間に発生したことが推測される。

 図1と図2の比較でも、テレビとインターネットを利用しているものの比率を比べた場合、昼間に落ち込み、午後3時台の上昇がみられるものの時間的傾向は非常に類似している。テレビ視聴の1975年に比べての2010年の夕方の落ち込みの傾向は顕著にみられているものの、夜9時台と10時台の視聴率の大きさは1975年と大きく異なっている。

日曜日の昼からが中学生のレジャータイム


Fig3JHS
図3 レジャーを過ごしている中学生の比率

 レジャーを過ごす生徒の比率を見てみると、午前中では1975年と1990年とでほぼ変わってはいない。しかし、正午ごろからレジャー(外出)して過ごす生徒の比率が、15%から20%程度増加しており、とりわけ、日曜日の午後9時でも、外で過ごす生徒の比率が15%強とかなりの比率になっており、夜型生活への移行が見られる。前回の小学生のデータから明らかになった傾向よりも、この夜行型生徒の比率の増大は、より顕著である。

日曜日と中学生のスポーツ
夜型化する中学生


Fig4JHS
図3 スポーツで過ごしている中学生の比率

 まず、この図について注意喚起しておきたい。縦軸は百分率(%)ではなく、千分率(‰)であり、%換算にすると、ピーク値でも10%未満であり、クラブの最盛期であっても日曜日の活動がさほど増えてはいないことがわかる。この背景には、1975は、学校は週6日制(土曜日午後までが中心)がわずかながらも影響しているかもしれない。着目すべきは、日曜日の午後の減少で、5%ほどであるというものの、日曜日の午後にスポーツしている中学生の比率が下がっている点である。

 あともう一つ、19時から21時の時間帯の増加であるとは言うものの、その増加である。この背景には夜間コートや温水プール等のスポーツ施設の整備が影響しているものと思われる。

日曜日の自宅外学習の急伸

 次に自宅外学習のグラフ図4を見てみよう。
Fig1JHS
図4 授業・学校内活動をする中学生の比率

 この図4から見る限り、1975年には、ピーク時でも5%に達しなかった自宅外学習者の比率は、2010年には、ピーク時、日曜日の午前9時から11時台で30%を超えており、恐らく、この時間帯、塾かクラブという形で学校に行っているものと思われる。

 同調査では、どこにいるのかが主な関心であるため、塾なのか、図書館なのか、学校内での活動(クラブなのか)は判然としないが、現状を見る限り、塾かクラブで学校等に通っているものと思われる。日曜日の午後3時でも15%以上の中学生が塾などで勉強しているか、学校内にいるかであることがこの図からわかる。

 ここではややこしいのと統計の取り方が変わった可能性があるので、図示はしないが、1965年には、自宅外で学習する生徒の比率が午前から10%を超えており、午後4時に13.1%となり、ピークを迎える。恐らく1965年当時は、住宅事情等の関係から、図書館等の公共施設の利用が模索され、あるいは友達の家で勉強を一緒にするというスタイルも一般的であったのであろう。このあたり、サザエさんやドラえもんのテレビを見ていると、実は、こういう表現がちらちら出てくるので、そのような時代の反映であり、あのあたりのアニメの設定が1965年から1970年あたりにありそうなことも、このあたりの統計と重ね合わせると面白い。
 

Fig5
図5 学校で授業などを受けている小学生の比率(縦軸は百分率%)

 図5はほかの図とは、軸のスケールが違うことと、とりわけ縦軸の数値が百分率表示であることに関して留意が必要であるが、塾などの日曜講習や学校でのクラブの参加者が日曜日の午前中、小学生でも15%を超えているのと同様、中学生は同比率で行けば、30%を超えている。その意味で、日曜日の午前中は、中学生を塾で勉強するか、クラブに参加するか、という行為が中学生のかなりの部分に相対している感じがする。


Fig2JHS
図6 日曜日の中学生での学校外などで学習者の比率

 この図を見て驚いたのだ。2010年に自宅で勉強する中学生の数が日曜の午前10時で約15%、日曜日の午後12-17時で15%前後、日曜日の21時台で17%強減少しており、学校外(おそらく自宅)で学習する中学生の比率が非常に下がっている。恐らく、これは、週5日制の定着とともに、土曜日にシフトがある為ではないかと思われる。

日曜日の中学生の睡眠時間

 つぎの図7には、中学生の時間帯ごとの睡眠の変化をグラフに示したものである。これを見る限り、6時代から起きてごそごそしている中学生が1975年より増えている。DVD BlueRayという録画機器の普及に合わせ、深夜帯アニメなどの録画されたものを見ている可能性があるものと思われる。しかし、10時から11時にかけて睡眠中の中学生も増えている半面、21時以降睡眠してないものの比率も、1975年よりは多い。

 Fig7JHS 
図7 中学生の日曜日の睡眠時間

 とはいうものの、1975年より大きく変わったのは、早朝、夜の睡眠以外の活動をしているものの比率の増加である。

データから裏付けた変容のまとめ

 このように、NHK国民生活時間調査の1975年と2010年調査を利用した比較でみると、この35年余りの間に、中学生の多忙化(学校(クラブを含む)なのか塾なのかはよくわからないが、急速に中学生が日曜日の午前中に拘束されている中学生の比率が高いことがわかる。

 この学校あるいは塾での日曜日の午前、午後の早い時間帯での学校等で学習しているものの比率の高さは、図3にも表れており、中学生のレジャーの時間帯が基本的には、日曜日の午後の3時から5時周辺であることであることにも反映されている。

 レジャー全体について、中学生と小学生を比較した場合、レジャー全体については時間帯別の活動状況は、この35年で小学生の日曜日のレジャー活動状況はさほど変わらないものの、中学生では、日曜の午後の活動構造が、大きく変わっていることがわかる。もともと自宅で学習していた、あるいはスポーツをしていた層の生徒が、レジャーに向かったことがあるのであろう。詳細な分析は土曜日の生活時間帯の変化を含めて、検討すべきであろうが、その部分は、諸賢にお譲りしたい。お近くの市立図書館かどこかで、データを参照されたい。

中学生クラスを考える際のヒントもあるかな?

 教会にとって、中学校になると、塾とかクラブにとられるというのが、図3の午前中のレジャーをしている人の比率にも表れている。このような状況を考えると、ユースプログラムにとっての時間は日曜日の午後、それも遅めの時間ということになるかもしれない。

 現在、CS教師をしていないが、自派の夏季キャンプ等でCS担当させてもらったりする経験から言えば、小学生の時期は日曜学校にいるものの、中学生になると、夏でも学校行事などもあり、キャンプに来れない、1泊2日をとることが難しい、3年生になると受験で浮足立ってしまって、参加できない、なんてこともある。結構、中学生は、時間を学校とか塾とかに拘束されている感じがあるのは、なんとなくわかるが、中学生の行動が、おおむねこうなっていそうだということで初めて認識した部分、特に、レジャーの時間帯の変化は、今回やってみて、へぇ〜〜〜〜と思うことが多かった。

キリスト者として思うこと

 日曜日は聖なる日であって、学校行事を入れるべきでないというのは、原理原則を考えれば、キリスト者としてそうは思うが、学校の方や塾の方では、それを恐らくは理解したり、対応してくれないだろう。社会の多数派はそうは思っておられないからである。それを変えてくれ、といったところでも、無視されるだけであろう。

社会の変化の対応の一環のなかで
中学生伝道を考える
 もちろん、原理原則に従って、日曜日の朝こそ、ユースも、っていう考え方もあるし、それはそれで重要だと思うが、もし、神のことばをより広い中学生にも続けて残していきたい、というのであれば、日曜日の午後の時間帯、あるいは、日曜日の昼時、っていうのは意外と重要かもしれない。

 そのような状況を考えれば、実にユース伝道というのは時間設定も難しいし、ユースの皆さんやティーネイジャーの皆さんへの伝道の内容や工夫ってのを、それぞれの教会の実情やら、その教会が置かれた環境の中で、何をしようとするのかを牧師先生だけでなく、多くの信徒が参加できるように、そういう環境の中で、考えるのがいいのではないかなぁ、と思う。

 次回や次々回は、人気がなくても、個人的に面白いと思っているヨーダーの紹介を続ける。そののち、高校生編や大学生編もやってみたい。20代編とかも考えてもいいかなぁ、と思う。






 


 
 今月も長い記事も多かったのですが、それにもかかわらず、アクセスいただきありがとうございます。
 2014年3月  20499アクセス。
 2014年4月  24200アクセス。
 2014年5月  22690アクセス。
 2014年6月  11281アクセス。
 2014年7月  13883アクセス。
 2014年8月  12202アクセス。
 
割と、おとなしめに推移するも、月末の、日曜学校におちいさい皆さんが減った理由でいったん火がつき、お世話になっている塩屋のK先生のご紹介で、一気にアクセス急増。FBの「いいね!」が、109と、まぁ、ものすごくご好評頂いたようで、ありがとうございます。
なんか、こうやって見ていると、日本のキリスト教会の残念さに関する記事が上位に来るなんて…。そういうつもりで書いているつもりはないんだけど、それだけ日本のキリスト教会が残念というか、しんどい状況にあるのだろう。なんてこった。

 先月のご愛読を感謝しますとともに、今月もまた、ご清覧のほどを。


 あと、昨日の大河ドラマで出てたバテレン禁止令と、そのローラ語ウルトラ訳はこちらから。

バテレン追放令とキリシタンの講演会に参加して(2)




 はい。今回もハードなジョン・ヨーダーさん特集の第3回目。今回も厳しいかも、です。お子茶間向けではありませんので、あしからず。ま、面白ネタも併せてご紹介でしていく予定ではありますが。


Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(1) (08/23)


Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(2) (08/25)



 今回も、『ジョン・H・ヨーダーの神学』 東京ミッション研究所ヨーダー研究会編 新教出版社 からご紹介。

世界とキリスト者のかかわり

 今回のご紹介は、第3章 ジョン・ハワード・ヨーダーの神学 藤原淳賀論文から

ヨーダーは、キリスト者は世界を力や暴力によってコントロールしようとすべきでないと主張する。(中略)事実、ヨーダーはあまりに結果や効果に執着しすぎているという批判さえ受けることがある。彼は現実的に結果の出る非暴力的な道に強い関心をもっている。しかしながら、彼は、人でなく神が歴史の主であることを、そしてキリスト者はその実現にふさわしく行動することを主張する。(p80)
 なんか、力でテロと対抗し用とするために、「十字軍Crusade」とおっしゃったキリスト教徒を自称するアメリカの元大統領がおられましたが、もし、ヨーダーが生きていたら、何と思ったか、と思います。この人のおっしゃっている法と秩序って、かなり昔のテキサスの法とテキサス風の秩序なんじゃないか、と真剣に悩みそう。



MSNBCの録画動画


 当該部分に関するホワイトハウスの、公式発言録からの9月16日の記載部分 http://georgewbush-whitehouse.archives.gov/news/releases/2001/09/20010916-2.html から。

 ・・・・

Q            Mr. President, the Attorney General is going to ask for enhanced law enforcement authority to surveil and - things to disrupt terrorism that might be planned here in the United States.  What will that mean for the rights of Americans?  What will that mean -

             THE PRESIDENT:  Terry, I ask you to talk to the Attorney General about that subject.  He'll be prepared to talk about it publicly at some point in time.  But what he is doing is, he's reflecting what I said earlier in my statement, that we're facing a new kind of enemy, somebody so barbaric that they would fly airplanes into buildings full of innocent people. And, therefore, we have to be on alert in America.  We're a nation of law, a nation of civil rights.  We're also a nation under attack.  And the Attorney General will address that in a way that I think the American people will understand.

             We need to go back to work tomorrow and we will.  But we need to be alert to the fact that these evil-doers still exist.  We haven't seen this kind of barbarism in a long period of time.  No one could have conceivably imagined suicide bombers burrowing into our society and then emerging all in the same day to fly their aircraft - fly U.S. aircraft into buildings full of innocent people - and show no remorse.  This is a new kind of  -- a new kind of evil.  And we understand.  And the American people are beginning to understand.  This crusade, this war on terrorism is going to take a while.  And the American people must be patient.  I'm going to be patient.

             But I can assure the American people I am determined, I'm not going to be distracted, I will keep my focus to make sure that not only are these brought to justice, but anybody who's been associated will be brought to justice.  Those who harbor terrorists will be brought to justice.  It is time for us to win the first war of the 21st century decisively, so that our children and our grandchildren can live peacefully into the 21st century.

・・・
 この時、Bush元大統領がそのために闘うといった「アメリカ人が平和に暮らすため」という表現があったが、アメリカ人が現在、平和に住んでいるかってお言うと、どうもそうでもないように思うのだなぁ。世界のあっちこっちでアメリカ人とアメリカ軍、反感かいまくりんぐだし。今度は、ISISがらみで、シリアに乗り込みかねない勢いだし。オバマ君もなぁ、不運というか、間が悪いというか。

 それが世界の警察官を自称し、そうであるとも思っている人が少なくない、アメリカという国の宿命だし、その国民の宿命ではないかと思う。

ヨーダーの主要概念としての
神の国と神の支配(序)

 ところでで、ヨーダーの話に戻すと、ヨーダーが考えている倫理というのは、非常に限定的で、それが適用される教会が極めて限定的である、そして、神の国(神の支配)ということについて、ヨーダーの主張について、藤原先生は、次のようにご指摘です。

ヨーダーが考えているのは、キリスト者やそれ以外の人々を含めた「すべての人のための倫理」ではなく、自覚的信仰者からなる教会(Believer' Church)のための倫理である。ただそれは教会外の人に全く無縁なものではなく、彼らは教会から学ぶことができるとヨーダーは考えている。(中略)ヨーダーは決してナイーブな人物ではなく、現実を甘くみていたわけではない。そのうえで、中間時における神の国が、キリストの来臨とともにいまだ完成には程遠いにもかかわらず、実現し始めていることを強く主張する。(pp.80-81)
この部分読みながら、 

 キリストの来臨とともにいまだ完成には程遠いにもかかわらず、実現し始めている

という部分は、NTライトの終末の議論とも、近いかなぁ、と思うのですね。この、完成にはほど遠いにもかかわらず、実現し始めているというのが、信仰の一つの姿なのかなぁ、と思う。

 キリスト者も完成されたものではなく、完成には程遠いものの神と民となっていくことが実現していく存在として、この地上で生きることになるのであろう。完全に回復する完成の時は、さらに先にあるけれども、その一部は、この地上でもすでに実現しているのだという理解というのは存外大事だと思う。                            

これまでの神の国論争
       
 ところで、神の国、っていうと天国とか、死後の世界っていう人たちがいる一方、イエスご自身は神の国は既にあなた方のうちにある、とも言われているわけで。そのことについて、次のような藤原先生の解説がある。

20世紀の終末論は、神の国を「既に」と「未だ」の二つの間で論じられてきたといってよい。ヨハンネス・ヴァイスやアルベルト・シュヴァイツァーによって終末論は大きな転換を見た。ヴァイスは神の国を未来の出来事と見、シュバイツァーは神の国をイエスの存命中に実現されると考えられていたにもかかわらず起きなかったものとする。また、C.H.ドッドの「実現された終末論」はシュバイツァーの反対の極に位置する。彼はイエスと共にすでに神の国が実現していると考える。(p.81)

 アルベルト・シュヴァイツァーってのは、アフリカでの医療やヒューマニズムとの関係で有名ではあるが、実は、この部分に関しては、あまりよく知られてないのだが、イエス伝、歴史的イエス、Historical Jesusの議論では避けられないご仁として有名なのである。そこで、21世紀の今日までの神の国論争について、藤原さんは、これまでの議論をおまとめして、


 今日もっとも広く支持されているのが、「開始された終末論」(inaugurated eschatology)である。神の国はイエスと共に人間の歴史の中にすでに始まっているとする。しかし、それはいまだ完成しておらず、その完成は将来を待たなければならない。(p.81)

としている。ここまでの議論をおまとめすると、ヴァイスとシュバイツァーは味わいが違うけれども、結果的に神の国は実現しなかった、未完の神の国(0 ゼロ状態)と見ているが、ドッドは完成された神の国(1 フルに完成している状態)と見ているということらしい。しかし、神の国の状態は、真っ黒状態と真っ白状態の間のグレー状態にあるのではないか、とヨーダは言っているらしい。それについて、

 ヨーダーは、彼の時代の新約学のかなり厳密な研究に基づいて神学を構築している。そして彼の神学の根底にあるのは、神の主権と既に始められた神の国あるいは「開始された終末論」である。神の国はいまだ完成してはいないが既に始まっており、人の罪にもかかわらず、神が世界と歴史の主であるという確信が顕著にみられる。我々はヨーダーを理解するにおいてこのことに注意しなければならない。(p.82)

と藤原先生はお書きである。結局、ヨーダーさんがお怒りの相手は、霊肉二元論的な「白か黒か」論争、「完成したか、完成してないか」っていう極めて単純な問題の枠組みに納めてしまうことの問題なのだろうと思う。個人的には、これって、現実的な問題を考える際に、「間違った問いを立てると、間違った解決にしか至らない」ということの典型だと思うのだ。

神の国論争から見たヨーダーのメタ思考
メタ思考をキリスト教図書販売店の例で考える

 問題そのものの建て方を含めて考えないといけない、ってことなのだろう。この「問題そのものの外側にいったん自らを置いてみて、問題を眺めてみて、何が問題なのかを考えるか」ってのがメタ思考なのだと思う。

 最近、キリスト教図書を扱う書店の閉鎖が東京都の西の方とかでも相次いでいるらしい。そこで、この問題を考えてみると、一つの問題の立て方として、

 「(キリスト教図書を扱う書店が閉鎖されるとキリスト者が困るので、書店員さんがかわいそうなので、・・・と理由はいくつもあろうが)、どうしたらキリスト教を扱う書店書店を閉鎖しないで済むか」

という問題の建て方もある。こう問題を立ててしまうと、「キリスト教書を扱う書店の存続」そのものが考える際の参照枠の前提になってしまい、「書店をどうしたら、存続できるか」というところに焦点が絞られてしまう。この結果、

 1)献金しましょう
 2)もっと本を買いましょう
 3)ボランティア書店員を募って、人件費を図りましょう
 4)キリスト教出版社の仕入れ条件をよくしてもらいましょう
 5)祈りましょう
 ・・・・


というような解決策になってしまう。一見正しいように思える。そして、でてくる結果もよいように思えるかもしれない。しかし、本当にそうだろうか。

メタ思考で考えてみる
キリスト教書販売店の諸側面

 ところで、書店には、いくつもの側面があることも確かである。

 ■キリスト教書の流通と展示による出版物現物の提示で信仰者の信仰生活に資する。
 (キリスト者の信仰生活に資する本が出版されているとして、ではある。それがそうなっているかどうか、我が国では怪しいという話もないわけではないが)

 ■地域のキリスト者の幅広い人々の間の間接的な情報交換や情報提示の場を提供する。
 (別に本屋でなくてもいいわけで、図書館でも、喫茶店でも、パン屋でもいいだろう)

 ■書店員さんが生活のための給与を得る場

 ■出版社が、自社製品を展示してもらう場
  ・・・・・
などなど、とあるわけである。ところで、この書店という業界、極めて19世紀から20世紀的なビジネス(ブリック&モルタル型ビジネス)であるわけで、ずいぶんと今の時代に合わなくなりかけているような気もする。アメリカの書店業界なんかでは、すでに、ノン「ブリックアンドモルタル型ビジネス」への対応が急がれているような気がするのだ。

キリスト教書店が閉店したらどうすりゃ…

 もし、従来の書店が持っていた機能が何らかの形で維持されればよいのであって、それがどういう形で代替され、そのことによってもたらされるメリットはなんで、そして、デメリットはなんで、その中で、我々としてどうするのか、我々の日常の行動としてどう変容するのか、そして、欠けるものや現状で不足するものがあるとすれば、それを自分たちでどう実現していこうとするのか、ってことを考えないとまずいのではないか、と思うのだ。それが、メタ思考ってことでもあるんだと思うんだよね。

 その意味で、問題を考えるときにゼロか1かで考えるのではなくて、もう少し幅広い見かたや、そもそもの問題の背景を含めて考えたらいいとは思うのだよね。それがメタ思考ってことなんだとも思う。

 次々回へ続く。次回は「おちいさい皆さんが減った理由」が、かなり受けたので、その続編として、中学生編を社会調査データに基づいてしてみようかなぁ、と。

 

 
評価:
---
新教出版社
¥ 2,052
(2010-03)
コメント:全体像が分かる良い本のようだ。



  お知り合いの敬愛するS先生が、おちいさい皆さんが教会学校にいなくなったのは、牧師の責任か、教会学校の教師の責任か、という面白い問題提起をしておられたので、少し調べてみた結果をちょこっと載せておこうかと。Deepなヨーダーの話は、マニアックすぎて受けが悪いみたいなので、ここらで、ちょっと一休みしながら、箸休めとしたい。

 ヨーダー、いいですよ。なんで、平和を大事にされるキリスト者の方が、「ボンフェファーやバルメン宣言ばかりやるのか?」と思う。ツツ大司教とか、ヨーダーも、ご一緒にしてくれるといいのにぃ、と思ってはいる。

日曜学校におちいさい皆さんがいない

 では、本論。

 日曜学校におちいさい方々(子供)のいる教会は多いだろう。でも、全くいない教会もあるし、そもそも、それをやめてしまった教会もあると聞く。

 ところで、それはさておき、日曜学校に子供が減った理由は、まず、子供の絶対数が少ないというのはあるだろう。全国の統計であるので、本当は地方ごと、都道府県ごと市町村ごとに議論しないとまずいのであるが、それは皆さんへの宿題ってことで。

 こういうの書くと、「必ず不信仰だ」、「お前に信仰が足らん」とかいう人が出てきそうな気がするけど、まぁ、そのご批判は甘んじてお受けしよう。しかし、現実を知らず「祈ればなんとか」ってのもどうかとは思うけど。現実を見据えた上で、祈りをもって進むことが大事ではないか、と。まぁ、

 以下のような分析は、CS関係の図書で、すでに分析が乗っていて、対策が打たれているとは思うのだが。

政府の学校統計から

 政府統計の総合窓口っていう、政府統計がタダでダウンロードできるサイトから拾った、全国の小学生の数ってでエクセルでちゃちゃっと作ってみたのが、以下の図1なのだなぁ。出典は、文部科学省の全国学校基本調査がソースらしい。皆さん、これくらいのことは知ってますよね。
Fig1
             図1 小学生数の経年推移

減り続けている小学生人口

 1975年(昭和50年)をまぁ、基準にとりたい。ミーちゃんはーちゃんが小学校に入学するかしないかのころである。ベビーブーマー世代がひと段落して、また、児童の数が増え始めた上がりはじめのころなのである。特撮で言うと、仮面ライダーとかミラーマンあったかなぁ。アニメで言うとタイムボカンとか、名作天才バカボンとか、微妙なラ・セーヌの星とかが流行っていたころである。ラ・セーヌの星は、某地方局の夕方の再放送で高校生の頃にキッチュなアニメとして、見た。


         ラ・セーヌの星のオープニング

 児童数が、1975年には1036万人ちょいであるから、結構いたのだ。ピークが、1981年1200万人ちょっと切るくらいであるから、そこそこのボリュームがあったとみていい。なお、この世代は、バブリーな先輩たちの就職活動を横目で見ながら、自らは就職氷河期に直面した団塊ジュニアの皆さんである。就職先が少ない、人数多いと、ろくでもない状況だったのを覚えている。

 ところで、一時期は、1200万ほどいた小学生が、2014年には、660万人ちょいだから、ざっと、おおむね半分より心持ほど少ない数の児童数が小学校から、いなくなったとみていいであろう。

 そもそも、子供が減っているのだ。小学校に行くと空き教室がガラガラ、デイケアセンターになったり生涯学習センターなぞに施設転用されたり、地域の集会所に転用されたり、団地付近の小学校だと、割と活躍期間が短いまま(たとえば、10年未満)、閉校の憂き目にあった小学校も多い。

変わる生活時間と行動
 また、生活時間も大きく変わっている。近くの市立図書館に行って、NHKの放送文化研究所が、経年的に実施している生活時間調査の統計書から、1975年と2010年のデータをぽちぽちって打って作ったのが以下の図2から図5である。

日曜日のテレビ番組視聴の時間帯の変化

Fig2
図1 小学生(10歳以上)が日曜日の特定時間にテレビを見ている比率


 まず、この図を見ていると、1975年9時台に、テレビ見ていた層は10%くらいであるが、2010年調査では、30%前後ある。つまり、1975年には、小学生10人に1人はテレビを見ていたが、今では、小学生10人のうち、3人のテレビにかじりつきである。9時といえば、日曜学校をやっている教会も多いのではないかなぁ。

 その時間帯は、実はお子ちゃまにとっての番組(やや低学年向きの戦隊ものなどやプリンセスもの)の放送がある時間帯ではある。おもちゃメーカー、学習机メーカー、文具メーカーがこぞって商品化してくれるので、じいさんばあさんの財布やら、パパママの財布から、これらのメーカーさんとキャラクターの販売権持っている会社に献金がささげられることになる。

 意外だったのは、小学生にとっての日曜日のテレビゴールデンタイムは、ちびまる子ちゃんやサザエさんの時間帯ではなく、7時台に移っているという現象である。「鉄腕Dash村」とか、「さんまのからくりテレビ」なんかの放映時間帯である。小学生から見放された「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」なのだなぁ。ふーん。なお、昔関西では、この時間帯カルピス劇場の時間帯で、「フランダースの犬」とか、「アルプスの少女ハイジ」なんかのアニメやっていた。パヤオ氏が噛んでたような気がする。



こちらは変顔ハイジ
 (おじいさんが、ののちゃん元県議に似ているような気も…)


 もう一つ意外だったのは、、日曜日の昼間のテレビ見ている率の低さである。日曜日の昼といえば、その昔「クイズドレミふぁどん」など、結構子供番組っぽいのをやっていたが、今、テレビを日曜日の昼間に見ているのは、5%程度である。この時間帯、ミーちゃんはーちゃんは、教会に張り付いているので、どんな番組やっているのかはよく知らない。しかし、家族そろってご飯食べながら家族で楽しめる番組を見るということが成立しなくなっていることはわかる。

レジャー【外行き活動】の変化


 Fig3
図3 小学生が日曜日にある時間帯にレジャーに行っている比率

 この図を見ていると、ほぼ傾向としては、大きく変化していないが、9時台から10時台は、1975年には、小学生にとってレジャー時間としているものが、40%を超えていたのに、2010年では、30%をやや超える程度である。日曜学校のゴールデンタイムは、レジャータイムのピークの一つであるものの、その時間は、別の活動が入っているということだろう。じゃ、それ何かって考えてみたい。

 その前に一言触れておこう。1975年に比べ、18時から19時台がレジャータイムになっている小学生の割合が増えている。日曜日の夕方が、レジャータイムになった関係で、18時から19時に、日曜日の子供がテレビを見る比率が減った分、レジャーに費やしているようである。その意味で、夕方の楽しみ方をテレビではなくて、外で楽しむ人々が増えたってことだろう。

日曜日の午前中、塾で勉強?

Fig5
図4 日曜日の時間帯別の学校等で過ごす小学生の比率

 恐らく、午前中のレジャーが減った時間9時から11時の時間帯、それは、自宅外での学習時間にあてられているようである。縦軸のスケールが違うので注意が必要であるが、9時から11時にかけて、学校にいるか塾にいるかしているようなのである。15−18%の小学生が、塾なのか学校なのか、よくわからないが、日曜日の朝に勉強しているか、学校でやっている学習活動(体育クラブも含まれるかも)に行っているようなのだ。恐らく塾だと思うが。日曜学校の時間帯、子供はテレビにとられ、塾にとられているのだ。

日曜日の昼からもスポーツしているのかな?

Fig4 
図5 日曜日の特定時間帯にスポーツをしている小学生の比率(レジャーに含まれる)


 この図5を見る限り、日曜日の午後はスポーツタイムになっている。昼過ぎから夕方16時くらいまでが、スポーツしている感じだ。各地にスポーツ少年団とやらができたり、リトルリーグとか、そこでサッカーやったり、野球やったりと、しているみたいだ。ミーちゃんはーちゃんが教会から自宅に戻るために電車に乗る5時ちょっと前に、泥だらけのサッカー少年団のお子さん方と電車でよく乗り合わせるが、彼らは練習がえりだったり、試合がえりだったりするのだろう。

日曜学校なんか出る暇ないじゃん

 このデータをいじってみて、本当に思った。現代のわが国では、日曜学校なんか行く暇、日曜日には、小学生にはないのである。午前は、ちょっとだけテレビ、それが終わったら、塾、そして、塾終わったらスポーツ少年団、この子たちいつ休むんだろう、と真剣に思っちゃう。小学生、いと哀れなりである。

 日曜日は、安息日である。ボケっとする日ではなく、神との平和を確認する日であり、神の安息に思いをめぐらし、神のことを考える日なのに、それすら許されぬとは。なんという現実、なんという悲惨。

 小学生のころから、サラリーマンのおっさんみたいな生活して、サラリーマンのおっさんになって、何が面白い人生なのだろうか。真面目に考え込んでしまいそうになった。

日曜学校をこれまでの形で維持するのは

現代の日本では、
困難かも

 こうやって統計データ見てみると、もはや、日曜学校という教会にとって日曜日が大事だから、日曜日に日曜学校という教会の理念だけでは、子供たちへの伝道はどんどん難しくなるし、日曜学校に子供がいない、それは、牧師のせいだとか、日曜学校教師のせいだとかは言いにくい、と思うのだが。

 日曜学校は、定かではないが、炭鉱労働者でもあった子供たちの唯一休養日の日曜日に、読み書きを聖書を通じて教えるという教会の一種の貧困者への対策も一部にあったかのように記憶している。英語の文献でちらっと眼の端をかすったはずなんだが、どれだったか、忘れた。違ってたらスマソ。

 そして、これが英国の初等教育に関する公教育制度へと1800年代につながっていったはずなんだが…。教職課程途中であきらめたので、この辺の知識がない。いずれにせよ、日本での初等公教育の開始時期と英国での初等公教育の開始時期にそれほど大きな時代的な開きがあるわけではないことだけは言及しておく。

教会学校のそもそもの目的は何だろうか

 教会学校のそもそもの目的とは何か。それは、子供たちに神を紹介し、神が我らに与え給いし、神のことばを手渡していくこと、トラディシオしていくこと、残していくこと、聖書の言葉に力があると思いそれを残すことではないだろうか。このブログ記事の最後の本ではないが、聖書の言葉を「天の国の種」として、子供たちに、どんな実が成るか、花を咲かせるかわからずに、渡していくことだろう。

 芽は蒔いてすぐ出るとも限らない。5年や10年で出ず、40年、60年たって出る種もあるのだ。大賀ハスのように2000年たって出るやつも植物界にはいる。そんな感じで、老人ホームで、「主 我を愛す」を嬉々としてお歌いになる80過ぎのご老人もおられるのだ。

 日曜日がだめなら、別の日もあるのではないか。とはいえ、今度は、CS教師が足らんかも知らんけど。なかなか難しいけど、なんかやりたいなぁ。
 
子どもが子供を呼ぶ日曜学校

 子どもは、自分がいいと思うと、遠慮会釈なく自慢する。それが子供だし、子供らしいと思う。つまり、子どもが子供を呼ぶのが塾の世界だったり日曜学校の世界だったり、妖怪ウォッチの世界だったり、ポケモンカードの世界だったり、仮面ライダーカード(古ッ。お許しあれ)の世界だったりするのだ。しかし、そもそも、子供がいなければ、子供は集まらない。地域に根差した子供がいなければ、教会学校は成り立たないような気がする。

 個人的には、日曜学校時代、先生一人、生徒一人という究極の日曜学校教育をミーちゃんはーちゃんは受けさせてもらった。それはそれでありがたかったが、つまらなくもあった。同世代の友達、だれもいないんだもの。これって、結構子供にしてみたら、つらいと思うよ。

教会に同世代のいない
教会内おひとり様クリスチャン

 実は、ミーちゃんはーちゃんにとって、教会関係で同世代のお仲間とか、ちょろっと話しできる相手とか、相談できる相手が一番増えたのは、FBやって、同世代の信徒さんの友達やら、かまってくれる牧師さんができてからなのだ。それも、自分より若い信徒さんから紹介してもらってからという実に残念な状況。

 こういう、教会にいるけど、教会では同世代では、友達のいない、教会同世代おひとり様クリスチャンって、地方部には案外多いんじゃないかなぁ。

 そういう同世代のいないおひとり様クリスチャンをこれから増やしたいのか、ってことも含めて、30年とか40年単位の視点に立ったことを、考えたいよねぇ。G.G(グランド・ジェネレーションらしいけど、要するにジジイ)になりつつあるものとしては、それを感じるなぁ。

 それでは皆さん、ごきげんよう。


 


評価:
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キリスト新聞社
¥ 1,620
(2013-05-16)
コメント:面白いよ。是のバックナンバーに、日曜学校を考える篇があるはず。

評価:
---
日本キリスト教書販売
¥ 1,620
(2013-08-22)
コメント:韓国中国特集ですねぇ。面白かったよ。

評価:
バーバラ・ブラウン テイラー
キリスト新聞社
¥ 2,376
(2014-03)
コメント:絶賛、推奨中。

 前回の投稿では、ヨーダーさんのごくごく粗っぽっく紹介しながら、下記に表示されている本のご紹介をし、ヨーダーが教会をどう考えていたのか、そして、教会は現在もなお、神の物語を物語る存在であることをご紹介した。

 前回の記事は、こちらから。

  Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(1) (08/23)

では、今日の本題に入りましょう。今日は短め。
 
教会におけるイエスの中心性を
叫ぶヨーダー
 さらに、ジョン・H・ヨーダーの神学の第2章では、ヨーダーにとってのイエスの中心性について、次のように記載されている。
  さらに大切なことは、ヨーダーにとってこのことは単なる聖書解釈の問題なのではなく、生き方の問題なのだと言うことである。すなわち、もしある行動体がイエスを主と告白するならば、その生き方は主と告白した方への従順によって形成されなければならない。そしてこの従順な歩み方がテキストの意味を物語り、多様な表現の中での指針の統合や多様な人々からなる共同体のまとまりを可能にするイエスの中心性を指し示すのである。(p.47)

とお書きになっておられる。とりわけ、『その生き方は主と告白した方への従順によって形成されなければならない。そしてこの従順な歩み方がテキストの意味を物語り、多様な表現の中での指針の統合や多様な人々からなる共同体のまとまりを可能にするイエスの中心性を指し示すのである。』の部分は、エペソ4章やガラテヤ所3章由来の解釈だと思う。
 4:1 さて、主にある囚人であるわたしは、あなたがたに勧める。あなたがたが召されたその召しにふさわしく歩き、
 4:2 できる限り謙虚で、かつ柔和であり、寛容を示し、愛をもって互に忍びあい、
 4:3 平和のきずなで結ばれて、聖霊による一致を守り続けるように努めなさい。
 4:4 からだは一つ、御霊も一つである。あなたがたが召されたのは、一つの望みを目ざして召されたのと同様である。
 4:5 主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。
 4:6 すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます、すべてのものの父なる神は一つである。
 4:7 しかし、キリストから賜わる賜物のはかりに従って、わたしたちひとりびとりに、恵みが与えられている。
           (口語訳聖書エペソ人への手紙)

 カルト化した教会では、『一致』と言えば、『一つ』と言えば、皆が牧会者ないし、そのグループの代表的人物の聖書理解をマクドナルドの店員の『いらっしゃいませ。ご注文はどうされますか?』よろしく再現したりすることを指すらしいのだが、ヨーダーの面白さは、教会における一致を考える際に、多様な表現、多様な人々からなる異質なものが一つに集められた共同体という側面が強い点のような気がする。こういう思考って、大事なんじゃないかなぁ。

非メタ思考とメタ思考
そしてヨーダー

 メタ思考ができない人やそんなことをしたくない人は、楽なので、自分自身を多少ぎくしゃくしても、他人の「ものさし」に合わせるという形で自身の行動をマクドナルド化し、また、それが効率が良いと いうことで他者についてもマクドナルド化しようとする愚を犯す。しかし、「それでいいんかい」、「あんたたちメタ思考しなくていいのかい」、「それって、問題をとらえたことになっているのかい」とメタ思考をする人たちは、その人たちの過程そのものを疑う、結構本質を突いた議論を吹っかけてくる。こういう論法、多分多くの人にとっては、虚をつかれた感じになるので、虚をつかれたほうは慌てふため き、その自分の弱さやあわてている状態をさらけ出したくないために、虚勢を張ってみたり、相手を罵倒することで真実を隠そうとすることもあるとかないかなぁ。

我らが置かれたこの時代と
教会の関係

 さらに、本論文の最後で次のようなヨーダーの問題提起をしておられるが、これは、キリスト者全体にとって有益な指摘ではなかろうか。

 ヨーダーによれば、その様な考えかたが発生する状況は、教会が周辺社会を支配する政治・経済・思想に癒着して、ある種の暴力的構図が存在してきた事実(コンスタンティニアニズム)(引用者註 ローマ時代に国家と教会が一致して政治体制化したことに由来する教会を統治システム化しようとする動き)に 原因があるという。けれどもそれは、教会の信仰告白の内容やそれに対する誠実さに問題があるのではない。むしろ、教会が一方で普遍的領域を強引に想定して 周囲に押し付け、もう一方で「イエスは主」という信仰告白に不誠実であったことの結果であるという。(pp.61-62)

 うーん、参りました。ヨーダー先生。御説御尤!

 基本的にキリスト者が切り捨て者になりやすかったり、キリスト者が一般の人にとって、結構暑苦しい存在に映るのは、『教会が一方で普遍的領域を強引に想定して周囲に押し付け』という精神構造があるからだろうし、その押し付けようとするのものが、聖書やイエスの本来的な主張である「神を愛せ」そして「人を愛せ」ではなく、『「イエスは主」という信仰告白に不誠実』 であったために生み出された倫理的な生き方として、パターン化されたものに堕してしまったことを、信徒とか、来会者の皆様に求めているからなのかもしれない。その意味で、教会が『「イエスは主」という信仰告白に不誠実』であるがゆえに、ギリシア哲学に乗っ取られたのであろう。その意味で、その点の猛省を迫られたような気がする。ハイ。哲学的反省いたします。

 次回、3章の紹介へと続く。

 


評価:
価格: ¥2,052
ショップ: 楽天ブックス
コメント:手ごろで読みやすく、ざっとした理解をするには最適。重要なことが書いてあると思うよ。

 今回からのシリーズは、かなりハードかもしれません。入口は思いっきり下げてみようかと思いましたが、かなり難解。ミーちゃんはーちゃんの問題というよりは、お化けのような神学者、ジョン・ハワード・ヨーダーの問題かもしれません。

Yoda?Yoder?
Master Yoda 最近、ジョン・ハワード・ヨーダーに関心を寄せている。面白い御仁らしい。このヨーダーさんなかなか魅力的。

 ヨーダーと言っても、緑色したスーパーマンとも称される、隣の写真に示すようなMaster Jedi Yodaではない。

 ちなみに、個人的に、Master Jedi Yodaは嫌いではない。

 スターウォーズで個人的には、ダース・ベイダーに続いて、好きなキャラクターかも。
 
 そうそう、ダースベーダーって、こういう気の抜けたのもいいやね。この栗コーダーカルテットって人たちはやたらと技術レベルが高いのに、こういうことしてくれるのが、いいやね。

栗コーダーカルテットによるダースベーダーのテーマ

神学者 ジョン・ハワード・ヨーダー

 このヨーダー(神学者のほうね、左の写真に出てくるYoderさんのほう)さん、結構ファンがいるらしい。このヨーダーさん、後に紹介する本によれば、メノナイト・ブラザレンというかなりマニアックな少数派のキリスト者集団のご出身らしい。

 それより少数派のプリマス・ブラザレンのミーちゃんはーちゃんがが言うなって?

 それは御説の通り。

ファンの多いジョン・ヨーダーさん

 ツイッターでミーちゃんはーちゃんがフォロー中のJohn H.Yodaさんの5月4日の投稿が次の画像。JodaとJoderの合成写真、おもろすぎワロタ。ミーハー氏とギャグやらなんやらの感覚が一緒。痛いほど似ているのもね。

 
 ところがである。この神学者の方の、John H. Yoderであるが、平和主義・非暴力主義をかなり言った神学者であるものの、セクハラ疑惑・暴行疑惑が付きまとっているらしい。Wkipedia情報。

 そういう意味で、神学者の方のJohn H. Yoderさんであるが、倫理学関係の研究者でありながら、というあたりが神学者、倫理学者としての取り扱いがどうもいろいろ悩ましい、らしい。いろいろありすぎて、正面切って応援しにくい事情もあるらいい。

 
Yoder入門書?
 とりあえず、原著に手を出してもいいのだけれども、その前に、という意味で入門書ということで「どこが入門書?」という思いもしなくもない東京ミッション研究所 編のジョン・H・ヨーダーの神学 −平和をつくりだす小羊の戦いー を読んだ。いくつか言いたいことはあるが、何となくヨーダーという巨人の全体像を見るには、非常によい本のような気がする。(新教出版社のステマではなく)この入門書のフリをした論文集、第2章から第5章までが秀逸。(第1章は、まとめのまとめなので、つまらなく見えるだけなので、第1章がよくないという意味ではない。)

 この本の中からいくつか拾ってみたい。(今回は、第2章 中島真実論文から)

ヨーダーの教会論

 ヨーダーの教会論について、同論文では、次のように紹介されている。
 
 ヨーダーは、キリスト者にとって世界の見方と行動の仕方を訓練する共同体とは「イエス・キリストが主」と信仰告白する教会なのであるという事実に注目する。すなわち、イエス・キリストが主であるということは、イエスの出来事において創造主なる神が歴史的に決定的な形で(終末論的に)ご自身をあらわされたということで、そのことを信仰の告白となし、それに基づいて存続する共同体としての教会がキリスト者の生き方を方向づけるのであり、これこそが「神学的」倫理学においてまず注目されるべきことなのである。(p.35)

と述べたうえで、同論文では、ヨーダーからの次のような引用をしておられる。
 教会の自己理解に関いて一貫性を与えている理法は演繹ではなく物語である。(p.36)

とか紹介されている。教会が物語として神を語るというのは違和感があるかもしれないが、以下に紹介するように、それはヨーダーの神学においてこの物語という概念要素は、極めて重要な役割を果たすようなのである。

物語と教会のアイデンティティ
 さらに、物語と教会のアイデンティティについて次のように記述されている。
 
 ヨーダーが着目するのは教会の特殊な物語とアイデンティティである。しかし、彼はそれらが特殊だからと行って、ある特殊なグループの内部に閉じ込められるようなものとはみなさない。むしろ、後述のようにそもそもそれは表現され、伝達され、継承される性質のものであるし、そのように扱われるべきものである。ただしその手段もやはり一般化によって無時間的真理についての理性的説明を設定することよりはむしろ、いかになぜ教会が誕生し、存在し続けていることかを物語ることなのである。ところが、こうした物語は一貫した概念や筋道をもっている一方、物語る形式は語り手の時と場所によって多様である。
 (中略)
このように、物語という形式は、統一性と多様性の構造を教会の指針伝達に備えさせるのである。即ち、教会にとってのこの一貫性は自らの特殊な物語を貫くイエスは主と言う信仰告白を通して与えられ、もう一方でこの告白がそれ自体の豊かな内容を教会の具体的証言や伝達の中で多様な形で開示するのである。(pp.36-37)

というふうにヨーダーの教会理解が紹介される。このなかで、「一般化によって無時間的真理についての理性的説明を設定する」ということで、一般化した形で、教会ってこんなところですよ、と教会を語ることや、そういうものとして教会について語ることがキリスト者にとって多いかもしれないが、そのことの問題点を指摘しておられれる。多くの場合、メタ思考(メタ思考ってのは、問題を一旦はなれてその周辺を見て考えること)ができないので、語られる方も、語るほうもそれで満足してしまう。そして、その問題設定の枠組みから出れなくなってしまう。

 ところが、メタ思考ができているヨーダーにとってみれば、そんな一般化した議論は無意味であって、それよりも、ヨーダーの諸論によれば、「むしろ、いかになぜ教会が誕生し、存在し続けていることかを物語る」ことが重要であるらしい。それを、「教会の具体的証言や伝達の中で多様な形で開示する」ことにミーちゃんはーちゃんが取り組んでいるか、と聞かれると、非常につらいものがある。これには、こころがグサグサ。

 ちなみに、メタ思考、本当はもっと複雑なんだけど、わかりやすく示していたサイトがあったのでご紹介。

メタ思考では、いったん自分の視点を離れて、もっと自分の頭のうえの高いところに視点を移してみるのです。まるでヘリコプターで上昇するように視界を拡大してみるのです。 

眼下には相手である顧客が怒っている姿が見えます。対応に困っている自分の姿が見えます。その後ろには、会社の上司たちの姿も見えます。

このように高い視点から俯瞰してみると、今までと違った考えが湧いてくることがあります。 なによりも状況を客観的に眺められるので、それまでの閉鎖的環境から抜け出て余裕ができるのです。新しいアイデアがひらめいたりします。

視点を変えてみる、こと


概略をつかむうえでは、これでOKではないかと。

 次回へ続く。


 前回の記事では、そもそも、大学はアメリカやイギリスの名門大学と呼ばれるところは、神学教育機関であった、ということをお話しした。

  大学教育と神学 日本の大学を考える その1

 今回は、前回書ききれなかった諸学の一部が実は神学と深い関係にあることをお話しして終わりたい。

政治経済学って神学校での科目だった?
 最近になるまで、というよりは、はじめてのジョナサン・エドワーズを読むまでは、気がつかなかったのだが、経済学という学問分野は、もともと政治経済学(political economy)といい、ジョナサン・エドワーズの時代には神学教育の中で、最終学年に、神学校の学長クラスが、世の中の仕組みをどう見るのか、人々がどう動いて社会がどうなるのか、ということを解説した科目だったらしい。この辺ことは、経済学の授業でも触れないし、自分が教えた時も触れなかった。あんまり入門的な本にはこういうことが書いていない。

 そんな政治経済学の分野でも、いろんなイギリスやフランスの人々を中心とした経済学者の皆さんが、経済学だ、とは思わずに書いたりしているうちに、アダム・スミスが国富論(諸国民の富)を書いたり、ベンサムがいろんなこと書いたりして、現代の経済学の基礎なんかがなんとなく造られて行って、そういうのを専門に教える人が出てきたり、政治経済学が独立して、経済学という学問体系ができていき、マルクス君が資本論などを書き、専門化が進み、細分化が進み、数学が経済学を解析するツールとして使われるようになって、ことばでやる経済学が割と隅っこにおかれて行ったりする。とはいえ、Journal of Political Economy という経済学ではものすごく権威のある1892創刊の雑誌が今も継続出版中ではある。

科学も、もともとは自然神学が出発点
 社会科学だけでなく、自然科学だってマクグラスの下記の本で書いてあったと思うのだが、啓蒙時代、近代に幅を利かせた科学そのものだって、もともとは、自然の中にあらわされた神のわざを明らかにしたいという立場の学問、すなわち自然神学という立場から出てきたわけで、本来は対立的なものではなかったのだが、科学が学問分野として自立し、独立して自分たちの論理を持ち始めるとそれはそれで、もともとあったところの立ち位置とはかなり別なものになっていく。

ギリシアの科学哲学が
一度崩壊した西ヨーロッパ
 いや、ヨーロッパの学問の基礎にはギリシアの自然哲学があるのでは、というご指摘をされる向きもあろう。もちろんそれはそうなのだ。しかし、それはヨーロッパが連綿として保存していたのではなく、ヨーロッパでは、ゲルピョン民族がやってきたり、ゴート人の御一行様がご到着になったりして、ローマがそれまで保存していた文化や文物がてんでんばらばら、ちりじりになっていく。そして、肉体派の前では頭を使う人の価値はほとんどないので、ペンより重いものをもったことのない学者とか、学問の体系をいじる人たちはその価値がなくなり、そんなことをしている余裕がなくなって、異民族の中に浮かぶ孤島のようなローマにかろうじてその一部は残るものの、いわゆる西ヨーロッパを中心とした世界は、学問って何それおいしいの状態、哲学って何よ、って状態になる。そして、学問と学者は、東ローマ帝国、とりわけコンスタンチノープル、コンスタノポリスを目指して、学者の皆さん走り出す。しかし、トルコ陸軍に責められて、コンスタンチノープルが陥落した後、そこにあった知的遺産は、結局イスラム学者が引き継ぎ、保存されて行くことになる。

イスラムとヨーロッパの科学
 その後、イスラム世界との交流の中で、リザーブされていたギリシア哲学が、印刷物の普及や植物性の原料による紙の作成法などと同時にヨーロッパを席巻していく。それまでは、動物の皮(特に羊の皮)を素材とした用紙だった。その意味で、近代ヨーロッパの科学を支えたギリシアの自然科学、自然哲学、数学はいったん西ヨーロッパで端に耐えて、ルネッサンスの種のような役割を果たしたらしい。その意味で、ヨーロッパ人も、その学問成果のお世話になっている日本人も、基本、イスラムの皆様にはお世話になっているんだけどなぁ。

放蕩息子になりやすい諸学問
放蕩息子の兄になりかけた神学の一部
 経済学にしてもそうだし、科学にしてもそんなものだが、もともとはキリスト教の中で、育まれていたものが、勝手に分離して行って、放蕩息子のように勝手な道に進んでいったのだろう、と思うのだ。神学の中でも、似たようなことは起きる。もともと、神のことばとな何か、を考えているうちに、どこまでがオリジナルテキストなのか、っていうことで、批判的にテキスト批評して行ったら、放蕩息子の兄みたいに、キリスト教としての信仰の基礎となる聖書そのものを、ばらばらにしちゃいそうになった人たちもいる。

 出発点がよくても、でてくるものはろくでもないものが出てくる、それが所詮人間のしてきたこと、人間がしていることかもしれない。我々は、出発点やその最初の出発点があれば、もたらす結果もよいものであると思いたいし、信じたい。そうは問屋がおろさないのが人間というものだし、そうさせないのが、神の不在を起こしやすい人間なのだろうと思う。キリスト者は神の不在とも言える罪がないのではなくて、神の共存が常態ではない罪あるものではあるが、それをとりあえず共存しているものとみなしてもらっているに過ぎない存在なのだけど、自分が一番になってしまって神が一番でなくなって、勝手に自分の思いを神の御思いと取り換えちゃって、
本来の神の御思いと違うことをはじめちゃって、戦闘民族化しちゃうのがねぇ。そもそも、それは偶像崇拝だと思うし、罪だと思うのだなぁ。

 余談に言ったので、本論にもどすと、大学とかで学問(真剣に考えること)をする際に覚えておいた方がいいと思うのは、自分たちの不完全さであり、自分たちの限界である。人間は神でない、ということであり、自らが神でない、ということを知った上での神の存在への「恐れ」というか、「自らの残念さの自覚」を持つというなのだろうと思う。

大学は何をする「はず」のところか
 本来、大学ということろで教育というか、教員と学生が共生している中で、実施している「はず」のことは、単なる知識の切れっぱしを板書したり、知識の切れっぱしが書かれた本に書かれたものを与えるようなものではなく、それぞれの専門分野を素材にとりながら、それに向かっていくとはどういうことか、教員と学生が人格的交流の中で、人生で生きる上で考えなければならない際の考え方、自分たちが完全でないことへの気付きをもつ中での「自らの残念さの自覚」をもつものとして、どう現実に向き合っていくのか、ってことを考えるときに、堂物事を見るか、どう考えるかということの考え方のアプローチを教員と一緒に体験的に自らのものにしていくこと、なのだと思う。つまり、人格的交流の場のはずなのだとおもうのだがなぁ。まぁ、カッコよく言えば、教員と学生からなる学習する共同体、Learning Communityであり、その成員として過ごすことに意味があるところではないか、と思うのだ。

 遊学という良いことばが以前はあったが、本来、大学ってのは、遊学をする場所であり、その中で自分が問題や事象を幅ひろい立場と視点から見る目を養う場所だったのだけど、それを職業人養成所や就職予備校にするのは、ねぇ、どうなんでしょう。

諸学の連結の学としての神学
 どの学問体系でもそうだと思うのだが、その筋の専門家に触れて、自らの不明というか自らの残念さを自覚的に認識するとともに、そうであるがゆえに、その筋の専門家と枠を超えてつながっていくことが重要だと思うし、自分自身の不明さ、そのふがいなさ、残念さを覆う存在として、そして、この地上に存在する様々な枠組みがナンセンスであり、それは大きく見えるけれども、神の前に意味がないことを身をもって示されたイエスとそのイエスを遣わされた神を知ること、そのイエスについて我らに与えられた神についての学が神学だと思うのだが、そして、ふがいない、残念さをうちに持つ、神と一つになれないものが、そして、わずかの期間でも一つの思いになることが人と人との間で実に難しい存在であるものが、生きるという意味を神が与え給いしことばである聖書と取り組み、そこに問い、そこから生み出されるものが神学だと思うんだけれども、違うかなぁ。

 大学時代にお世話になった、パスカルの研究者でもあられた故湯川先生が、大学での哲学入門の講義でお話しされたことがいまだに忘れられないので、紹介してこの稿を終わろう。

 君たちは、かんたんに哲学という言葉を使う。テレビや新聞でも、野球哲学とか簡単に使う。そんなものは哲学ではない。生きるということ、そこで、人間として生きるということ、人間として考えるということこそ、そのものが哲学なのであり、それを結晶化しようとするものが哲学者と呼ばれる存在なのだ。思い付きでしゃべること、深い思慮に裏付けけられていないものは哲学でもなんでもない。

 その時は何とも思わなかったが、いま考えてみると、神のいぶき、霊を受けて生きるのもであるものとして、神のことばに基づき、それを手がかりに神の御思いが何か、それをどのように実現するのかを考え、他の人々と対話しつつ、日常生活の中で真剣に生と取り組み、心を尽くし、思いを尽くし、精神を尽くし、知性を尽くして、神とともに生きるということが、我々平信徒にもできる神学、あるいは、キリスト者としての生き方、かもしれない。
 
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コメント:アメリカの文化と歴史と社会とキリスト教を理解するうえで欠かせない1冊。まず、アメリカ社会を理解しようと思うと、この本読んどいたほうがいい本。

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コメント:よいよ。科学や学問と聖書で対立的に考えるのではなく、もともと科学の意味から学問と聖書理解の問題を考えるのに参考になると思う。

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コメント:時々、わかりにくい部分もあるけど、イスラムとのかかわりの中でヨーロッパの発展の裏面市を追ったような本。良いと思う。

 この記事は、これまでの教会と献金シリーズのはみ出し部分である。本当は第4回に書くつもりだったのだが、内容的に多すぎるので、別記事仕立てにしました。

 前回の記事、前々回の記事で、牧師が話すことは、実は2000年のキリスト教の体系と豊かな知の体系に基づくものになっているはずだという話をした。何にでも例外はあるので、そうでない事例もあることはまず、認めておきたい。

 その2000年のキリスト教の体系、聖書理解の体系と、それにアプローチする知の体系の教育機関というか、教養教育をするためのその修養機関が本来大学の出発点ではあったし、現在もそうであってほしい、という話をしておきたい。国公立大学ではそういう宗教教育的な教育は、そもそも、そういうことはしないということになっているので、無理だけど。

 しかし、知の体系化というか、卒業生が社会の中で生きていくための基礎となる知的作業をどのように構築するか、という方法論の訓練をすることが、多分、本来の大学の価値ではないか、と思うのだ。某国総理大臣は、企業にとって役立つ教育を、って言っておられるが、それなら、大学を専門学校や大学を就職準備学校にするのではなくて、専門学校を強化すればよろしい。その方がよほど企業にとって役に立つ。

日本の大学と日本の教養

  日本にも確かに大学があるし、日本の大学はそこそこではないか、というかもしれない。そうなのだ、そこそこなのだ。日本にも、日本特有の教養があるし、学校で教養教育を中等教育でもしているではないか、とおっしゃるだろう。しかし、それは聖書理解をするための教養教育ではなく、明治のころからの漢籍や日本の平安鎌倉期ごろの典籍をかじる程度の教養教育なのだ。すべからく生徒(中学校、高等学校の生徒を示す)に一般教養として与えるためには、かじる程度の、あるいは入門の入り口程度のものしか時間的制約、教える側の制約がある以上、できないことは確かであるし、それで十分だろう。

 日本の大学教育が日本型の教養依存になっていて、それのどこが悪い、という方もおられるだろう。ここは日本だ、って。そして、我々だって、聖書理解ができるではないか、日本の漢籍だって、古典だって、教養として多少は役立つではないか、とおっしゃるかもしれない。そうかもしれない。

欧州の教養と聖書理解

 しかし、英国(そして米国では、一部のエリート教育を施す学校)や欧州の教養人は、キケロやユリウス・カエサルを8歳ころ(当初は読みやすいもので教育される)からラテン文で学び、ラテン作文をさせられ、ギリシア語を15歳くらいには素で読んで意味がわかる教育を受けているのだ。それと同時に人前で話すという教育訓練を受けていく。アメリカでも、そのことがされている証拠が、つい最近亡くなったロビン・ウィリアムスが出てきていた、Dead Poet Societyで見られる。


故 ロビン・ウィリアムス出演のDead Poet Society(邦題 いまを生きる)

 何、ラテン語やギリシア語が読めるから偉いと言っているわけではない。

 聖書と聖書の教育へのアクセシビリティ(近接性)が日本よりはるかに良い環境の中にいる人たちがいる、ということなのだ。そもそも、後進国として先進国に追いつくために大学を明治のころから設けていった我が国と、欧州とでは根本的にその成り立ちとうか、根本が両者で違うだけのことである。

日本の大学モデルの変容

 戦前は、欧州の中でも後発で、当時、やたらと勢いのよかったドイツから学問の体系と学問の方法論を大学教育とセットで国立大学を中心に移植しようとした。なので、昔の大卒はフリだけでも、単語くらいは使える程度にドイツ語を解するもの、という暗黙の理解があった(なお、ミーちゃんはーちゃんは昔から変わりものだったのでフランス語族)。医学の世界なんか特にそうだったが、最近の医学生に聞くと、ドイツ語は残念ながら、日本の医学教育の中で死滅した模様。ところで、昔の大学院の試験には、第2外国語があった。ところで、いまだに、旧帝大系では、第2外国語の試験が一応ある模様。

 2回の世界大戦を経て、ドイツも戦争に負けたし、アメリカが日本に進駐してしまった関係もあり、アメリカの学制をモデルにし始めて、中等教育から高等教育まで、アメリカの大学のモデルをセットもので移植がこころみられたため、完全に米国型モデルに移行できてないものもあるが、かなりアメリカの教育モデルに近いものに変って行っているように思う。
 特に、世俗化が進み、神学を重視しない風潮だったアメリカの高等教育制度での大学や、神学部抜きでの高等教育を行う州立大学などをモデルにした大学のテンプレートが持ち込まれて行き、高等教育が進められていく。そして、それが、大学というものなのだ、ということになっていったとおもう。

 だが、ちょっと待ってほしい。

ヨーロッパ系大学の伝統

 本来、欧州での大学は、司祭(神父)養成所、牧師養成所として始まったところが大半なのである。イギリスでも、古い大学であるオックスフォード、ケンブリッジはそうである。アメリカでも、名門校と呼ばれる、ハーバード、イェール、プリンストンあたりは、確実に牧師養成所を背景としているからこその、神学を扱っているからこその総合大学(University)らしいという印象がミーちゃんはーちゃんにはあるのだ。

日本の大学はどう見えるか

 同じ大学、って日本語で表示されるけど、実はかなり中身や雰囲気が違うような気がする。諸学を扱う大学っていう意味では、神学を扱って初めて、ユニバーシティであるはずなのだけれども、神学抜きの州立大学などをモデルにした日本の大学は、実は、なんちゃってユニバーシティに見えると思うのだ。アメリカの州立大学もなんちゃってユニバーシティだと思うけど。その意味では、東京大学以下日本の国公立大学は、州立大学クラスであり、なんちゃってユニバーシティで、実態としては専門的な、あるいは、技術的な深化を目指したタコつぼ型の教育を行うカレッジの寄せ集めに近いように思うのだ。失礼な物言いになっていることはお詫びするが、総合、っていう観点は、全部そろっているから、総合であって、それが、総合というか、シンセシスSynthesisされているか、とか、統合されているかって言うとかなり・・・な気がする。ただ、東京大学以下の旧帝大系の国立大学生に優秀な学生が多いのは確かであるけど、まぁ、中にはそうでないのもいないわけではない。

 この辺、詳しく考えたい向きには、この記事の下部に紹介した、ヨベルから出ているキリスト教系の哲学者の方の書かれた本を読まれるとよろしい(まだ、半分くらいしか読んでないけど、かなりいい、翻訳は大学の先生が訳しました、って本になっている)と思う。

 そもそも、大学(universityユニバーシティとか、universitasウニベルシタス)って、結局全部のことを何となく全体として突っ込んであったはずだし、それぞれの諸学が横のつながりを見ながら考えましょう、ってのが基本大学だったはずだし、いろいろな立場から物事を考えるってのが、哲学のはずだったし、それを考えた偉い人がもらえるのが、本来、Ph D.(哲学博士って訳されることもあるけど、博士様)のはずだと思うのだがなぁ。

 そいう言う意味で、ミーちゃんはーちゃんのようなハンパものが言うのは、口はばったいことではあるが、ある面、思想を突き詰めながら、学の体系を統合化(シンセシス)するのが、本来の学の役割だったのだろう、とはおもう。そして、個人の中である程度体系化された形で統合化できるようにし、複雑な社会に向かって、自分たちの聖書理解や、自分たちの信仰理解の上で、聖書に基づきつづ、どのように生きるのか、を牧師先生方が、この世界に生きる普通の人々に提示するための学問の体系を提示するための基礎教育機関が、現在の大学と呼ばれるものの原型であったのではないか、とは思うのだ。

 次回へと続く。



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コメント:あまり有名でない神学部で何が学べるかを外から知るには、悪くないけど、それ以上のことはない。

 さて、これまでの3回で、日本の現代の若者の宗教施設と献金とか賽銭にまつわる問題を触れ、日本人の若者と宗教施設に対する金銭的支出の問題を考えてきた。本日最終回として、日本における牧師とそれを支える献金について触れ、この稿を終わりたい。

 これまでの3回は、こちらから。

献金と賽銭 日本の若者の宗教への関与(1)(2014.08.04)


献金と賽銭 日本の若者の宗教への関与(2)(2014.08.06
)

献金と賽銭 日本の若者の宗教への関与(3) (2014.08.11)

 

これまでのキリスト教ブームと
海外からの支援

 日本には、これまで、3回から4回くらいのキリスト教ブームが起きている。まず、初回は、いま、放送法で特別に位置づけられた日本放送協会の大河ドラマでやっている「軍師 官兵衛」の時代、織豊政権期とそれに引き続いた江戸初期である。

織豊政権期のキリスト教ブーム

 上智大学の川村先生のご講演をお聞きする限り、最初は、コンフラリア・ミゼリコルディア的(救済共同体を形成しての相互扶助的、弱者への愛に基づく行為を良しとする)な貧者救済から入り、その後、大名クラスへの伝道に切り替え、殿さまがそうなら、我等も、って感じで、お武家さまから領民に至るまで、キリシタンに宗旨替え、ってことも起きた模様である。これを豊臣秀吉が、「けしからん」ってことで、伴天連追放令を出したってとこらしい。この辺りの背景は、こちらから。ちなみに、コンフラリア・ミゼリコルディア時代には、既存の農家とか元浄土真宗(九州では、ここからの宗旨替えが多かったらしい)の会所を徹底的に再利用したらしいし、もともと、毛坊主(門徒衆の代表者)が司祭職の代わりへとなったケースが多いらしいので、あまりコストはかからなかった模様。

明治期のキリスト教ブーム

 第2回目のブームは、明治維新直後のころで、要するに明治維新で、失業しかけて、字は読めて、ある程度学才があるにもかかわらず、明治新政府の支配下で冷や飯を食ったお武家(下級藩士)の皆様が英学(外国語や外国そのもの)などに興味を持ったために、陽明学(儒教思想の一つ)のような漢籍を読む感覚で聖書を読んで、キリスト教に転回し、それが広がって言ったケースである。この時期の有名人としては、新島襄(大河ドラマ『八重の桜』で有名になった同志社大学の初代学長)、内村鑑三(無教会で有名)、新渡戸稲造(武士道を海外に紹介)、植村正久(キリスト教会では無茶有名)って感じで、官吏(警察官僚)にはなれず、軍人にもなれず、商売はダメで、学校の教員にもなれず、って人たちが、キリスト教会で牧師って働きをはじめちゃう。

 この時期でも、マイクロファンディング見たいな形で集められた、アメリカ人の献金に支えられて、アメリカからの支援(同志社なんかもアメリカからの支援でできている部分もある模様)でキリスト教会運営がなされ、神学教育がなされて行く。

 なんか、日本放送協会の朝の連続ドラマ「花子とアン」で女子教育をしていたのも、自立組織というよりは、アメリカからの献金で運営される学校だったのだろう。当時、女性の社会進出と言えば、ヨーロッパでも、北米でも、日本でも、女性伝道師(日曜学校主担当)になるか、カトリックのシスターになるか、学校の教員しかなかったわけで、なんかやりたい女性たちは、宣教師になるか、カトリックのシスターになるか、または、学校(女学校)の教員を目指すのが一般的であったというのが現実なので、そういう側面もあったと思われる。

 第3番目は、大正リバイバルと呼ばれる時代の話で、プチブームのような形で大正期に起きたキリスト教ブームが入るかもしれないが、このころは、割と国内的な要因であったと思われる。とはいえ、外国の見慣れるものへのあこがれ、という側面も強いだろう。

昭和期のキリスト教ブーム

 第4番目は、15年戦争直後すぐのGHQの占領下での日本キリスト教化方針に沿って、各地にアメリカを中心として、大量に宣教師が到来してきた時期である。敗戦国日本で、負けるはずがない日本という国家が戦争に負け、それまでの信念システムが崩壊したところに、キリスト教の宣教師たちが陸続とやってきて日本で宣教を開始する。一部には、中国共産化が進み、中国本土にいられなくなった、中国インランドミッションの関係者も日本や台湾へと展開していく。昭和30年代まで、日本は中心国であったので、貧乏国家であり、戦災孤児や、バターを取った後のスキムミルクを飲ませてもらわなければならない(ララ物資)ほど、日本の状況は悲惨だったのである。

海外からの支援に支えられてきた
日本のキリスト教界
 その意味で、戦後も、基本的に救貧対策や社会的弱者の救済、救援という側面が強いキリスト教であり、もちろん、教会堂購入の原資も大概の場合、アメリカやイギリスから来たし、日本でキリスト教を伝える宣教師たちの人件費や給料、年金まで、海外の教会群からの資金に頼り、お願いできたのである気楽な時代が、1970年代1980年代前半まで続いた。まぁ、1950年代ごろにキリスト教に触れた人のキリスト教界3年残存率や10年残存率がどの程度であったかは分からないが、GDPとかが、中心国程度だったものから、先進国に仲間入りをすることになり、世界での経済的なプレゼンスが大きくなって、プラザ合意のころから華々しく世界に出て、ニューヨークやロンドン、オーストラリアの土地を買いあさっていたころもあった。そうしていたら、その10年後くらいに

♪ドングリころころ、ドングリこ、
バブルが崩壊して、さぁ大変
リーマンショックが出てきたら、
ぼっちゃん就職できません。♪


ってことになってしまったのである。

自主自立を求められている
現在の日本のキリスト教界
 そして、外国の資金や援助に大きく依拠した日本のキリスト教会は、宣教師も激減するし、自主自立を求められて、自分たちで金ずる見つけるしか、方策なくなっているのが現在の状態かな。

 まぁ、教会堂はあるけど、教会に年金生活者の皆さんは多いけど、収入のある献金してくれそうな財布的にも肉体的にも元気そうな若者少ないないし、いたらいるで、割とマイペース君が多くって、教会のために献金しますぞ、献身しますぞ、って継続的にしてくれそうな人いないし、ということで教会のため何かをしようとする人は意外と限られるのではなかろうか。

 これまで、割と海外援助型の教会があったということは、日本にキリスト教を伝える拠点があったという意味では、それはそれでよかったことなのであるが、いま、海外のこれまで援助していただいた皆さんから、もはやこちらからの援助で、という時期じゃなくて、先進国になってさぁ、もう30年以上たつんだからさ、自分でバンバンやってよ、って言われているのが現状ではないか、って思うのだ。

 そして、いろんな面での自立を日本の教会は模索していく状況の中にあるんだろう。よそ様からのモデルをそのまま適用するのでもなく。

その中での牧師の役割

 その意味で、金銭的な面でも、実際的な面でも、自分たちがどうキリスト教にかかわっていくのか、そして、どう自分たちに聖書理解の体系のガイダンス役として、幅広い見識と教養への身近なアクセス窓口として、そして、幅ひろい知の体系の基礎となりうる(ありていに逝ってしまえば基礎となるはずの)「聖書のことば」あるいは「聖書理解」の身近なガイド役としての牧師さんたちを自分たちでどう支えていくのか、そして、我らがその牧師によりどう支えられていくのか、という相互性の問題の中に自分たちの問題として向き合うことになったのが、現在の日本の教会なのではないだろうか。

日本での神学の肩身の狭さ

 ところで、本来、キリスト教学とか、神学とか、哲学とかは、諸学の知の根本をなすものであり、その基礎となるインフラ部分なのだが、日本では高等教育機関としてもその扱いは、国立大学法人や公立大学法人では、文学部哲学科の片隅に置くとか、文学部宗教学科の片隅に置くとかして、日陰者の身として細々と生かされている感じがある(これに関しては、次回に書いてみよう)。

 これで、一般の人々に牧師が説教準備としてなしておられることが、実は非常に高度な知的作業をしていることを理解してくれ、といっても無理だろう。普通の大学の教室で学部生相手にしていることよりも、はるかに複雑で高度なことをしているのだ。しかし、科学万能時代の啓蒙主義を経て、近代を経た西欧諸外国においても、なおさら日本においては、大学からして、神学は周辺の学のような扱い、まま子扱い、村八分状態にしている現状があるので、大学卒業者からして、哲学や神学の意味とか、牧師がしていることの意味とは、ほぼ理解されない。なんか趣味で、聖書から、適当なことをしゃべっているのが、牧師、としか思ってもらえない可能英は高いと思う。

 ワシらもそれ位しゃべれるぞ、と恥ずかしげもなく思う人々も出てくるのだと思う。その背景にあるキリスト教2000年の伝統もそこで培われたデータベースのデータとそのデータベースへのアクセス方法も知らず。

確かに福音の表面は
日本語聖書で語れるけど

 確かに、「ナザレのイエス君が神です、ナザレのイエス君は、神であり、その神はすべての人を愛しています、全ての人が神とともに生きることが神の計画です」ってことは、別にラテン語や、ギリシア語、ヘブライ語が読めなくても、また、学がなくても、だれでも言える。それはそれで重要である。そして、ほぼ素人が、翻訳聖書のみを読み、素人でも言えることだけを「ワシらもそれくらいしゃべれるぞ」と言い続けてきた神学教育を十分評価しないミーちゃんはーちゃんがいるキリスト者集団がいる。自分たちのキリスト者集団のいわゆる「聖書理解」と称して語られるものを拝聴しながら、時に、個人的には、「どうなんかなぁ」とは、思っているが。

知的作業への
わが国での経済的評価の低さ
 本題に戻そう。

 現代の日本では、高度な知的作業である牧師の説教準備とかの評価は異様に低い。日本では、肉体を酷使しない、書斎型の知的作業に関する経済的評価が低いというのもあるだろう。それは無償だ、と思ってきた人々が多いからだろうと思う。ある面、書斎型の知的作業は、江戸期には用心棒代として年貢をお召し上げしておられたお武家さまや皆様からのご浄財で支えられていたお坊様がしていたからこそ、無償であったのであり、本来無償ではなかったとは思うのだ。その背景には、移転(コピペ)のしやすさ、移転による再現可能性の高さと劣化の低さもあるとは思う(確実に劣化はするけれど)。

 牧師先生方の説教準備とその大変さは、会衆の目からは隠れているからだし、牧師先生は多くの場合、ある面、慎みをもって隠しておられる部分もあるからだと思う。しかし、会衆からの評価が低い、会衆が評価できないからといって、それを経済的に支援しなくてもいいとか、そのことを感謝しなくてよいとか、そうは思わない。近代の資本主義、市場主義が支配する経済社会の中では、人の生存のためには、経済的な資源である金銭、すなわち献金での支援が必要だからである。

司牧を支えるということと
司牧に支えられる我ら
 我らは司牧に支えられ、司牧は我らに支えられる、という関係性をどう築いていくのか、それをどう考えるのか、ということが問われているのだと思う。自分たちの評価や事情だけでその司牧の支え方を決めてよいのか、と思う。そして、もちろん、職業としての司牧職にある方は、それにふさわしい矜持をもって、司牧としての職務に扱っておられる方が大半であると思う。もちろん、司牧の中にも例外的な存在がおられることも、確かである。それは、選良と呼ばれる人々の中にも、例外的な存在がおられるし、それを選出した選挙民の方々もおられるように。下記の、元県議の方のように。


記者会見中のののちゃん県議


ののちゃん県議の選挙ポスター


 司牧を経済的に支えることは、それは、自分たち自身を支えることになるのだろうと思うし、また、それは我らを霊的に、聖書理解の面で、豊穣にすることなのではないかと思う。そのために、牧師先生に司牧職の矜持をもって、多くの先生方はこれまでそうされてきたのと同様に、引き続きの研さんをお勤めいただきたいし、我らは、信徒としての矜持をもって、経済的にも適切に、かつ祈りの面でも積極的に、司牧の方々をお支える必要があるのではないか、と思うのだねぇ。

 そして、その豊かさを味わい、その豊饒さに我らが支えられることを心から、こころから神の支配に期待し、そして主日に臨むのがよいのではないか、と思う。

 そして、この記事をお読みの諸賢には、明日の日曜日、神の豊かさを味わい、神の支配に期待する気持をもって教会に列席いただき、教会において、相互に支え合うとは何か、ということを改めて味わっていただきたいし、ミーちゃんはーちゃんも味わいたい。


  



評価:
マーティン・ロイドジョンズ
いのちのことば社
---
(1992)
コメント:よい。絶賛である。この本が、現在入手困難のが日本のキリスト教会の残念さでもある、とは思う。教会員にも、司牧を目指す人にも、ぜひ読んでもらいたい本の一つ。


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