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前回

『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史(1)

小山さんが影響を受けたヘッシェルとこの本の基本的視座のご紹介に引き続き、小山さんの「富士山とシナイ山」を紹介しながら、自分自身を含め、日本におけるキリスト者としての反省を進める意味で、このことを考えることをじっくりと取り組んでいきたい。

広がる問題意識の輪

こういう企画ものを

  トンちゃん様のブログ

の記事から触発されて「富士山とシナイ山」を読んで思ったことに関するシリーズ化を決定していたら、敬愛してやまない

  山崎ランサム和彦さまもブログで、
   「日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰」の考察を公開中

  伊那谷牧師様もブログで、
   「日本基督教団の歴史資料」の公開中でいらっしゃる。

 素朴な感想として、おねだりしてみるものであるのだなぁ、と思っている。また、この場をお借りして、お二人の碩学の方には、こころからの御礼申し上げたい。  

 それぞれの皆様が独自の視点での連載と考察のご講解やら、史料のご提供を始めていただいて、実にうれしい限り、ウハウハ状態になっている。いやぁ、こういうのが、それぞれ読め、そして考え、反省できるようになったのは、実に味わひ深い。あくまで、考えるための素材であり、批判のためではないのはお三方とも共通していると思う。

さて、本題に。

シナイ山と富士山の比較

 出エジプト記19章17-22節の引用があった後、小山先生は富士山とシナイ山を比較しながら、次のようにお書きである。

 日本人としての私の心は長年の間、この山(引用者註 シナイ山)について当惑を覚えて来た。「…全山が激震し…神は炎の中を頂に降り…神は雷鳴をもって応えた…」この山は一体何だというのだろう。これはまた何という神であろう。騒々しいニューヨークの地下鉄の車内で会話をするさえ困難なのに。雷鳴轟く雰囲気の中で神の声を聞き分けなければならなかったモーセの方に同情した。(中略)私としては、むしろ静寂で平穏な雰囲気の中でモーセが語り、神が応えるというような展開の方が好ましい。シナイ山は「神学的な」山である。それが特別な山になるのはそれ自体の特性(引用者註 遠目に見える、見た目に均整が取れている)の故ではなく、そこに神が顕現したが故である。この山において、およびその山の周辺で起きたことは、神の性格を象徴的に表現している。全山が「降臨する」神の象徴なのである。(中略)富士山はこの山への畏敬が米作以前の縄文時代にさかのぼりうる古代の山岳新礼拝の伝統に根ざすという学説があるほどの「霊」山である。(中略)谷間は地獄と呼ばれ、陽光まぶしい山頂には「楽園」と仰がれた。本書において私が富士山に言及するときは、日本における古来の山岳宗教の伝統を指している。
   (『富士山とシナイ山』 p.23)

山上は楽園(ドリームランド)

 山上が楽園といえば、富士山のふもとには、富士急ハイランドがあるし、神戸市須磨区の鉢伏山には、山陽電車が運営する遊園地と言えない遊園地があるし、生駒山山上遊園地(B29対策のための防空監視部隊が駐屯)や姫路には手柄山遊園、比叡山山頂遊園等があった。



須磨浦山上遊園


生駒山上遊園地


姫路市にある手柄山遊園(ここはふもと)


比叡山遊園地(現在廃園)にある展望台(展望台は稼働中)

 「まさに山頂はドリームランドである」とふざけている場合ではない。とは言いつつ、資本主義が進み、近代化が進んだ現在においても、非効率性があるにもかかわらず設置されているのはおもしろい。なお、ケーブルカーなどの運営会社にとってみて、こういう遊園地を山上に設置するのは、利用客を山上に誘致しやすくするためであり、遊園地を山上に設置する意味はあるのである。

 なお、ミーちゃんはーちゃんは、バカなのと、空中写真がある時代でもライブで一望できる利点があるので、山の上とか、高いところに行って、全体像を見るのは好きである。

モーセに同情?

 しかし、小山先生はおしゃれな方である。

騒々しいニューヨークの地下鉄の車内で会話をするさえ困難なのに。雷鳴轟く雰囲気の中で神の声を聞き分けなければならなかったモーセの方に同情した。

って、モーセに同情しておられるし。

騒々しさの中でも語られる全能者

 実は、大事なのは、この富士山という日本の神学のカギとなる山とシナイ山という聖書の神学のカギとなる山の比較というか、違いなのである。

私としては、むしろ静寂で平穏な雰囲気の中でモーセが語り、神が応えるというような展開の方が好ましい。


 日本の神社は、その静謐をもって神社の雰囲気と神と人との対話を醸し出す。しかし、旧約聖書の神は、ニューヨークの地下鉄の騒音顔負けの中で人に語られる(というよりは人を招かれる)神であることが違う。だからと言って、教会堂でやかましくしましょう、してよい、というのではない。どのような状況の中でも神は語られる、という点がどうも根本的に違うのであるし、次回以降後述するように「神が人間の側に近づく。それも、空を裂いて、ひねまげて地に来られる」という点がそもそも違うのだ。騒音の中でも、人と語り合いたくて仕方がない神、ということがあるのではないかなぁ、と思う。

降臨される全能者の重要性

 その意味で、

シナイ山は「神学的な」山である。それが特別な山になるのはそれ自体の特性の故ではなく、そこに神が顕現したが故である。この山において、およびその山の周辺で起きたことは、神の性格を象徴的に表現している。全山が「降臨する」神の象徴なのである。(中略)富士山はこの山への畏敬が米作以前の縄文時代にさかのぼりうる古代の山岳新礼拝の伝統に根ざすという学説があるほどの「霊」山である。


の中の、シナイ山は神が顕現したが故神学的な山であるということ、とりわけ『「降臨する」神の象徴』ということになっていることは重要だと思うのだなぁ。つまり、われわれが行くのではなくて、『神が降りてくる』ということは、非常に旧約聖書的にも重要なテーマであることを主張しているように思うのだなぁ。

現代日本における天国意識
 いわゆる天の国理解(あるいは天国理解)や死生観理解、世界の完成の理解(終末理解)において、この『神が(この地に)降りてくる あるいは やってくる』理解ということは最近案外重要ではないかと思っている。

 というのは、ミーちゃんはーちゃんの周りでも、「天国は行くところ」「天国は登っていくところ」ということの強調が強すぎて、案外、地上に降りてきた神(シナイ山が典型、神殿が典型、ナザレのイエスの降誕が典型)としての理解が、なさすぎるのではないか、と思うのだなぁ。

 この件に関して、小山先生は修験道の山(富士山)とシナイ山の比較をしながら次のように述べておられる。

 シナイ山に関する決定的な言葉は「主は…炎の中を…降った」という部分である。対照的に富士山の伝承においては、人間が彼ら自身の霊的修行のために山に「登った」というのが基本的方向性である。(中略)山は霊的および身体的修行を積むための宗教的な空間を表象している。日本民族における山岳修験道の世界は、その情動的および哲学的内容において、主なる神が炎の中をシナイ山の頂に降臨するというイメージからはほど遠い。
 「主が炎の中を降った」という象徴は、神が人間の霊や手によって飼いならされることはあり得ないということを、人間に告げている。火はあえて近付くものを焼き尽くすであろうから。シナイ山のこうした宗教的及び文化的世界において語られるのは危機と断絶の言語である。(前掲書 pp.23-24)
 こう考えると、実は、「神が降った。」ということが重要であり、そこは目指すものではなく、それが人間に近付くしか、神と人間の間を埋めないのではないのか、ということが小山先生のご主張のようである。

 しかし、われらは山に登る民族であり、そして、神に近づきうると考え、最終的に天国に昇ると漠然と考えているのだ。そして、天国から人間の生活を見下ろしていると考えている民族のようだ。なお、これは日本人だけの発想ではなさそうだ。実は、アメリカ人の天国意識も存外よく似ているらしいのだ。

 この概念を極めていくと、シュワちゃんの元奥さんのMaria Shriverさんが書いた、こんな本になるのではないかなぁ。



What's Heaven? シュワちゃんの元夫人
マリア・シュライバー氏著


NTライトの本での天の国

 『富士山とシナイ山』のこの部分を読みながら、NTライト読書会でSurpised by Hopeを去年読んでいたときに、同署の中で取り上げられていたこのマリア・シュライバー的聖書理解の妥当性、という話を思い出した。

 一応、その部分は、ミーちゃんはーちゃんが要約を担当したので、ここにその部分の要約を再掲しておきたい。

Exploring the Options から
 死に関して、二つの極点の周りをぐるぐる回るような軌跡が見られる。

■第1極

 ある人々は、死は、獲物を狙うかのようなものであるとみているものの、通常、それと同時に、将来的に死は打ち勝つことができるものであるとも考えていることが多い。18世紀末ごろまでは、墓碑銘にはラテン語で、resurgam (私は起き上がる)と書かれたものが多く、これは、死後は寝ているだけ、という認識があったことを示している。この眠りの概念に関しては、10章で詳細に検討する。

■第2極

  もう一つの方は、聖フランチェスカの讃美歌(多分、ものみなこぞりて)に示された信仰で、我々の最後の瞬間を鎮めるようなものである。多くの讃美歌や祈りや説教は、この地上での死を和らげるようなもので、このため、死を友としてとらえ、その友がよい良い場所に連れていくものと、とらえるのである。この傾向は、19世紀によく見られるテーマであり、自ら安楽死を迎えるような近代的な世俗の考え方の中に見られるものである。


Mr.Bean版での ものみなこぞりて


 伝統的にキリスト教は、信仰をもち、主に祝福された人々は上方にある天国に生き、悪辣な生き方をしたものは地獄に行くと教えてきた。これは現代でも多くの人に共有されている。

 この例で代表的なのが、ケネディの姪で、シュワルツネガー・カリフォルニア元州知事の元妻のマリア・シュライバーのベストセラー本で、「天国って何?」というタイトルの絵本である。
http://www.amazon.com/Whats-Heaven-Maria-Shriver/dp/0312382413/

(↑ ちら見ができます)

  シュライバー本によると、天国は、ふわふわの雲の上にのって話したりすることができる場所で、夜には、宇宙で一番キラキラに光るお星の隣に座ったり、生きている間、いい子ちゃんにしていれば神様が連れて行ってくれるところで、死んだときには、神様が天国から天使を遣わせて、引き上げてくれるとこで、自分に 自信をもつことを教えてくれたおばあちゃんは星や神様や、天使たちと一緒にいて、私たちを高いところから見ていてくれるの。
 そして、おばあちゃんが地上にいなくても、おばあちゃんの霊は、私の中にいるの。

こういう概念が、西側世界の人々の多くの人々が大なり小なりもっているものであり、それを次第に信じるようになるとともに、真実として受け入れはじめ、そして、子供たちに教えてきた。この内容は、このジャンルの理解において典型的なものであるが、いくつかのレベルにおいて聖書の主張とは大きく異なるものである。

 聖書は、死後天国に行くことや地獄に行くことをほとんど語っていない。西側で育ったクリスチャンの多くは、新約聖書で、天が言及される時には、天を死後クリスチャンが行くところとして言及されているものだ、と思い込んでいる。


 マタイの福音書で、イエスは天の国について語っているが、これは実は神の国について語っているものの、一般には、天国に行くことをイエスが実は語っているものと多くの人々は思いこんでいる。


 新約聖書における天という語は、死後に行くところや地上を抜けていく場所のような概念を語っているのではなく、天での神の支配があるのと同様に、この地上における神の支配を語っている。この誤解の根は非常に深く、単にプラトン主義の残滓というよりはキリスト教の概念全体に感染しており、多くの人々は現代の世界や現代の身体は、非常にくだらないもので、恥ずべきものだと思い込んでいる。


 黙示録そのものが誤解されており、黙示録4-5章の出来事は、現在起きていることでもあるのである。天国は、将来の終着点ではなく、現在も別次元で起きていることなのである。黙示録21-22章についても、贖われた霊が天国に道をなしていくのではなくて、新しいエルサレムが地に降りてきて天と地を一体化とするのである。

 多くのクリスチャンたちが、偉大な聖書理解があるにもかかわらず、歪んだカスカスの聖書理解で満足してしまっているのではないか。そして、これが、よく見る絵や讃美歌、祈りや神学や歴史の中で強化されているものと思われる。

 今日の教会の中では、複数のものがこんがらがっているのだろう。現在多くの人々は、地獄というものを信じていない。これは前世紀(20世紀)以来この傾向が強化されており、それと同時に皮肉ではあるが天の約束が先細りになっているのである。天への死後の旅は非常に頻繁に見られるものであるが、聖書にも初代教会時代の思想にもほとんど見られないものである。この天への死後の旅は、古い煉獄理論の近代化・衛生的加工(おどろおどろしい部分が取り除かれた)されたバージョンである。

 多くの人々は、神が際限なく神の愛によって言い寄よるように、悔い改めていないものに信じる機会を与えているという、万人救済論をもっている。

 この結果、ある人たちは、天は我慢ならないほどの退屈さであると主張したり、そこで、神は、人々にほめたたえられることだけを望んでおられる、と解釈したり、地上でのろくでもない、貪欲な生活が投影されて、神から怒られる、というようなイメージが語られることもある。


 まぁ、NTライトさんによると現在のいわゆる「天国理解」というか、神の国(天の国)理解がかなりひずんだものとなっているらしい。Facebookのアカウントをお持ちの方で、この種のことに興味がある方は、こちら https://www.facebook.com/groups/288504731222965/ をご覧ください。来週から、Simply Christian(邦訳が間もなく出る模様)の読書会が始まります。 

 次回、東アジア型宗教における連続性と聖書の非連続性の議論へと続く。





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 ミーちゃんはーちゃんは、ちゃんとした神学教育を受けていないので、 西洋の神学傾向についても無知であるし、日本の過去の神学的思惟に関しても無知であるので、必死になって本を読みながら、本の著者と対話するような感じで西洋や北米、日本の神学的思惟に関する教えを請うている。

 前回の記事

歴史に学ぶことの大切さ

で日本の自大主義的な神学文書でもある 日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰 問題に下記の本で触れていたので、いつか書きたいなぁ、と思っていたら、トンチャン様に先を越されてしまった。しまった。

 まぁ、気を取り直して、富士山とシナイ山から、シリーズものとして、この本の良さと、福音派のお馬鹿もののミーちゃんはーちゃんが考えたことをご紹介したい。実は、この本の著者の小山晃佑さんという方は、ミーちゃんはーちゃんの親せきみたいなキリスト者集団のお出の方である。ミーちゃんはーちゃんとは、頭脳の点でも、品性の点でも、知識の点でも比べ物にならないくらい、ものすごい方であることはわかっている。

 なお、これから連載する記事は、どこかの個人や団体を批判するものでもなく、歴史的に何が起きたかをミーちゃんはーちゃんなりに見詰め、なんでこうなっていったのか、ということを考える、歴史的反省に立つものである。もちろん、バルメン宣言なんかを見てもいいんだが、やっぱ、自分の中の精神性を批判しないとね。

 この小山先生は、戦災というか空襲を東京で体験された、皇国の少年としての日々を過ごさせられつつも、日本とアメリカが戦争している期間中に洗礼を受けられた方である。

小山さんのアプローチの出発点

 まず、この本の第1章で、小山さんのこの本でのアプローチの出発点が語られ、影響を受けた方のお名前と文章が出てくる。

 文化的および神学的な視座からする私の偶像崇拝研究において、エイブラハム・ヘッシェルの言葉は、導きの霊感として常に私とともにあった。
 預言者の関心事は神の経験としての人間的な出来事である。我々にとって歴史は人間的経験の記録であるが、預言者にとって歴史は神の経験の記録なのである。
(原注 Abraham,J. Heschel The Prophets, Harper and Row 1962, p.172 A・J・ヘッシェル『イスラエル預言者 上』 森泉弘次訳 教文館 1992 p.333『富士山とシナイ山』p.14
                      
 このヘッシェルという方。まぁ、すごい。神の経験として歴史をみるという視点。神になるのではなくて、どのような悲惨があろうとも、そこに神の臨在と神の忍耐があり、そしてその経験を記憶していき、記憶していくというのは、「健忘症以前の歴史性を記憶しない民」とトンチャン先生にズバッと指摘されて、「あ、図星!グサグサ」と来てしまったミーちゃんはーちゃんにとってはこういう視点は、思いもよらなかったのですね。

 なお、訳者注によれば、ヘッシェルという方は、ホロコーストを生き抜いた20世紀最大のユダヤ教神学者の一人で東方ハシディズム派のカリスマ的指導者ツァデキーム(義人)の系譜にまつわる子孫で、この方のお師匠さんのお一人がマルティン・ブーバーだったそうです。この方、イギリスに亡命した後、米国に渡っているらしいです。なお、この方は、マルチン・ルーサー・キングの公民権運動などにもかかわっていたそうです。(前掲書 訳注 p.411-412 を参照のこと)

 なんかツァデキームというヘブライ語由来の音を聞くだけで、恐れ入ってしまいそうになる。なお、皆さんがよく御存じのツァデク由来で聖書に出てくる言葉は、メルキツェデク(ツェデク 義 の メルキ 王)なのだな。

ヘッシェルさんからの小山さんへの影響

 余談はさておき、このヘッシェルから受けた小山さんへの影響に関して、本文中、3つ示されている。
 私がヘッシェルから受けた神学的啓発は三点に要約される。第1は、神の経験の記録としての歴史という思想が、真夏日に思いがけずそよ風が吹いてきたように、私にとっての神学の力動的性格を定義してくれたことである。こうした視座からみると、人間の歴史に計り知れぬ重要性も見えてくる。第2に私は神学がほとんど定義上、自ら偶像崇拝に転落する誘惑にさらされていると悟った。「歴史は神の経験の記録である」ということと「神の名を濫りに唱える」ということの間には、危険なほどの微妙な区別があるにすぎない。こうした困難な状況は真の預言者と偽りの預言者との対立にも反映されている。第3に、ヘッシェルによって豊かにされた歴史の重要性の意識ゆえに、人類の諸文化のはらむ意味と価値が重要であることを私は確信してきた。人類の歴史は常に文化史である。文化の衣装をまとわぬ赤裸々らな歴史などあり得ない。歴史が神の経験史であるということは、神学と文化とが相関関係におかれていることを含意している。(前掲書 p.16)

神学はダイナミック(力動的?)なものではないか?

 力動的性格というのを、訳者の森泉先生は聞いたことがないとおっしゃっておられるが、フロイトの影響を受けているのではないかとご指摘であった(訳注 p.412-413)が、これは、おそらくダイナミズムまたはダイナミックの訳語だと思う。

 これは、神学をどうとらえるか問題で、山崎ランサム和彦先生がご自身のブログすでに記事を公開されている、例の 日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰 問題ともかかわる問題であると思う。なお、山崎先生ご自身が解題された論文(大韓民国の白石大学でご発表になられた論文と聞き及んでいる)をもとに、シリーズ連載をちょっとおねだりしたら、公開してくださった。ありがたい限りである。

 なお、この論文を事前に拝見した際に、論文の末尾部分で提起しておられた(事前に拝見したので、知っている)神学の静的(真理追求の結果収束するという性質)と神学の動的(神学といえども、歴史的経緯の制約やら影響を受けるという性質)の問題と力動的(おそらくダイナミックという部分)とは深くかかわっていると思う。

 ミーちゃんはーちゃんとしては、神学は定常的収束を目指しつつも、時代の背景の影響もかなり大きく、時に動きに揺れというのか方向性の偏向があることがありうる、ということを、キリスト教史を見る限り思うので(といっても、ちゃんと勉強しているわけではない)、基本的に動学的ダイナミックなものとしてみたほうが、妥当性というか、間主観的に合意可能性が高いと思う。

 神学は、それこそ、その神学以前の時代の思想や人物の思惟の影響を受けつつ、絶えず見直しがされているプロセスだと思うので、根本的に動学的なもの、ダイナミックなものだと思う。これは、このブログ記事でも紹介した、深井智朗著 神学の起源 社会における機能 を読んだ その7 のシリーズで紹介している深井先生の本を見る限り、神学と社会との間には深い動学的関係(歴史的展開を含めた関係)がみられると思うのだが。

 個人的には神学は静学的(静止している対象を分析するアプローチ)ではなく、動学的(移動し、変化し、変容している対象を分析するアプローチ、はるかにこの方が扱いが困難)なものとして理解したほうがよいと思っている。

 本論にもどそう。

日本の宗教史と信仰形態と
キリスト教神学との比較の本

 この本自体「私にとっての神学の力動的性格を定義してくれた」ことから、社会的変化の神理解、神学的考察をすることの重要性を、近現代の日本の神理解、信仰理解を再定義しなおし、「神学がほとんど定義上、自ら偶像崇拝に転落する誘惑にさらされている」ことを、1941年から突入しそれ以前からの宗教団体法や政府管理のもとに信仰を置こうとする動きへの対応への失敗を経験した日本の経験をもとに、我が国のキリスト教を例にとりながら、「人類の歴史は常に文化史である。文化の衣装をまとわぬ赤裸々らな歴史などあり得ない。歴史が神の経験史であるということは、神学と文化とが相関関係におかれている」ことを明らかにしようとしておられる。その意味で、非常にチャレンジングなことを、日本の文化的、宗教的、民衆信仰的な環境を知らない英語をしゃべる人たちに伝えようとした(ミーちゃんはーちゃんにしてみれば、考えたくもない作業である。日本の宗教史や信仰形態を、日本人が日本人にすらまともに説明もできないのに、日本を知らない人たち対象にどうやってやれというのだ、と素朴に思う。最近、ミーちゃんはーちゃんも似たような経験をしたので)本でもある。いやぁ、実に意欲的。この本、基本的に、我が国キリスト教の近現代史を取り上げながら、この著者のヘッシェルから受けたインスピレーションを詳述し、論こうした本なのだ。読みやすいとは言わないが、大事な本だと思っている。

 なお、アメリカでは、神学と文化が相互関係におかれていることは、ラインホルトニーバーの弟の、リチャード・ニーバーの書籍を読んでおく方がよかろう、と思う。

 この本の紹介、延々と続きそうな予感が。








評価:
価格: ¥4,104
ショップ: 楽天ブックス
コメント:絶賛。日本で伝道したり、神学したりしたい人には、必読文献ではないか、と思われ。仏教、儒教、日本の古層神道、国家神道を含めて整理されている。

評価:
H.リチャード・ニーバー
日本キリスト教団出版局
¥ 5,508
(2006-02)
コメント:この種のことを考えたい向きには、この本ばかりでなくリチャード・ニーバーの本くらいは読んでおいたほうがいいだろう。

評価:
ヘルムート・リチャード ニーバー
聖学院大学出版会
¥ 3,240
(2008-03)
コメント:絶賛の本の一つである。日本のキリスト教がアメリカから大きく影響を受けている以上、本記事のようなことを考える際には、知らずに済ませるのはまずい本の一つ。



 トンちゃん先生が、大変興味深いことを書いておられる。

金の子牛の上の主(ヤハウェ):「日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰」について思うこと

日本基督教団より大東亜共栄圏にある
キリスト教徒に送る書簡

いやぁ、日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰 は、神学的脅迫状。ご説の通り。

 1944年(昭和19年)の復活節に、日本基督教団統理者富田満の名前で送られた「日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰」――この 「現代的使徒書翰」とうたわれた、キリスト教信仰を皇国史観の風呂敷に包んだ神学的脅迫状を初めて読んだのはいつ頃だったでしょうか。
読めるようにサイトを紹介しておきましょう。あまりに悪質な模倣ですが(替え歌を乱発してふざけているミーちゃんはーちゃんは、人のことは言えた義理ではない)、まぁ、読んでみてくださいな。個人的には吐き気がしましたけど。

日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰


自分の国の歴史を知らないって、ねぇ。

神学校でも西欧の教会史は正式科目として学んでも(それが重要なのは言うまでもありません)、日本キリスト教史はおまけとも言えない扱いでした(私たちプ ロテスタントにとっても重要な意味を持つキリシタン史はもちろんのことです)。それは福音派にキリスト教史を専門にする教師が育っていなかったことにもよ ると思いますが、ほとんどの神学校において、そしてほとんどの教会においても、またほとんどのキリスト者においても、今も基本的に変わっていないことだと 思います。
これ、ものすごく残念な傾向だと思う。過去の歴史的反省もなく、過去の自分たちの聖書理解の反省もなければ、勝手に神の名を騙ることをやった残念な日本人のキリスト教史は、現代においても、神の名を騙ることをやりかねない人間だからこそ、学んでおく必要があるのだが、そのことに関して、トンちゃん先生は、こんな風にもおっしゃっておられる。

健忘症以前?


健忘症以前の歴史の記憶を持たない神の民ということを思わされ、
あーあ、いっちゃった。

シナイ山と富士山

 それにしても、下記で紹介する富士山とシナイ山でも小山先生が書いておられたことがあっさりとまとまっている感じである。日本で、伝道や宣教にかかわる方は、同書を一読されることをお勧めしたい。
 富士山とシナイ山、大体読み終わったので、近日中にご紹介したい。


ただ、私の印象では、戦後、教会指導者も、同時代を生きたキリスト者たちも、沈黙するか、モーセに対するアロンの被害者的な釈明(出エジプト32:21〜 24)を生きて来たように思われます。そのことが日本の教会の戦後責任であり、日本基督教団のみならず、様々なかたちで今にまで続く教会の問題や課題につながっていると思えるのです。

おまわりさん、コイツです。をやった我ら

 要するに、我々も、戦後の指導者たちも、「おまわりさん、この人です」で、当時の指導者や軍部やA級戦犯のみなさんにおっかぶせ、私たちは知らんぷり、ってのをやっちゃったことをおっしゃっておられるのだろう。


おまわりさん、コイツです。の画像

 まぁ、基本、明治以降の日本の宗教史、政治史、経済史、戦争史、文化史ともかかわる問題なんで、簡単ではないが、簡単でないからしなくてよいということにはならないだろう。

 このトンちゃん様のご指摘は、まさか、ブログ記事500回記念ということはないとは思うのだが、重要だと思うので、緊急公開した次第。是非、お読みになられることをお勧めいまします。




評価:
価格: ¥4,104
ショップ: 楽天ブックス
コメント:めっちゃくちゃ、いい。現代日本での伝道を考えたい向きにはぜひとも読んでおくべき、佛教、神道、儒教的な日本の歴史と伝統を含めアメリカ人に向けて書いた本なので、現代日本人にも有益な情報源となろう。

評価:
古屋安雄,大木英夫
¥ 3,456
コメント:お勧めである。

評価:
隅谷 三喜男
¥ 2,592
コメント:大変おすすめである。




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婚活・就活の類似性

婚活・就活の類似性 (その2) 入社と就職は違いがあるよ

婚活・就活の類似性 (その3) 就職(働く)することの意味


と触れてきた。第1回では、婚活と就活はある面で、その時よりもその後のプロセスが大事という意味で、また、出発点で最適であってもそれが最適とは限らないということも触れた。また、日本社会の中で、入社ということが就職より優先される傾向、日本文化と人身拘束ということに関して触れた。

 その3では、ヨーロッパ型の職分と職業観、職業慣行についてふれ、そのうえで、いつか王子様が型の就職活動がまずい、会社を変えることはまずくはないが、仕事を変えることはまずい、そして、仕事は他人を少しだけ幸せにすることでもある、ということをおはなしした。

 さて、これまでの連載では、就職についてお話ししてきたが、今回は婚活(特に家から考える)に関して話してみたい。ことに日本の伝統社会における結婚(いまだに60代以上の方には多分に残っていることが多い)と、最適な結婚相手が結婚の段階で存在するという仮説、あるいは仮定は、 実はかなり問題のある仮定であることに触れたい。


 今日は、結婚生活をする前に建築物としての住宅、あるいは家という問題と家に住む、住み手と家の関係をふれ、そして、婚活時に最適な相手が存在するという仮定にまつわる問題に触れてみたい。

産業政策と住宅

 日本では、産業振興政策との兼ね合いで住宅が産業振興策というか、景気対策の観点からのみ考えられることがある。非常に愚かしいことだと思うが。

 案外知られていないことであるが、そして、残念なことであるが、住宅が売れることによって、わが国では、家電製品やら、住宅設備も伴って売れることが多い。つまり、住宅が建つということは、住宅と関連した消費支出も増えるということであり、それらを扱う商社やら、それらを製造するメーカーさんがもうかるということなのだ。また、新築住宅が建設されるということは、それだけ資材などが用いられるし、私財を運ぶための輸送業者も収入がある。特に、工事の金額は他の支出にくらべて、大きくなるので、国民支出が増えるということでもある。また、金融屋は住宅ローンの貸し出しがあるので、手持ち資金を運用し、利子収入と手数料収入が増えるので、金融機関なども含め景気が良くなりやすいのだ。景気が良くなり、カネが回り始めると、乗数効果で他産業も儲かり始めるという波及効果も出るので、公共事業に並んで、経済に与える効果は結構小さくないのが個人の新築住宅投資なのである。

経済政策としての住宅政策

 これが、中古のリフォームや賃貸だと、ここまで経済効果は大きくない。中古のリフォームでも資材は出るのであるが、その量は少ない。賃貸だと、日本では一時的なものというイメージがある為か、割と消費支出も小さいということもあり、支出額も限られる。となると、勢い個人の住宅投資を喚起する減税とか、住宅ローン減税とまぁ、ありとあらゆる制度を整えて、住宅購入意欲の拡大に政府は奔走することになる。

 ところが、よく考えてほしい。1950年以降、核家族を前提とされ、それを政府そろって推し進めてきた側面のある(税制ではそうなっている)国家において核家族が複数世代にわたって家を長期保有するということに伴う問題はあるのではないか。

 というのは、生活スタイルが変わるし、その時期にふさわしい生活スタイルというのがあり、家が長期で利用される際に不都合が大きい場合も出てくるのだ。

何故日本で住宅が長期利用されてきたか
 日本で江戸期ごろから農村部で住宅が長期利用されてきた背景は二つある。一つは、日本が資源小国であるため、いわゆるもったいない精神で、住宅というものを長く使うのが効率的であったという側面と、家の中にいる人々が長期的にかなり安定的な家族制度(複数世代の同一住居での共存)を農業社会での農繁期の人員(人的資源や労働力)の必要性から維持してきたという側面である。

家族と家業としての産業と住宅

 農業の機械化が進み(今や、田植えや収穫を手作業で2週間から3週間かけて行う農家は皆無である)、農作業を人手に頼る農家はほぼ現実的に皆無である。となると、複数世代からなる大家族を構える必然性は農家ですら皆無である。近代化が進んだ、商業(そろばんに代わってレジや会計処理や販促用のデータベースが導入されている)や機械化が進む工業(人手に代わってロボットが単純作業を繰り返すようになっている。一部の職人技的技能が要される職場以外は)を経営する過程でも、もはや家族経営、家族の人的資本を必要とするような人間の労働力で問題解決が図れるような家族経営的な制度はほとんど意味をなさなくなっている。

 その意味で、家族が固まって住むことがなくなっている現実社会の中において、制約が非常に増える複数世代の同居を前提としたいわゆる日本的家制度というのは、特殊な産業以外では、それを続ける利益はあまり大きくないのが現実ではないだろうか。つまり、それは現代の産業社会を前提とする限り、理想とはなりえないのではないだろうか。

 昔がそうだったから、とはいえ、その昔が要求した労働集約性が消滅した産業社会という現実社会において、その昔を維持し続けるのはナンセンス、ということなのだろうなぁ、と思う。とはいえ、現代では、産業社会が変わっているので、複数世帯が同居するのが、最適な場面も、最近は出てきているように思われるけど。

江戸で発展した住宅の使い捨て

 16世紀以降、世界で最初で100万人に達したのは江戸である。本来、江戸時代は身分的な制度が厳しく、5人組等農村部からの離農や離村を防止するシステムがあったものの、江戸や今日、大阪に人口が集中し始める。

 なぜ、このようなことが起きたかというと、農業の場合、農業生産能力の限界(化学肥料を使わない中での農業生産での限界)があり、地方というか農業地帯では人口増が吸収できないため、次男、三男、また、娘たちは、口減らしという形で、江戸や今日、大阪に丁稚ないし様々なサービス産業に人身売買、人身拘束に近い形で移動していたからである。

 ところで、地震や大火を多数経験した江戸では、日本の都市部では住宅の使い捨てがある程度標準的になった。きちんとした立派な家屋を作っても、大火や地震が頻発したので、一部の商家を除いて、個人宅では、あまり立派な住宅はつくられなかった。消失したり、壊れたりしても、よいような素材で作るのが、標準的になったものと思われる。なお、一部の部材は再利用されたとは言うものの、その使用期間は長くなかったと思われる。

近代化の中での東京モデルの拡大
 ところが、地方部では、そもそも火災で住宅が延焼しにくいこと、経済的に豊かでなく、再建するゆとりがないことなどもあり、長期利用されたが、そういうことが防止しにくい江戸での生活の姿がその後日本全国に広がっていく。丁度、明治以降、銀座と呼びかねる似非銀座の商店街が日本国中に広がり、現在では、シャッター銀座になっていったように。



銀座が泣くやろう。元町銀座町って


シャッター銀座

播州信用金庫さんの名前輝く銀座商店街

 東京モデルが、全国モデルとなっていった明治以降の日本の近代社会を批判したいだけで、個別の商店街さんのことについて云々したい訳ではない。キリスト教界も地方の現実実体無視で地方にそれを当てはめようとした傾向がないわけではないので、似たようなものだと思っている。個人的には、こういう東京モデルが全国モデルというのは残念な傾向だと思っているので、早く終わることを期待したいと思っている。

現状の住宅利用

 日本は急速に近代化し、特に、関東大震災、1943年以降のアメリカ陸軍航空隊による空襲を経た後は、1945年以降の物資不足もあり、低質な素材で住宅が建築されることも多くあったために、我が国における住宅の耐用年数は、30年とかなり短い背景には、このような素材の低質性と明治以降、江戸の伝統となっていた住宅の使い捨て概念が全国に広まったこと、経済政策の一環として、住宅の建て替えが進められてきたこと、日本が近代化する中で生活様式も急速に変容し、古い住宅のあり方と生活が急速に合致しなくなったため、建て替えられるという傾向もあるだろう。



日本の住宅の取り壊しまでの近年の傾向(国土交通省の資料から)
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/singi/syakaishihon/bunkakai/14bunkakai/14bunka_sankou04.pdf

「家を選ぶ」ということと婚活や就活との類似性
 日本だと、30年(世代交代)と共に家が建て替わるが、家を長く用いる諸国では、家をリフォームしながら、また、売り抜けられながら、利用され続ける傾向があり、そのために構造としてはかなりがっちりとしたものが、用いられる。そうすることが、売り抜けする際に高値で売り抜けられるからであり、個人の経済的合理性とも合致するからである。

 婚活は、家を選ぶ時とよく似ている。家はある時に一番望ましいと思われる家を選んでしまうと、家族構成や様々の状況(たとえば電源の個数やネットワーク設備)などの必要性が変わってしまうと、その段階で不適合を起こす。不適合が起きた場合は、家の方を振りフォームという形で変えるか、住み替えという形で変えるか、多少の不具合と折り合いをつけながら家族の棲み方を変えるなどの方法で対応していくしかないのである。

 その意味で、注文建築などで、ある時点の棲み方や家族構成を前提として最適化された住宅は、恒星の時点で非常に大きな課題を含む。ある時点で最適であったものは、別の時点では、もはや最適ではなくなるのだ。

 その意味で、ある時点での最適な配偶者候補が見つかった、ということのみにとらわれ、その幻想を追い続けると、結婚した後、様々な事情でその差異的な配偶者候補が変容し、変化して行くと、私にとって最も最適な配偶者は配偶者ではすでになくなっていくことになる。

 その辺が、ある時点にとっての最適な配偶者の候補の候補属性のみ(学歴、身長、体重、年収など)において配偶者を選ぼうとすることそのものが問題なのであり、自分自身や自分自身の回り、また、配偶者自体も変わっていくという側面を見逃しているというそのことで問題が発生するのではないか、と申し上げたいのだ。

 「家選び」にしても「就職先選び」にしても「結婚相手選び」にしても、時間が経過し、時代が変わっていくなかで、自分も相手も相互に変化することを想定しておく必要があるのではないか、と思うのだ。それを変化というか、それを成長ととらえるか、それを劣化ととらえるかは人それぞれであろう。しかし、その中で、家にしても、就職先にしても、結婚相手にしても、それに関与しそして自分も変容していき、それにかかわるものもともに、合意形成を行いながら、より良いものへと変容させていくことの方が、最初から完璧なものを選ぶよりはよほど重要なのではないか、と思う。

 
 この項終わり。





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これまでの過去記事

婚活・就活の類似性

婚活・就活の類似性 (その2) 入社と就職は違いがあるよ


と 触れてきた。第1回では、婚活と就活はある面で、その時よりもその後のプロセスが大事という意味で、また、出発点で最適であってもそれが最適とは限らない ということも触れた。また、日本社会の中で、入社ということが就職より優先される傾向、日本文化と人身拘束ということに関して触れた。


入社と就職や奉職は違うかも

 日本での入社は、会社組織になじむ、会社の人間になるという意味合いが強く、その会社の固有のビジネス慣行を体験的に学んでいくという側面が強い。社内文書の書き方から、取引先との連絡の取り方から、相手先の訪問から、社内用語の使い方から、まぁ、会社ごとにかなり文化が違う。いろんな会社関係の人と出会っていて、それは強く感じる。

 そして、時に、その会社内のことはやたらと詳しく、箸の上げ下ろしや文書作成の細部や、トイレットペーパーのブランドまでを熟知して、一言言わないと気が済まないようなその会社の生き字引のような人物に出会うことがある。個人的には、そういう人を茶坊主と呼びたいと思っている。なお、茶坊主については、Wikipediaの記事を参考にしてほしい。

 お若い人たちには、会社に茶坊主になるために入社するのではなく、働くことを通して自己を形成するために、就職、あるいは奉職してほしいのだ。日本の会社は、ジェネラリスト(なんでもまんべんなくこなす社員)を育てる傾向にある。仕事として、だれでもがどんなこともできるという仕事のやり方が割と通用している。しかし、そういう国は案外少ないと思う。働き方と職分がきちんと定義されていることが欧米では多いと思う。

それぞれの職業区分が厳密な西欧社会

 この間、マリリンモンローの生涯を描いた映画をチラ見していて、面白いことに出会った。英国でモンロー嬢が映画に出演していた際に、モンローの付き人のアメリカ人が何の気なしにセットである椅子を動かすのだが、すると、小道具係が、「椅子を動かすのはわしらの仕事じゃ。今度それやったらストしてやる。」と付き人にすごむシーンがあった。つまり大道具係には大道具係の仕事があり、俳優には俳優の仕事があり、と仕事を細かく定義しているのである。

 そして、それぞれの働きを尊重し、その労働を分け合って、個人の勤労生活を保障するという働きかたのルールが、結構欧米ではあるのである。アメリカやヨーロッパのホテルのベルボーイにはかばんを持ってもらって、チップを払ってやるのが、彼らの生活のためなのである。まかり間違っても、こんな思いモノを運んでもらうのは悪いなぁ、と親切心を起こして、自分で運んではならんのである。彼らから俺の仕事を奪うな、と怒られることもある。よほど安手のモーテルでも宿泊しない限りは。ちなみに、アメリカでは、モーテルは庶民のための立派な宿泊所ではあることは付言しておく。

 ただ、これが行き過ぎると、硬直化を起こすこともあるので、ビジネス・プロセス・リエンジニアリング(下記に紹介する『リエンジニアリング革命』参照)という日本風の労働を想定とした効率化手法も出てくることになる。

奉職、あるいは就職とは何か
 奉職とは、あるいは、就職とは、その職業に就くことで、どのように働くのか、どのように社会に貢献するのが自分にふさわしいのか、を考え、そして、どのように社会に奉仕することかを考える中で、自分自身を作り上げていくプロセスそのものなのである。だからこそ、職業や労働が尊いのである。その意味で、自分にふさわしい会社さがし、自分にとって一番の会社探し、どこかに青い鳥が、とか、いつか王子様が、と言い続けている段階でアウトなのである。そんなものはないのである。それがあるのは、ディズニー映画とディズニーランドだけである。醜いカエルを時間をかけて王子様にしていくことが、働くということなのだろうと思う。この場合、醜いカエルは会社ではない。職業人としてのあなた自身である。


Someday my prince will come


カーミット君が出てくるThe Frog Prince 

 なお、働くということ、あるいは、職業とは、報酬を得る手段というよりは、他者をいくばくかでも今の状態より幸せにすることであり、その分け前の正当な対価として、報酬を頂くものではないか、と思っている。

天職ってのはないかもね。

 なお、就職指導の担当者として、就職活動が始まったばかりのころ、相談に来る学生に最初にミーちゃんはーちゃんが決まってする質問が一つある。

 「あなたが好きなものやこと、って何ですか?」

 別にカメラでも、音楽でも、映画でも、本でも何でもよいので、何が好きかを聞くことにしている。というのは、好きなことや好きなことに関係することをするときには、くだらないと思うことでも比較的耐えられるからである。自分が好きなことにかかわっていると思うと耐えやすいからなのだ。

 内村先生の言葉ではないが、人生の9割方はくだらない、と思えるような雑事をこなすことなのだ。仕事が楽しいのは1割なのである。その1割の楽しいことのために9割のくだらないことをすることが仕事なのである。

 内村先生もおっしゃっておられる。天職ってのはないのだ、と。詳しくは、拙ブログのこの記事のリンクから

『勇ましい高尚なる生涯』を生きる 後世への最大遺物 働くことの意味について


を参照してもらいたい。

 その意味で、人を不幸にするのは職業とは言わないと思う。古臭い考えかもしれないが。下記のロイドジョンズ医学博士の「働くことの意味」という薄い本を参照してもらいたい。

人を幸せにするための就職

 なお、個人的には、職業、人をちょびっとだけ、今より素敵に、そして、幸せにすることが働くということであると思うので、同じ会社や組織に居続けることではないとも思っている。ただ、しょっちゅう職場を変える(天職探しで転職)していると、仕事をすることでノウハウがつかない、あるいは、仕事をする中で考えることができなくなるので、おすすめはしない。また、一つの職場にいたとしても、そこで何も考えているのなら、それは奉職(職業に身を投じて、自分になるということ)をしていないことになるので、ナンセンスだと思う。

 個人的に職場(会社)を一生変わるべきでないとは思っていない。変わるのは構わないと思っているが、コロコロ変わっていると、職に就くのではなく、それは、単に会社に入り、お金を稼ぐことでしか考えていないのだと思う。それは就職とは言わないように思う。


 次回以降は、結婚との類似性について、もうちょっと触れたい。





評価:
D.M.ロイドジョンズ
いのちのことば社
---
(1985-02)
コメント:この名著、版元在庫なしになる辺りが日本の残念な状況ではないか、と。




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 本来、教会論を書く予定だったのだが、ちょっと、就職のことや結婚のことに首突っ込んだら、そっちが面白くなったので、ちょっと寄り道を。

婚活・就活の類似性

 前回の記事で、婚活と就活(そして信仰生活)が自分になっていく、というプロセスそのものであることと類似していることをお話ししたが、今回はもう少し、本論である職業生活について思うことを陳べていきたい。これから、就職活動が本格化する大学3年生のために。

就職と入社は違うかも

 今、多くの人々は、会社員になることを(入社)を就職と思っている。まぁ、現実的に大学卒業して、すぐノウハウもなく起業するのはかなり厳しいし、それなりの実力がなければ起業はしにくい。そうなると、なんとなくある特定のイメージ(羽振りがよさそう、給料がよさそう、なんかテレビに出てたり社会的に注目されたりしている)を振りまいている会社に入社することを目指し、それも、自分の限られた知識で知られている会社に皆が殺到する。例えば、今で言えば、朝の連ドラで話題になった大阪出身の酒類メーカーさんとか、お菓子メーカーさんとか、家庭で毎日使うような洗剤メーカーさんとか、テレビなどを製造している家電メーカーさんだったり、とみんなが知っている企業、知られている企業に学生の人気も集中するし、学生の親や家族の皆様たちの学生諸氏へのおすすめも、そういう会社に集中する。

 社会の中で、社会の根幹を支えている陰の実力者のような素材産業や部品産業の企業は、目立たないために、人材を集めるのに苦労している姿なども拝見する。残念な傾向だと思う。会社に入るのは、仕事をするうえで楽だからである。仕事とその内容が見えるというか、想像がつくというか、そう思えるから、そういうなんとなくわかりそうな企業を選んでいくのだ。

会社のイメージと実際は違うかもね

 しかし、世間に知られているイメージとその内容が違う会社は、非常に多い。創業の出発点は別のところにあったのだが、関連分野で仕事をしているうちに、いつの間にか別の会社になっている企業さんは、結構多いのだ。有名なので言えば、モトローラというチップメーカーがあるが、もともとは軍用通信機のメーカーである。日本電気という計算機屋と思われている会社もあるが、もともとは固定電話の黒電話や局内交換機などの通信機器を作っていたメーカである。IBMという計算機屋も、もともとは、国際事務機器という日本語での変換に表れるように、記録に関する事務機器屋であった。

 一般に知られているイメージと、実際に大きな差が存在するからこそ、就職しようと真面目に考えている会社があるなら、その会社の成り立ちから、現状から、市場占有率から、売り上げの構成、資本形成、資本関係、取引関係、その会社の体質まで、社長や役員、その会社に融資する際の銀行並みにしらみつぶしに調べる必要があるのだろうとおもう。


日本で就職=入社となる背景

 恐らく、日本で、大学卒業者が就職する際に入社、入省、入庁、入団というか、会社への就職となる背景には、もちろん、長期雇用慣行(年功序列制度や終身雇用制や永久就職(結婚のことをそういうらしいが))あるからだろう。このような背景になるのは、そして、その結果派生する問題は、そもそも、対等な関係でなく、受け入れ組織の方がど〜〜〜んと構えていて、「すいません、そちらにお厄介になります」的な存在になってしまうということなのだ。

 この背景には、江戸期の藩というお家とそこに奉職するお武家さんたちとの関係があるのだろうと思う。このような永久就職的な奉職の仕方は、安土桃山時代には見られない。結構、主君を裏切ったり、敵側についたりと、生存をかけたサバイバル的な政治的ウルトラCをやった武士たちばかりであった。江戸期になると、社会も安定したのもあるのだろうが、代々お仕えする家柄が重視されることとなり、新人や素浪人同然の人物が藩政に登場するのはよほどの藩政危機とか藩政改革が求められる時でないと起きていない。

江戸期の伝統をひく入社

 二宮尊徳村田蔵六(のちの大村益次郎)という地侍のような人物が藩政に登用されるというのは、異例中の異例なのだ。お家騒動が起きかねないほどの一大事である。ただ、登用する側には、こういう登用をするメリットがある。失敗しても、あれは○○ですから、と言って失敗を登用した人物に押し付ければ、藩そのものは傷がつかないという仕組みでもあるのだ。その意味でも人柱的登用といえるであろう。ろくでもないとは思うが。

 その意味で、日本での就職、あるいは、入社、入省、入庁、入団というのは、法的には対等の契約とはなっているものの、実際的な力関係では対等ではない。これは、江戸期の商家にても似たようなものだろう。そもそも、今の住友グループは、住友家といった。今の三井グループは、三井家、鴻池グループは鴻池家といった。そこのお家に、丁稚奉公(そもそも、一民間の家に仕事をするためにいることを、奉公という概念自体が労働としてはどうかと思うが)するということから始まって、手代、番頭、そしてのれん分けとなってグループ企業経営をするのが、日本の古い商家の伝統であり、一種の人身拘束売買に近いことも行われていたようである。


枝雀師匠の古典落語 丁稚を描いた蔵丁稚



 なお、寡聞にして、ヨーロッパやアメリカで全員そろってやるような入社式を日本企業以外でやるという習慣は聴いたことがない。

人身拘束的な日本の文化

 また、このような人身拘束に近いことは、生存の可能性を増したとは言うものの、江戸から昭和にかけて、藝能や性風俗産業である程度公認的に日本において行われていたし、また、一部においては外国人対象に現在でも行われていることもないわけではないらしい。

 ところで、今、若い(そして、時々若くない)女性たちが京都で、舞妓や花魁のなりをするのが流行っているらしいが、江戸期や戦前の舞妓や花魁たちのもともとの成り立ちは、現代のアメリカ人の感覚から言えば、小児性愛者に対する性風俗産業の性奴隷であり、あの衣装からは、性奴隷のイメージのほうが個人的には強く成立する。

 実に日本風ではあるが、江戸期などのロリコン産業の児童労働者こそ、もともと舞妓であり、その中で名を成した人物が花魁なのである。下で紹介する落語「愛宕山」に昔の舞妓は小学校5年生くらいであったことが出てくる。ロリコン趣味はもはや日本の伝統文化ではないか、と思うてしまいそうになる。


桂米朝さんによる「愛宕山」 4分20秒当たりに昔の舞妓が若かったことが出てくる

花魁文化が模倣される現代日本の成人式

 それに類似する格好を近年どうも流行っているらしい。成人式の日には、そのなりをした新成人と称する人々が電車を闊歩するので多少は知っていたが、しかし、この写真見て驚いた。

 

筑後(たぶん筑豊かなぁ)での近年の成人式のご様子らしい

 まぁ、文化とはいえ、ここまでやられると言葉がない。

 次回へと続く

 



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 溝田悟士 著 「福音書」解説 を著者の溝田様から御恵贈いただいたので、拝読した。拝領した以上は、書評を公開するのが筋と存ずるので、ここに、ミーちゃんはーちゃん風書評を公開する次第。

鑑識科学的アプローチによる福音書の検討
 この本は、著者の溝田氏が、聖書の中のマルコ伝の中に出てくる不思議な若者
 
マルコ
 14:51 ときに、ある若者が身に亜麻布をまとって、イエスのあとについて行ったが、人々が彼をつかまえようとしたので、
 14:52 その亜麻布を捨てて、裸で逃げて行った。【口語訳】
の存在、それが何者なのかを確かめようとしたところから出発する。その意味で、一種、推理小説的なのりで聖書を読み、聖書の文字の奥に書かされていることが何なのか、ということを探していくところにある。ある面で、シャーロック・ホームズやCSIの人々が、ごくわずかな手掛かりをもとに、事件の実際と実情の全体像がどのようなものであるかを明らかにしていくように、ごくわずかな手掛かりと聖書の全体像を見比べながら、聖書における復活の問題をどう考えるのか、ということを示そうとする本である。
 

FrensicものでもあるBones コミカルな台詞が多いが、結構映像はえぐい
 
タイトルに騙されてはならない、かも 
 ところで、この本はタイトルの通りの『「福音書」解説』から、福音書の中身の概観を示してくれる本として読むと、読者に失望しかもたらさないと思う。それは、この本はそいう言う学習参考書のような所謂『親切で』わかりやすく聖書のことを語ってくれる本ではなく、聖書のごくわずかな表現を手掛かりに、聖書の成立の歴史から、その背景に奥深く分け入っていくタイプの「解説」というか、理解の再構築を目指す本であるからである。

 手法として使われているツールは、言語学や記号論理学的なツールであるが、それを知らなくても本書の内容は理解可能であろうと思う。そして、一種の鑑識作業的な細やかさと鮮やかさでテキストに取り組んでいき、分析していく。基本的に解析的な手法で福音書に立ち向かい、その前に立って議論をしようとしている一学徒の格闘の姿が描かれている。その意味で非常にすがすがしい本である。

チャレンジングな本
 ただ、一般の読者にこの本が読みやすいか、一般のキリスト者にとってこの本が読みやすいか、と言われれば、答えは否かもしれない。というのは、この本は純粋化された透徹した思考というかなり厳しい作業を読者に要請するからであり、それをこなせる読者は多くはないのではないか、と思う。

 また、この本はある面、キリスト教書出版にとっては手出しは出来なかった本ではないだろうか、と思う。というのは、本文批評学の学的伝統とその背景にある所謂『科学的』聖書理解の系譜、そして、それに対抗する一種の感情的あるいは情念的聖書読みの系譜の両方に挑戦する書籍であるからであり、ある面、個人の信仰を揺るがしかねない書籍でもあるからである。
 
 ところで、NTライトという日本では最近少し知られるようになった英国の歴史学者兼元ダラム司教の方は”How God Became King”の第4章部分で福音書が4つ必要なわけを4ch型の立体音響システムの例を引きながら説明し、福音書が4つあることで、立体視聴型のステレオで聞いた時のような臨場感が得られることを指摘している。その記述と同様にこの本は、福音書に書かれていることを味わう、その世界の中に入り込んでいき、脳内で再現されうるイエスの世界の中に生きること、そして復活がイエスが王(ヘブライ語でメシア・ギリシア語でキリスト)であることの証左としていかに重要であるか、を説明している。こういう聖書理解の重要性を、溝田氏流に聖書テキストに取り組む中で可能であることを示そうとしたのが本書である。

 その意味では、本書も、NTライト氏の前掲書と同様に、福音書の焦点こそ、十字架の死と復活であり(特に復活への強調)、それを無視するような所謂『科学的(現在の人間の知識範囲のみを与件として考えようとする一種の疑似科学によるものの見方による)』聖書理解への疑問を呈している。そして、所謂『科学的』として表現される近代合理人が理解可能な形でのみによる、福音書理解へのアンチテーゼというか、異論、反論、オブジェクションを提起しておられると理解した。なお、いわゆる『科学的』は、本来の科学が主張している意味における科学性はないと思われる。その点、創造科学を主張する方の一部に、『科学』を主張する向きもあるが、本来的な科学の意味からいえば、関主観性に欠ける(対話する気がない)、自分の枠内でのみとらえようとするという意味で、Scienceの意味での科学的とは言えない。なお、科学的思索とは、マクグラスの本によれば、自然神学から出発したとされている。


復活のシーンを描いた絵画

「聖書誤用あるある」の論理的構造解析

 さらにいえば、聖書の読み替え問題に関しても、どこかのキリスト教的世界でありがちな、聖書テキストからどんどん離れていき、どうやったら聖書からそのようなことが言えるのか?と聞きたくなるようなテキストの理解がどのようにして生まれるのか、ということに関しても、その方法論というか手口が論理学や言語学の応用問題の例として示してあるとおもった。その部分を読みながら、キリスト教界「あるある」ってこうやって起きるのだと、思いを新たにした。賢明な読者は、ここで明らかにされている方法論を悪用しないように。
 
 個人的には本書で取られている理解の体系や手法は、非常に妥当であると思うし、ある意味、間主観的な批判と考察に耐えうるという意味において、本書は、非常に科学的であるし、科学的というよりは、むしろ思索的なアプローチをとっていると思う。

ケチつけるとすると
 一応、書評はケチつけることが定番なので、ミーちゃんはーちゃんもその習いに沿って、ちょっとだけ苦言を申し上げたい。本来、この本の主要なテーマは、復活をどう当時の信徒たちが、初代教会人たちが捕えようとしたか、ということを検証するということろに主眼点があるとみたが、紙幅の関係、編集者の意向、出版元の方針の関係もあるのだろうが、そこが案外薄くなっており、若干議論が粗雑に終わっているかに見える点が少し残念でならない。本書の元になった著者の博士論文はそうでないとは思うのだが。その点、著者の真意を読者は見逃してはならない、とだけ申し上げておく。
 
まとめ
 良い本だと思い、ぜひともおすすめいたしたいとは存じているが、この本に耐えられるキリスト者が何人いるかと言う点では、かなり疑問ではないかなぁ、とは愚考した。この本ですら読みこなせないキリスト者は案外多いのではあるまいか(と挑発してみるw)。

 先にも述べたが、この本はキリスト業界の出版社からは絶対に出版されず、講談社メティエという形式でしか出ないあたりが、日本のキリスト教界の残念さ、キリスト教出版業界の残念さなのであろうと思う。



 
評価:
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コメント:お勧めする。英語もさほどわかりにくくない。メシア(ギリシア語でキリスト)が王であることを丁寧に福音書を中心に示す好著

評価:
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コメント:大変良いと思います。科学を考えてみたい人は、このへんを読んでおく方がよい。本当は、3巻セットのScientific Theologyを読んでほしいところだが。



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 本日は緊急公開。敬愛する水谷潔さんのブログ記事 

を見て気がついたので、少し書いてみたい。

 実は、結婚と就職、婚活と就活はよく似ているのだ。

婚活と就活

 まず、どれか一つの対象(婚活の場合は、結婚相手 と 就活の場合は、就職先)しか同時に選べないということである。

 結婚式では、一人の男性が同時に二人の新婦とは結婚式はあげない。あるいは、一人の女性が同時に二人や三人の新郎と結婚式をあげたりはしない。そんなことをしたら、修羅場になるのは見えている。

 就職は同時に入社式に参加できず、日本の企業や政府、地方自治体、その他の団体の場合、専心規定というのがあるため、相当偉くならない限り、二つの会社や団体、組織、学校では働けないのである。役職者になると、この専心規定がかなり緩和されることが多い(その代わり労働法制での保護下から外れることが多い)ので、2枚も、3枚も別組織の立場の名刺を持っている人を個人的には存じ上げている。

 明日から大学入試センター試験が始まるが、どこの大学が自分にあっているかではなく、どこの大学で、自分がどのようになりたいかの方が、はるかに重要だとおぢさんは思うのである。大学の偏差値の高さや低さは、社会の中で、ほとんど影響しなくなり始めている様に感じる。まぁ、いまだに、どこの学校かどうかを重視する会社や企業は皆無ではないが、そんな学校で選んだ企業さんの中には、学校で人材を選んだがために泣いている企業さんは多数あり、所謂名門大学を出てても、自社で活躍できない人材は、闇から闇に葬るように、社外に移籍させるなど、会社内部で居辛く形でご退職願っている企業さんは少なくはない。個人的には、そういうのはろくでもないと思うけど。企業は営利組織ではないので、致し方のないというのはあるのだろうけれども。

専心が求められる結婚と就業と信仰
 つまり、婚活と就活は専心規定(婚活の場合は、ある特定の異性への専心を果たすべき対象者の特定をする活動であり、就活の場合は、あると規定の企業への専心を果たすべき組織の特定をする活動)という点でまず、相当類似性が高い。つまり、自分以外の他者との契約関係と似ているのである。こう考えれば、信仰の問題とも似ている。アブラハムは、神への専心するという意味で神との関係(信仰)をもったのであり、キリスト者も、万軍の主、主の主、王の王、聖四文字なる方(YHWH)への専心関係に入る決意をしたという意味で、神との専心関係に入ったのである。伝道のためと言おうが何と言おうが、日本の神道を文化だと言い逃れ、天皇崇拝は、キリスト信仰と矛盾しえないなどという、奇怪な論理を使ったらアカンのである。そのあたりのことを詳しく知りたい方は、最下部で紹介する最近出た二つの書籍「植民地化・デモクラシー・再臨運動」とアメリカでも通用する日本人神学者の小山晃佑さん「富士山とシナイ山」を読んでもらいたい。この辺、偶像崇拝が、不貞のメタファーを用いて旧約聖書で語られている背景にあるだろう。
 
 話題を元に戻そう。

結婚と就職(働くこと)
 結婚と就職というよりは働くことは、そのプロセスがよく似ているのだ。それは、いずれも、その人になって行く(Becoming)というプロセスの方がはるか重要であり、そもそも、ある人にとって、最初から理想的な結婚相手、就職先がある(Be)、ある組織のメンバーとなるという瞬間的なことの重要性というものは、ほとんどないということなのである。そして、そこでの共同体を形成していく中で、共同体の構成員と共同体そのものの性質を変えていくという相互関係、そして、組織や家庭の構成員がじっくりと本人も意識しないうちに変化していき、そしてその変化に伴って、組織や家庭そのものが変わっていくということが重要であるという点なのだろうとおもう。

 家庭を持つことは、家庭を持つ人たちを変え、また、家庭を持っている人が変わることで家庭そのものも変わっていくというダイナミズムを持つことが重要なのだろうと思う。仕事や就職に関していえば、ある人がある会社や団体に奉職することで、その会社や団体などの組織の文化は変わっていくし(それがあまり微妙すぎてわからなくても)、また、その会社や団体に奉職したら、何となくその人はその会社や団体の文化の影響を受けるので、その人そのものが変わっていくのだ。

大事なのは信頼できるか否かではないかと
 適切な配偶者を見つけることが重要なのではない。適切な配偶者に相互になっていくことが、一時的に適切に見える配偶者を厳しい目で選ぶことより重要なのだと思う。それをスーパーの陳列棚に並んでいる商品みたいに、身長や美醜、学歴や所得というラベルというか属性で判断するほうが、どうかしていると思うのだが。

 それと同様に、最適な企業を見つけることが就職活動において重要なのではない。相互に信頼のたる関係となって行くことが企業と個人との関係において重要なのであって、私にふさわしい会社を見つけるのではなくて、ある程度納得できる範囲で、信頼できそうな会社と信頼という形での共同体を形成するほうが重要ではないか、そして、自分が何になって行くのか、の方がよほど大事だと思うのだ。

 この信頼を形成するに足るかどうかというのは、学生諸氏の就職活動を支援していても感じることであるが、案外忘れられていることではないかと思う。相互に信頼できる、信頼されうるかどうか、ということは、非常に重要だと思うのだ。信頼という観点からは職業に違いはあると思う。信頼できない会社は、どちらかというと多くの人から相手にされないという意味で、なんだかな、であるし、小さな会社でも誠意のある信頼できる会社は大事だと思う。

 この項、しばらくしてから続けるつもり。

評価:
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コメント:日本の通ってきたキリスト教の歴史を概観し、日本と韓国のキリスト教の関係を知るうえでは貴重な1冊である。

評価:
価格: ¥4,104
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コメント:高いけど一読する価値がある、アメリカで通用する数少ない日本人神学者による日本の信仰と聖書理解に関する本。大絶賛。



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 これまでの記事で、

「伝道」とは、教会に来させてナンボか?とたらたら考えた(1)

「伝道」とは、教会に来させてナンボか?とたらたら考えた(2)


でこの問題を考えるきっかけになった、帰国した伝道者の見た日本社会と、そこでどのように伝道するのか、という問題提起や、現在も多くの教会で行われていると思しき教会に来させるという形の伝道となっている背景ではないか、と思われることについて触れてきた。

なに、この背景分析は、居酒屋でのビールジョッキ片手におっさんが語る与太話程度のものであり、それを確証し、歴史的検証をしたわけではない話であるから、与太話大家であるミーちゃんはーちゃんお得意の与太話である。

今日はお約束通り、お届型伝道について、考えてみたい。

お届型伝道って?

お届型伝道というのは、相手の居るところに行って、聖書の話しを届ける形の伝道である。本来、キリスト教の出発点においては、このお届型伝道であったはずである。使徒の働きの時代やパウロがあっちこっち行って、聖書を人々に語っているのは、お届型伝道に近いといえるであろう。また、いまのような教会堂が個人の住宅と分離する形であったわけでなし、個人の居宅(といっても、天気のいい地中海地方のことである、人数が増えたところで家の中庭(パティオ)を使って話ができたし、あるいは、早朝に町はずれに行って礼拝もできたことであろう。

また、キリスト教の拡大に当たっては、宣教師もよくわからない地域に出張って行って、お届型伝道している。まぁ、サビエーというか、ハビエー君というか、ザビエル君は、バスク人で、パリ大学なんかで勉強していた当時の秀才君なのに、インドまで来て、そして日本を目指して日本で伝道している。

上智大学100周年のポスターの小学生に大人気 ハビエー君

  その意味で、本来お届型伝道というのは、何となく伝道の原型のような気がする。つまり、相手のところまでいってみる、相手を知りながら伝道するというのはどうも伝道の基礎のような気がしてならない。
 
 そういえば、先日ご紹介した小平先生のご著書にも、そういうことが書かれていた。
 初代教会の宣教は初めパレスティナのユダヤ人キリスト者によって行われた。し かし、その働きはだんだんとディアスポラ・ユダヤ人キリスト者にバトンタッチされていった。ステパノ、サマリヤ伝道のピリポ、説教者アポロ、そして使徒パ ウロ、この人たちは皆、ディアスポラ・キリスト者であった。何故、神は彼らを世界宣教に用いられたか。多くの理由がある。その中で大切なことは、彼らが異 文化の中で生まれ、育ち、その中に住み、やがて主の御救いを受けたとき、異文化の受容すべき要素と、対決すべき要素とを、よくわきまえていたことである。
彼らはキリスト者が陥り易いゲットーメンタリティーの中に閉じこもらず、福音のゆえに進んで自己の殻を打ち破って進んだに違いない。真の謙遜というものは、進んで自己を他に知ってもらい、自分も他を知っていくという広い心の中にある。この信仰姿勢がパウロのこの御言葉(引用者注 直前に第1コリント9章19₋23節が引用されていた)の中に表わされている。
小平照夫著「燃えて輝く灯台」(p.89)

まさに、他人にも自己を解放し、自己と他人との共通理解というか信頼を構築して伝道していくこと、ということは案外と重要なのではないだろうか、と思うし、伝道においてきわめて重要なことではないかと思うのだ。このことはこの後紹介する、お届け型伝道の課題との深いかかわりがあると思うのだ。

お届け”だけ”型伝道ってひょっとしたら
ウミガメ型伝道かも?


 皆さんご存じのように、ウミガメは砂地盤の海岸で産卵して、放置する。そして、孵化するまで、ウミガメの親は放置して、孵化したウミガメの赤ちゃんは勝手に海に向かっていく。


鹿児島県でのウミガメの産卵



海に向かう孵化したウミガメ

 お届け”だけ”型伝道の場合、ウミガメのように産卵して、神の御手が働くことを期待して、聖書の言葉と神の存在を伝えるものの、現地の教会群という海岸の砂の中に卵を置いていくかのようにして、次の別のところに移っていく伝道方式である。

 ウミガメの成獣になるまでの生存率はおおむね1/200とか1/1000という説があるが、それと同様に、日本のキリスト教会では、様々な問題から十分なケアができずに、キリスト教会に残らず、とりあえず聖書のことばという種をまくものの、それを育てるのに失敗し、その生存率が低いという場合も多いようである。この結果、教会3年卒業説ということが起きるという側面もあるだろう。
 
 なお、ハビエー(ザビエル)君たちは、信徒が自立できるように、ちゃんと学校も作り信徒教育もし、さらに、イタリアで当時流行っていたらしい、コンフラリアという組織を形成するよう指導していたことは、以下の記事を参照されたい。その意味で、ウミガメ型伝道だけではなく、その後生き残るための方法論もセットで、伝道する必要があるのかもしれない。定期的な訪問なども含めて。

 この辺りに関しては、以下のリンクを参照されたい。


カナイノゾム研究室から
 このことは、高等学校の後輩であり(高等学校時代、相互に交流はなかった)、また大変尊敬しているカナイノゾムさんも、カナイノゾム研究室で、「日本の伝道と教会形成について」というタイトルのもと、大変参考になる記事を書いておられた。以下その一部をご紹介する。

宣教師は、教会形成=牧会をしないで、伝道によって生まれた信者の群れを既存の教団か日本人の牧師に委ね、次の伝道地へ移る、というスタイルの宣教活動を行っていたのです。

(中略)

その伝道と教会形成=牧会を分離した体質が、私たちの教団のみならず、広く日本のプロテスタント教会に影響を残しているように思います。

(中略)
 また、日本で活動してきたミッションには、同様のスタイル・体質を持つものが少なくないからです。

 私たちは、日本での宣教と教会形成を進めるために、古き良き伝統に学び、それを生かして用いつつ、足りないところを補い、行き過ぎたところを切除する勇気を持たなければならない、と思うのです。


 こう考えていく時、日本は、明治以降150年以上もたつとは言うものの、いまだに宣教地であり続け、また、キリスト教界の中でも自派中心主義が続いており、他派の教会との幅広い連携や交流が妨げられたり、協調に失敗している地域の例は多少はあるかもしれない。その意味で、キリスト教界が戦国時代と似たような状態(小藩がいっぱいあり、地侍が砦に立てこもっているような状態)がいまだに続いているのかもしれない。

何でも超教派じゃ御座いませんの
 だからと言って甲子園ミッションみたいな連携のありようを目指しても、それはナンセンスしか生まないと思う。ミーちゃんはーちゃんが言いたいのは、個々個別の違いを認識し、それぞれの歴史的経緯で形成されてきたものを遺物として排除するのではなく、それらも尊敬しつつも、違いを乗り越えて、それでもなお、キリスト者としての相互の尊敬をもった地に足のついた交流のことである。他のキリスト者に心を開いた神の民としての交流がまず存在しないと、ウミガメ型伝道はうまくいかないのではないかと思うし、これまでウミガメ型伝道が人材と資源の浪費に近いことをしてきたように見えるのは、そういうことなのだろうと思う。

失敗ってなんでしょうね?
 教会形成に失敗してきたかもしれない、という指摘はわからないではない。教会はうまく存続しなかった、ということはあったかもしれないとはいえ、信仰者として生きること、キリストに人が出会うこと、キリストに人が従っていくことに失敗したわけではない、と思う。キリスト者として生きて居たいと思いつつも、諸般の事情で教会に集いにくい人を作っただけのことである。その人が神に出会ったという事実は変わらないし、神に対する信仰をもったという点では、それは神の領分の話しであって、教会に来ていないから信徒ではない、あるいは、伝道(宣教)に失敗した、と判断するのは早計かもしれない。
 
 実は、カナイノゾムさんのおられるところの運動Faith Missionの原点の一つとなったことをはじめた人物に、影響を与えた人物の一人に、いまはほとんど忘れ去られているAnthony Norris Grovesという人物がいる。この人物は、裕福なアイルランドの歯科医であったが、国教会の伝道団体の海外伝道師になるのを断られた(非国教会員であった)ため、自給伝道者として、神が養ってくださるという確信のもと、ロシア経由でバクダッドに入り、伝道したという人物である。その地で、病気のために妻子を失い、「自分の伝道は失敗であった」と失意の中で帰国する。それでも伝道に対する思いたち切れずインドでの伝道をする。

 確かに初回のバクダッド行きでは信徒になった現地の人はいなかったらしい。しかし、彼の冒険的行動は、Faith Missionというものを生み出した。それは失敗と言っていいかというとどうなのだろうか、と思う。なお、この忘れられたGlovesはミーちゃんはーちゃんがいまいるところのキリスト者集団の初期の人物の一人ではあり、その精神のかけらくらいはミーちゃんはーちゃんも受け継いでいるつもりである。

伝統を作り変えていくことの大切さ
 ところで、カナイノゾム氏の以下の記述を読んでいた時、
 私たちは、日本での宣教と教会形成を進めるために、古き良き伝統に学び、それを生かして用いつつ、足りないところを補い、行き過ぎたところを切除する勇気を持たなければならない、と思うのです。
 キリスト教会は、先人から言われたことをそのまま保存する継承ではいかんと思うのだなぁ。カナイノゾムさんの文章を読みながら、次のような聖書の言葉を思い出した。
マタイ
 13:52 そこで、イエスは彼らに言われた、「それだから、天国のことを学んだ学者は、新しいものと古いものとを、その倉から取り出す一家の主人のようなものである」。 【口語訳】
 なんか関係しているような気がしている。
 
教会の存続と神の支配
 ミーちゃんはーちゃんは、大体物事を100年から1000年単位で考えることもあるので、10年単位で考えれば、教会がある地域からなくなることは不幸だけれども、100年から1000年単位で考えると、まぁ、なくなること、それもありかと思う。黙示録の最初の方に出てくる教会でも、結局それを継承して、その時代以来そのままの形で残っているものはない。5大司教座でも、曲りなりにその場所でそのまままともに継承されているのも少ない。個別の教会がどうなるかということは、そこの信徒にとって大問題かもしれない。しかし、それよりも、教会が、目先の存続に目を奪われ、神の栄光と御思いをたずね求めることを忘れる方がもうちょっとたちが悪い問題かなぁ、と思う。このことを覚えながら、主の祈りを最後に紹介しておこう。
マタイ
 6:9 天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
 6:10 御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。【口語訳】

 一応、この連載は、これで終わり。次回、本の紹介を挟んで、この連載の延長線上にある教会と教会建築という建物との「かかわり」についての考察のシリーズをはじめてみようか、と思っている。


 



Pocket

 前回は、ムスリム文化圏における奉仕者の報告会で、ムスリムへの伝道が禁止されているなかで伝道するということはどういうことか、ということについて、そして彼女が現代の日本を見てどう思ったのか(スマホを介して人と向き合う人々)、それと宣教(伝道)という側面で、彼女が感じたことをふれておられた。そのことについて触れた。


  「伝道」とは、教会に来させてナンボか?とたらたら考えた(1)



重要な問いかけ

 そして、その最後に、

「私たちは、教会か別のところに来てもらうことを目的としていないか?我々が、福音を直接、相手に届けるということを忘れていないか?家から人が出てこない、出てこれない状況の中で、家にいる人々にどう問いかけをするのか」

という問いかけともいえない問いかけを投げかけられていた。彼女が言うには、イエスは直接人々のところに出向いたではないか。それを我々は忘れてはいないだろうか。イエスは弟子たちを直接人々のところに遣わしたではないか、ということを忘れてはいないだろうか。ということを問いかけだろうなぁ、ということを考えていた。

 厳格な伝統社会の一部では、女性は家にいることを求められることも多いので、この外に行くことを前提とした教会運営というのは、少し問題があるのかもしれない。

(1年以上前の日曜日には、これについて、マタイ福音書9章から10章の最初の部分から話をする予定。山上の説教についての説教シリーズ以降、マタイの福音書からのお話を延々とやっていて、たまたま、この場所に来ただけなので、この部分からお話した。)

呼び寄せ型(プル型)伝道とその原型

 これまでのキリスト教は、人がどこかに来ることを前提に様々なプログラムが運営されてきたような気がする。日本でもこのような前提が生まれてきたそもそもの源流は、アメリカやイギリスでのリバイバル伝道集会であろう。この種の最初の事例は、テントや屋外など、また公的な施設や民間のホールのような場所、あるいはスタディアムを借りて、大伝道大会(○○○○・グ○ハム伝道大会とか…)とかをするような大量動員型の伝道大会が生まれてきた。

 この屋外伝道の背景には、固定の石造の他のプロテスタント系教会に入ることが、17世紀とか18世紀のカトリック信徒にとっては困難というか禁止に近い扱いであったらしいので、それを回避するため、また、教会から遠隔地にいたり、諸般の事情のために、教会から縁遠くなった人たちのため、始まったことではあるだろう。


昔(1930-50年くらいか?)のテントでのリバイバル集会


 とはいえ、リバイバル伝道集会は、テントとかで巡回しているわけであるから、完全にプル型とは言えないかもしれないが。

呼び寄せ型伝道の背景

 この背景には、一般の人々のモビリティ(移動可能性)が向上したというのがあるだろう。それと、労働慣行の近代化(それを近代化といってよいかどうかも最近では?になってきているが)に伴って、8時間労働制やら、週40時間労働制やら、週休2日制が西洋を中心として定着してきた結果からだからではなかろうか、と。

 産業革命時代の悲惨な児童労働、長時間労働、奴隷同然の労働慣行の時代が終焉したからこそ、いい悪いは別として、余暇時間というのが生まれ、そして、人々の生活は豊かになってきた。しかし、余暇時間ができたら何が起こったかというと、アイルランド人やアメリカ人のブルーカラーの人々のいくばくかはパブにゴーになってしまい、やたらと酔っぱらうおじさんが出てきたりもした。詳しくは、http://en.wikipedia.org/wiki/In_the_Name_of_the_Grandfatherとその放送エピソードを参照されたい。そして、禁酒法が制定されていくことになってしまう。酔っぱらった方も小人ならば、禁酒法を作った方も小人である。閑居して不善をなしてしまったのだから。禁酒法ができたおかげで、イタリア系マフィアやアイルランド系マフィアが血みどろの抗争をしたり、禁酒法のもと、マフィアは禁制品であるアルコールを扱うことで、確実に経済力をつけていく。

余暇活動としての側面から考えた教会活動

 ある面、教会に行くことは、産業革命後で社会が落ち着き始めたビクトリア朝大英帝国(ちょうどシャーロックホームズが活躍した19世紀末から20世紀初頭)においてパブに行くよりはよほど高尚で倫理的な行為とみなされる行為であったので、それを最大限利用するかのように、呼び寄せ型伝道の方策がとられてきた側面はあろう。

 つまり、余暇の過ごし方としての教会行事、キリスト者から見てよりよいと思われる余暇時間の過ごし方を提供するという意味での教会活動(殿堂集会)ということが考えられたのではないかと思うし、それが教会にとって、自然であった時期が100年余り続いたということなのだろうと思う。だからこそ、D.L.ムーディ先生の伝道大会には、Ira Sankey という歌手の存在が欠かせなかったのかもしれない。

I. Sankey と D.L. Moodyをイギリスの描いた風刺画

 その意味で、伝道活動に関するエンターテイメント性というものが求められたし、それを提供してきたという側面があったようにも思うのだな。

その後を考えた結果の呼び寄せ型伝道

 確かに、信仰を持った後の「牧会」を考えたときに、出歩き方牧会(出向き方の1対1牧会)には限界がある、ということはあるだろう。キリスト者と共に生活することの重要性を考えたときに、どうしても、手っ取り早い信徒コミュニティとしての教会に来てもらう、そのことに慣れてもらうという点で、呼び寄せ型伝道には、大きな利点がある。

 しかし、伝えることだけを考えたとき、呼び寄せ型伝道にはおのずと限界があるような気がするし、その限界を信徒一人ひとりが考えておく必要があると思う。「牧師が悪い」、「代表者が悪い」と原因追及する前に。それで、それぞれがどう、この伝えるということ、Missio ということを考えておく必要があると思うのだが、違うかなぁ。

 次回、お届け型伝道とその課題について考えてみようかと思っている。





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